『中佐は知っていた』

 11月6日深夜
 パエトン基地の第2メックハンガーは灯りを落とし、静まり返っていた。第1メックハンガーでは、夜を徹しての修理が行われているのだが、こちらに置いてあるバトルメックの修理は後回しにされる事となったため、誰もいない。
 その静まり返ったメックハンガーに、一人の男が足音を忍ばせて入ってきた。そして、一機のバトルメックに歩み寄る。その時・・・

 シュボッ
 
 突然、ライターで煙草に火をつけた男がいた。あたりが、わずかに明るくなる。足音を忍ばせて入ってきた男は、びくりと足を止めた。
 煙草に火をつけたのは、ブラッドハウンド傭兵中隊指揮官、クロフォード・ユウキ中佐。忍び込んだのは、ライフス・ダストトゥダスト中尉だ。クロフォード中佐が、静かに誰何する。
 「どこへ行くつもりだ? ライフス」
 「クロフォード中佐!?」
 ライフスは、驚きの声を上げた。この様子だと、クロフォード中佐はライフスの行動を察知してあらかじめここで待っていたのだ。しかし、一体どうして!?
 そんなライフスの狼狽を一顧だにせず、クロフォード中佐はさらに言葉を紡いだ。
 「そういえば・・・お前、ヘスティアを落とした敵の情報見てから落ち着きがなくなってたな・・・」
 「それは・・・」
 「聞かせてくれるな?」
 全てを見通したようなクロフォード中佐の言葉に、ライフス中尉はがっくりと肩を落として返事をした。
 「はい・・・」
 ライフス中尉は、素直すぎるほどに隠していたことを説明した。

 1年ちょっと前の事だ。ライフスは、大学の恩師と新兵器の実戦試験をしていた。その時、護衛の傭兵部隊が突然裏切り、教授やライフスの部下を殺し、ライフス達のバトルメックを奪い、研究成果を奪ってクリタに亡命したのだという。その小隊の指揮官の名は加奈子・藤果。今日、届いた情報にあった、ヘスティアを占領した部隊の指揮官の名前と同じだ。しかも、部隊構成もほぼ一致するという。ライフスは、仇の居所を知って、じっとしていられなくなったのだ。
 一月ほど前にも加奈子の情報を得た。しかし、この時には何とか思いとどまった。入隊したてだったため、確かな情報をもらえ無かった事と、バトルメックが無かったことが理由だという。しかし、今は違う。憎い仇である加奈子がヘスティアに、確かにいるのだ!!

 クロフォード中佐は、黙ってライフスの説明を聞いていた。そして、ちらりと横に目をやった。ライフスに貸与したウォーハンマーの改造機、ウォーコマンダーがそこに有る。しかし、昨日の損傷はほとんどそのままだ。ヴァレリウス小隊の修理を優先したせいだ。クロフォード中佐は、ライフスの説明が一段落したので口を開いた。
 「なるほど。恩師の仇討ちか。気持ちはわからんでもないが、勝手にバトルメックを持っていかれるては困る。これは部隊の物なんだ。お前の物じゃない」
 「・・・・」
 「罰として、2日後の昼までに第1小隊と第4小隊のバトルメックを完全に修理する事を命ずる。ま、多少は人を使ってもかまわんがな」
 「中佐?」
 2日後の昼・・・それは確か、ヘスティア奪回戦に出発する時だ・・・そして、その時にブラッドハウンドから出す戦力は、第1小隊だけで、他はすべて惑星政府が配備している民生メックのはずではなかったか? それまでにライフスの所属する小隊も含めて完全に修理しろ、という。はっきりと許可してくれたわけではない。だが、これはおそらく・・・
 ライフスは、無言で敬礼すると、猛然とバトルメックの修理を始めた。
 
 

『アルベルト、暗躍』

 第2メックハンガーを出てきたクロフォード中佐を、出迎えたものがいる。アルベルト・ファーファリス少尉だ。
 「ありがとうございます、中佐」
 「かまわんさ。部下を守り、暴走を止め、力を発揮し易い状況を作ってやるのも上官の仕事だ」
 「それでも・・・お礼を言わせてください。ありがとうございました」
 アルベルトは、心からの感謝を述べた。ライフスの暴走を止めることは、できそうに無かったのだ。もし、クロフォード中佐が頼みを断っていれば、ライフスは修理が終わっていないウォーコマンダーでヘスティアに向かっていただろう。そうなれば、どう考えても加奈子達に殺される運命だ。いや、その前に、バトルメックの窃盗もしくは無断使用、無許可の戦闘未遂、脱走などの罪で、味方に追われる立場になっていただろう。
 それなのに、クロフォード中佐は当然のようにすべてを丸く治めてくれた。ライフスを止めるため、謹慎を命じる程度で終わりだろうと予想していたアルベルトにすれば、望外の結果だ。

