『ケパロスにて』 作:ミッキー
惑星カウツVのかつての首都跡、魔界盆地。その周辺に広がる密林には、3つの大きな遺跡があった。地上施設が核の影響で吹き飛ばされ、地下施設の一部だけが生き残っている3つの遺跡。かつての首都防衛基地群であるアイアース、ローストマン、そしてケパロス。今、このケパロス基地の地下格納庫への入り口には、一機のバトルメックを前にして数人のクリタ軍将兵がいた。
バトルメックとはいっても装甲にしろ武器にしろ、取ってつけたような印象がぬぐえないおんぼろだ。装甲はつぎはぎだらけでモザイク模様。取り付けられた武器はどこかちぐはぐで機体の形状とマッチしていない。
対して将兵達は将兵達で、油にまみれているもの、目の下に隅ができているもの、最近風呂に入っていないのか垢じみた者など、こっちもまたおんぼろな印象を受ける。
しかし、目の光だけは違っていた。彼らは、一様に希望の光をその目に浮かべていたのだ。将兵達の中で最も階級の高いエイボン少尉が進み出ると、バトルメックの足元に立っていたメックウォリアーと思しき男の肩にぽんと手を置いて、声をかけた。
「ようし! 頼むぞ!」
「は! 連邦の目を盗み、かならずやアレスを白田少佐に届けてみせます!」
彼はどこか誇らしげな顔で答えると、背後のバトルメックを見上げる。嬉しそうだ。無論、その嬉しそうな顔には理由がある。先日まで彼は、廃棄処分寸前というありさまの民生メックに乗っていたからだ。
民生メックとは作業用メックを改造してかろうじて戦闘に使えるようにした準バトルメックのようなものである。本物のバトルメックと比べて、スピード、装甲、火力、通信能力・・・あらゆる面で劣っている。メックウォリアーとは、バトルメックに乗っているからこそメックウォリアーなのであり、栄光と名誉に包まれる権利を持つのである。それなのに、彼はバトルメックに劣る民生メックの、しかも廃棄処分寸前のポンコツに乗っていたのだ。アレスが応急修理を繰り返したポンコツであろうと、本物のバトルメックであることには変わりがない。例え、乗れる期間がヘスティアの町にアレスを届けるまでのごく短期間だとしても、嬉しくないはずがない。彼の意気込みは非常に高かった。
その様を見て、エイボン少尉は苦笑して訂正した。
「違う違う。頼むといったのは、その事じゃない。アレスをヘスティアに届けるのは頼む以前のことだ。できて当然のことでしかない。頼むのは、アレスを届けたかわりとして、このケパロス基地にテックを派遣してくれるよう交渉することだ。」
そういって、エイボン少尉はあたりをぐるりと見回した。鬱蒼とした密林の中に、彼らがようやっとのことで切り開いた猫の額ほどの空き地があり、地下から掘り出された土が所せましと積み上げられている。
彼らは、星間連盟の基地遺跡を探索する任務を帯びてここにいる。しかし・・・彼らは今、技術者の数が足りずに、行き詰まっていたのだ。
「はあ・・・あの時、もうちょっとでいいから技術者を確保できていればな・・・しかしまあ、これでなんとかなるかな?」
エイボン少尉は、今月初めに白田少佐に呼び出されたときのことを思い出していた。
『出立』 作:皮肉屋
<11月1日午前10時ローストマン基地>
「エイボン少尉、確か貴官は以前ヴェルダンディに居ったそうじゃの? その経歴を見込んでやって貰いたい事があるのじゃ。何、それほど手強い事では無いでのう。」
窓際に立ちながら白田少佐はまずそう仰った。しかし、本人が口頭で伝える任務に「手強い事では無い」などと言った事が有り得るのだろうか? 少なくとも私には想像出来ない。それを可能とすれば人はどれほどに幸福だろうか? 少なくともこの時から一連の厄介事は始まっていたのだろう。
「貴官に頼みたい事は他でもない・・・そうじゃの、宝捜しかの。」
頼みますからその悪戯を考えついたような顔は止めて下さい。胃に悪いですから。
「宝捜しですか・・・パエトンやヘスティア攻略の前準備で忙しいのですが? 」
私も馬鹿な事にこう答えたんだよな。この手の口答えはせんに限るがどうも止められない。これが原因でヴェルダンディから左遷されたし。ナグモ提督に「ラサルハグ方面に帰って来なくていい」とお墨付も貰っている。
「まあ、確かに忙しいの。しかしのこれもこれで重要なんじゃよ。」
少佐は(何と紙の)命令書を懐から出してきた。そんな所から出したものなんて受け取りたくないのに、ほら生温かいじゃないか。取り敢えず、その文書をおおまかに読み飛ばしてみる。恐らく、この時私は実に形容し難い顔をしていただろう。
命令書の内容、それは事実上の死刑宣告としか思えなかった。
「正気ですか? たった20人程度でケパロスを探索し発掘せよと? しかもこの時期に?」
いっちゃまずいとおもいながらも、ついいってしまったくらいに衝撃だった。そうだとも、何時ぞやに出した部隊は完膚なきまで全滅したはずだ。あんな所に命を捨てに行くのなら、営倉がホテルのスイートに見えてくる。
それ以前に今は各攻略作戦の準備で忙しい。パエトン侵攻に加え、誘き出した部隊の包囲殲滅作戦、藤果隊とその支援部隊の整備点検も必要だ。猫の手は愚か鼠の手も借りたい。
「確かにのう。じゃがな、“備え有れば憂い無し”じゃ。ヘスティアを落としたとてあの街を奪い返す為にダヴィオンの部隊が送り込まれるじゃろう。それにはケパロスから発掘された戦力は間に合わんじゃろう。今すぐには役に立たん。だがあの場所を抑えておけば後々楽になる。事態が如何に転ぼうが足元は揺らがん。」
少佐は喋りながら魔界盆地周辺の地形図を広げられた。私が知る物より格段に詳しい。そして恐らく正確なのだろう。
「此処とアイアースの位置関係から大体の場所は特定できとるわ。それにな、親切な者が居ってのう、そのお陰で詳しい地理も分かっておるんじゃ。必要なのは迅速に行動でき、確実に結果を出せ、事を秘密裏に運べる密林戦に長けておる士官なんじゃ。そうじゃな、ヴェルダンディ駐留DEST部隊元中尉殿?」
確かに私の専門は密林戦だ。他の連中が行くよりはましだろう。
それに少佐は本気であられる。言い逃れは通じない。私は覚悟を決めざるを得なかった。
「・・・分かりました。しかし、手が足りないのは事実です。人員をせめて倍にして下さい。」
少佐は、笑いながらこう答えられた。
「民生メックを4機付けると書いてあるじゃろう。後、使えそうなのを幾等か増やしてもいいぞい。」
結局それだけですか、「使えそうなの」が幾等かですか? 何とかならんでも無いですが・・・しかし、私が駐留していた場所は正確にはジャングル溢れるヴェルダンディ本星ではなく、その衛星でしかないのですよ、少佐殿。
ともあれ、気を取りなおし私は翌日までかけて部隊を編成し、夜中にケパロスを目指し密林へと足を踏み入れた。