『捕虜返還』  作:ミッキー  戻る

 その日。特務隊は、細かな装備や補給物資等を奪われただけで返還されることとなった。また、第2次パエトン攻防戦で捕虜となったクリタのメックウォリアー達も、身の代金と引き換えに返還された。
 クリタの民生機は返還されなかった。元々カウツVの所有物である。また、皆坂一郎が緊急脱出したヴァル・ハラントを殺したビデオや、クリタの民生メックがパエトン基地周辺の畑や給水施設を荒らしたビデオ、ホフ中尉配下のメックウォリアーの証言なども、クリタの民生メックを返還しない理由とされた。物資は多少のトラブルもあったもの、惑星政府に返還された。
 

 戦場は、ヘスティアの町に隣接する駐屯地の南にある開けた場所となりそうだった。トウモロコシや麦がのびのびと育っている畑の連なりである。農業施設を破壊するのはアレス条約に違反するのだが、クリタ軍は防御陣地の構築をせっせと行っている。

 今、クロフォード中佐達がいるのは、総重量160トンを誇るビグルというキャタピラ式戦車の中だ。この戦車の武装は155mmオートキャノン2門とマシンガンのみと、重量に比べて貧弱なものだ。しかしその代わりに、恐ろしく分厚い装甲と、高い作戦指揮能力を持っている。なんと、この戦車の中には7m四方の移動指揮所と通信管制室が2つも設けてあるのだ。 その通信室も移動指揮所も、かつては刈り入れた穀物を入れておくスペースである。凄まじいサイズだ。星間連盟華やかなりし頃には、こういった巨大な機械が列を成して惑星上で作業していたはずだ。しかし、今となってはかつての文明の残滓をあさらなければ維持できなくなっている。
 この巨大な戦車は、第1次継承権戦争当時に行われたクリタ軍の侵攻に対抗するために建造されたものだ。農業用の作業機械を改造して作られたとは言え、実に役に立つ。もっとも、かつての首都、シギリアに核攻撃が行われて以来、交換部品の欠乏によって放棄されたまま200年を経ている。今回アイアース基地から交換部品が見つからなければ、再び戦場に出ることなどなかったであろう。

 「気に入りませんな・・・」
 クロフォード中佐は、隣に立つ防衛総監に向かってつぶやいた。
 「なんじゃね?」
 防衛総監は、なんのことだかわからずに聞き返してきた。
 「クリタ軍の行動ですよ。こちらの戦力が多少上回っているとはいえ、あんな防御陣地を作られている地形で戦うのは不利です。それに、あそこは畑です。農業施設を荒らすのはアレス条約違反です。」
 「そうなのかね?」
 「ええ。それに、流れ弾がヘスティアの町にとびこむ危険を考えるとなると、町に隣接する基地に向かって進軍する我が軍は、射撃に制限を受け不利になります」
 「むう、そうなのか・・・」
 この防衛総監、指揮能力や戦術眼は今二つだが事務処理能力には優れているという典型的な官僚軍人だ。いや、将軍でなく防衛総監なのだから、まさしく官僚なのだが。急遽膨れ上がったカウツV惑星軍には、ろくな高級軍人がいるはずもなく、こんな人物が惑星軍を統括している。戦闘に関する総合的な判断は、オブザーバー扱いのクロフォード中佐がするしかない。いや、この無能な総監は、クロフォード中佐の言いなりになっていることすら気付いていない。クロフォード中佐の巧みな誘導と話術で、それを感じさせないでいるからだ。
 「ふむ。許せんな。この事を抗議してやろう。」
 クロフォード中佐の誘導にそうと気付かぬまま引っ掛かった防衛総監は、勇んで通信室に向かった。
 クロフォード中佐もついていき、聞き耳を立てる。防衛総監は官僚だけ有って、交渉能力はそこそこ有ったはずだ。軍人の白田少佐相手なら、そこそこいい線を行ってくれるとクロフォード中佐は予想していた。案に違わず、防衛総監はいい調子でまくしたてている。
 「通常は町や環境維持施設、農地から遠く離れた開けた場所で雌雄を決するのが慣例だ。なんであんなところに防御陣地を作っているんだね!? アレス条約違反じゃないか!!」
 しかし、そこはそれ、百戦錬磨の白田少佐である。平気な顔で切り返した。 このあたりはやはり、戦場で実際に経験を培うことのできたほうが有利という事なのだろうか?
 「あのあたりは期間限定で我が軍が借りている。問題はない。」
 「な、なにい!?」
 防衛総監が間抜けな声を上げる。
 クロフォード中佐は嘆息した。白田少佐のポリシーの現われだろうか。半強制的にクリタが借り上げたのだろうが、これで形だけでもアレス条約違反を犯す心配はない。
 「それにのう・・・ヘスティアの周囲のそんな地形は全て畑になっておる。それ以外の土地は植林されておる。ここで戦うしかあるまい?」
 「うぬう・・・」
 白田少佐の言はもっともであった。結局、この交渉では戦闘地域をなるべく南の外れ、町から遠いところに限定するという同意を取り付けることしかできなかったのである。
クロフォード中佐は、悔しがる防衛総監をなだめた。
 「まあ、クリタの防御陣地の大半は役に立たなくなりました。射撃の制限については仕方ないですね。僅かな振動爆弾だけならなんとかなるでしょう。」