 アルベルトは思った。

 もしあの時・・・上官がこんな人だったら・・・派閥抗争に巻き込まれてバトルメックを失い、失機者に落ちぶれることもなかっただろう。ブラッドハウンドは、アットホームな雰囲気のいい部隊だ。入隊できて良かった、と。
 
 

『暗雲』

 ライフス中尉は不眠不休でバトルメックの修理を続けていた。しかし、彼の預かり知らぬところで、事態は急変していた。
 ・・・惑星政府の方からとんでもない通達が来たのだ。
 その電文を読んだクロフォード中佐は絶叫した。
 「ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅわぁあああんんだぁとぉぉぉぉおおおおお!!!!」
 「どうしました!? 中佐!」
 突然のクロフォード中佐の絶叫に、ネラルト・ヴィンターは問い返した。
 「これを見ろ! ヘスティア奪回戦を遅らせると書いてある!」
 「ええ!? 一日遅れれば、その分だけケパロス基地遺跡の探索時間をクリタに与えてしまうって言う、こんな時期に?」
 「そうだ。しかも、理由を言ってこん。こんな電文一つで通達してきただけだ」
 「一体なに考えてんでしょう? 少しでも早く失態を回復・隠ぺいしようとしてましたよね、惑星政府の奴等。亀が兎より速く走るみたいにシャカリキだって、ジョークのネタになってました。それなのに・・・」
 「わからん。わからんから、調べろ。俺は執政官と直接話す。裏の事情を調べる手配は頼む」
 「了解。あれに連絡を取ります」
 
 そして数時間。事態の全貌は、ようやっと姿を見せはじめた。その頃には基地の主だった士官はこのことを知り、三々五々集まって来ていた。クロフォード中佐の周りで、しきりに議論している。

 「つまり、なんですか? クリタの連中が交渉をもちかけてきたと?」
 「はい。ヘスティアで手に入れた物資の何割かを返してもいいといってきたとの事です。交換条件は、特務隊ならびに今回の戦いで捕虜になったもの達のの返還だそうです」
 「なに考えてんだ? 惑星政府は? 町ごと全部奪還しちまえばいいジャンか」
 「いやしかし、ヘスティアから南西は全部クリタに押さえられてんだ。数日あれば物資を後方に移送する事も不可能じゃない。相手も大量の民生メックを持ってるんだ。もとは作業用だから、得意分野だろう。それに、ヘスティアを奪還した時に物資が残っていたとしても、行きがけの駄賃とばかりにそれを破壊されていけば全てパーだ。物資を取り戻せる確率は、けっこう低いぞ」
 「いやしかし、一日遅れれば、その分だけケパロス基地遺跡探索の時間をクリタに与えてしまうって言う、こんな時期に!?」
 「目の前のごちそうにつられて、大局が見えないんだろうさ。トットリ基地の時もそうだった。いつまでたっても出動命令を出さなかった。予算がどうのこうの言ってな」
 「おかげで、私は独自判断でトットリ基地攻略の計画を何度も練る事になったわ。あの作戦、何とか成功したからいいけど、本当に危ない所だったんだから」
 「そうだな。という事は、今回もそれと同じか・・・」
 「どうするんだ? スパイを解放するなんて、自分の首を絞めるだけだぜ?」
 「自分は反対です!」
 「確かに。ホフ小隊なんかの人員をすぐに返還したのは、こっちの方が戦力バランス的に優位だと確信できたからだ。クリタが遺跡を二つ手に入れた今、捕虜を返還するなんて自殺行為だ。しかも、純正メックを装備した部隊までそのまま返すなんて論外だ!」
 「けど、命令なんですよ? いや、まだ返還の受諾は惑星政府もしていないらしいですけど、こっちに返還命令が来るのは時間の問題でしょう」
 「何とか手を打てんか?」
 「独自の判断でヘスティアを攻略する・・・というのはどうです? 物資をちゃんと取り返せば惑星政府も文句は言わないでしょう」
 「・・・戦力がちと足りませんなあ・・・パエトン基地を空にする事になります。それに、うまく物資を取り戻せるか、微妙でしょう? これ以上惑星政府ともめるのは避けた方がいいのでは・・・せっかく、トットリ基地問題でこじれた関係が修復して来ているんですから・・・」
 
 その時。難しい顔で考え込んでいたクロフォード中佐が顔を上げた。
 「・・・・・・・交渉中の相手に攻撃する訳にはいかん」
 ざわめきが、ぴたりと止んだ。
 「中佐?」
 「惑星政府はどうでもいい。しかし、交渉中は攻撃するわけにはいかん。白田少佐も、捕虜返還交渉を行っていた期間は牽制の発砲以外はさせなかった」
 捕虜返還交渉・・・9月12日から15日まで、白田少佐は戦闘行動を控えさせている。また、16日から20日にかけて、タウロス山付近で小競り合いが続いた。その時の返還交渉を行っていた21日から22日にも、逃げる時の牽制攻撃だけで、一発の命中弾もなかった。こちらも追い払うための牽制に徹するようにしていた。
 
 現代の戦争は、こういった暗黙の了解の中で行われる。敵の蝕滅だけを考えるなら、水爆をつかえばいいだけだ。破壊の力だけが発達した結果、戦闘に制限をつけなければ自滅の道をたどるしかないのだ。だから、それを破る者は無法者と見なされ、軽蔑と憎悪を受ける。クリタ家が高い潜在力を持ちながら、覇者となり得なかった理由の一つだ。また、タウロス山での小競り合いで捕獲したメックのうち、ヴィンディケイターだけが返還されなかった理由でもある。ホフ中尉が乗っていたからだ。
 もし、交渉中に攻撃をかけたら・・・報復を招き、自分達の首を絞める事になるだろう。だが、それは、みすみす敵の策に乗るという事でもある。それを踏まえた上で、クロフォード中佐は攻撃できないといったのだ。
 
 「では中佐、どうするのでありますか?」
 「・・・なんとか、交渉を手早く終わらせるしかない」
 「中佐・・・どうやってですか?」
 「・・・・今は、思い付かん。だが、何とかするしかない。とにかく情報を集めろ。ヘスティアの監視も続けろ。今のままでは、策を考える事もできん。それと、バトルメックの修理を急がせろ。戦力が多いにこした事はない。民生メック修理の依頼があったな? 余裕があれば、それも行え。盾くらいにはなってくれるかもしれん」
 「了解」「了解しました!」「イエッサー!」「ハッ!」「はい!」
 士官達は、再び散っていった。己のするべき事を果たすべく・・・
 
 

『外交戦』

 「策はうまく行ったようね・・・」
 彼女は、ブラッドハウンドに捕らわれた捕虜の返還交渉を惑星政府に申し入れた。その返事が来たのだ。「条件によっては応じても良い」と。惑星政府はまだ気付いていないだろう。交渉をすることそのものが、加奈子の目的だということを。
 返還交渉によって、ヘスティアへの攻撃を一時棚上げにさせる。これでかなりの時間を稼げる。その間に戦力を集めることも出来るだろう。ケパロス遺跡の探索時間も確実に確保できるし、惑星軍の物資集積所から奪った物資を後方に運ぶ時間も手に入る。
 戦わずして勝つとはこの事だ。
 加奈子・藤果は、うっそりと笑った。
 

 加奈子の真意を見抜いているブラッドハウンドは、必死で惑星政府と交渉を行った。加奈子の申し入れを破棄し、ヘスティア奪回作戦を発動して欲しいと。
 しかし惑星政府は、獲得した民生メックと傭兵部隊のバトルメックの維持に膨大な予算を投入し、悲鳴を上げている状態だ。物資の半分の返還という加奈子大尉の提示した条件に目が眩んでいた。
 惑星政府は、ブラッドハウンドが捕まえた捕虜の解放を要求し、ヘスティアに役人を送り込んで返還されるべき物資が運び出されていないか監視している。そして、返還される物資により重要な部品が含まれるように欲丸出しの要求を続けた。

 このため、11月9日に行われる予定だったヘスティア奪回戦は、ずるずると先延ばしになっていった。しかし、クリタ側とて完璧な策だったわけではない。傷ついた部隊を引き連れてヘスティアにやってきた白田少佐は、加奈子大尉に渋い口調でつげた。
 「詰めが甘かったの、藤果大尉」
 「え!? どういう事です!?」
 「たしかに、時間稼ぎにはお前の策は最高じゃ。部品の返却も・・・まあ、妥当な取り引きじゃ。しかしな、後顧の憂いを作ってしまった」
 そういって、白田少佐は、壁のモニターに映されたヘスティア周辺の地図の一点を指差した。そこには、魔界盆地を取り巻く3つの遺跡の一つ、アイアースが映っている。
 「ここに連邦の基地がある状態では、ヘスティアの南西全てをわしらのものにしたとは言えん。連邦の傭兵や惑星軍が我が物顔にアイアースと往復しておっても、交渉中は手を出せんのじゃ」
 加奈子は、一瞬言葉に詰まった。白田少佐がメックを連れてきてヘスティアの防備を気にする必要がなくなったら、アイアースを落とすつもりだったのだ。加奈子は、少し弱気そうに言った。
 「気にしないで攻撃すれば・・・」
 「だまれ! 攻撃は出来ん! それに、報告によると連邦が都市に立てこもったのでやむなく市街戦をしたそうじゃな? そういったアレス条約違反すれすれの事をしておったら、捕虜になったわが軍の将兵達の命が危ないのじゃ!」

 都市は、防御に適した地形だ。しかし、市街戦は特例を除きアレス条約で禁止されている。だから、駐屯している部隊は、敵が攻撃して来た時にあっさり都市を離れる。そして、畑やダムなど、市民生活の維持に必要とされる施設の無い開けた場所に向かう。攻撃部隊も、暗黙の了解でそういった戦闘に適した地形に向かい、雌雄を決する。負けたほうは潔く全てを諦めて去る。勝ったほうが支配権を得て都市に進駐する。それが、疲弊しきったこの時代のルールだ。

 今回、加奈子大尉は、都市に奇襲をかけて市街戦を行った。そのために、守備部隊の幾ばくかを無傷で倒し、都市戦闘に向かないクーゲルのオートキャノンを封じ、実に有利に戦闘を進めた。
 そのかわりに、加奈子大尉はDESTと取り引きし、「守備部隊が都市に立ってこもったのでやむなく市街戦を行った」という偽装工作を依頼しなければならなくなった。
 
 この偽装工作はうまくいっている。しかし、白田少佐は市街戦をした事自体気に入らないらしい。そんな事を気にしてどうなるというのだろう? 表立っての証拠さえなければいいではないか。アイアース基地などへの攻撃も、連邦側から発砲してきたとでも偽装すれば問題ないではないか。まあ、捕まっている捕虜のことも多少は考慮すべきだろうが、捕まってしまうような間抜けな奴等など、どうせ使い物にならない。そこまで気にする必要は無いのではないか?
 加奈子大尉は、心中でそんな事を思ったが、表には出さないでいた。それくらいの分別は有る。

 「まあ、過ぎたことは今更言っても仕方ない。それよりは、今後のことだ。ヘスティアは魔界盆地周辺を押さえるのにどうしても必要じゃ。じゃから・・・」
 白田少佐は、あまり長くこの話をせず、話題を移した。自分のほうは策が完全に失敗してしまった以上、あまり強いことは言えないのだろう。今後についての議論が、遅くまで続いた。
 
 

『妥協』

 クロフォード中佐は、偵察小隊からの新しい報告書を読んで、難しい顔でつぶやいた。
 「だめだ・・・このままでは、クリタの奴等に有利になるだけだ。捕虜を開放するしかないか・・・」
 それを聞いたメイスン少佐は、相づちを打った。彼も、同じ報告書を読んでいる。
 「ヘスティアにクリタの部隊が集結を始めたから、ですな?」
 「ああ。惑星軍のジミやシム、クーゲルも集結して睨み合いになっているが・・・初めての実戦の惑星軍と、曲がりなりにも実戦を潜り抜けたクリタの連中ではその差は歴然だ。勝負にならん」
 「・・・修理したムドー2機、ザコ8機、フグ2機は、惑星軍の士官が搭乗して、なんとか動かせるくらいにはなっています。彼らと第2、第5小隊にパエトン基地の防衛を任せて、残る全力で助太刀すれば、なんとかヘスティアを落とせますかね?」
 「うむ。その線だろうな。物資と捕虜の交換が終わったら、翌朝には決戦だ」
 「夜襲はしないので?」
 捕虜返還をした日には交戦しないというのが暗黙の了解である。しかし、真夜中を過ぎればもう次の日なのだから、これには抵触しない。
 「惑星軍は初めての実戦だ。夜襲は無理だ。同士討ちの危険さえある」
 「確かに。では、この線で惑星政府と交渉しますか」
 「うむ」