 そういうクロフォード中佐は、さすが官僚だけ有るなと防衛総監を見直していた。戦闘地域を限定して防御陣地を大きく削ったのは、予想外の収穫だったのである。

 

 『開戦前夜』

 夕日が沈み行く中、着陸したレパード級降下船シャネルクイーンから、8機のメックが降ろされつつある。メックを(装甲がふれあう場所に布団をあてがうほど)ぎゅうぎゅうに詰め込んで来たのであるから、搬出作業は非常に遅い。通常なら降下直後にメック小隊が展開し、即座に戦闘体勢が取れるというのに、1機のメックを降ろすのに数分が必要だ。中から出てきたのは、ムドーが1機、フグが2機、ザコが5機。いずれも倉庫から発掘された時の塗装ではなく、やたらと派手なトリコロールカラーだ。初の実戦を行う新兵達が、敵味方を取り違えないようにするための配慮だ。敵味方識別信号だけでは、友軍への誤射を防ぐにあまりに心もとないからだ。

 「間に合った・・・これで手柄を立てられる・・・」
 ブラウン軍曹は、万感の思いを込めてつぶやいた。第2次パエトン攻防戦で鹵獲されたクリタの民生メックに乗る権利をかけた試験が行われたのが9月7日、修理が終了したのが9月8日。それから、必死になって完熟訓練を行ってきた。暑いコクピットの中で戦闘機動を繰り返すと、1時間につき1キロは体重が減るほど消耗するといわれている。当然だろう。凄まじいGとたえまないストレスが、膨大な量のカロリーを奪うのだ。その訓練を、1日に8時間も続け、なんとか教官のリリム・フェイ大尉から合格点を貰ったのは今日の午前中だ。シャネルクイーンに乗ってでなくては、とても間に合わなかったであろう。ヘスティア奪回戦が遅くなり、クリタ軍が戦力のほとんどを集中してくれたおかげでこの作戦に参加できる事を神に感謝しなければならないだろう。
 「この戦いを生き残れば、実戦経験を経たということで、少なくとも、准尉にはなれる。手柄を立てれば、少尉になる事だって出来る。このチャンスを逃すわけにはいかない!」
 士官教育を終了したとはいえ、実戦経験のないブラウンはまだ軍曹の階級だ。いや、それよりは、家柄の問題だろう。彼は、平民出なのだ。もし、クロフォード中佐が実力主義の選抜試験を防衛総監に納得させることが出来なかったら、民生メックを得る機会すら巡ってこなかっただろう。階級も1等兵のまま整備兵として一生を過ごすことになっていたかもしれない。士官学校を出たというのに。
 「必ず、必ず生き延びて、手柄を立ててみせる! このメックの所有権を不動のものにしてやる! そして、お高くとまった貴族の奴等を見返してやるんだ!」
 ブラウン軍曹の目は、決意と暗い情動に溢れていた。
 

 「間に合ったな・・・」
 ビグルの上から、民生メックの搬出作業を見つめる人影があった。クロフォード中佐だ。
 「わずか8機の増援。しかし、これ以上の戦力を集めるのは無理だ。リスクが高すぎる。それに・・・完熟訓練も終わっていない奴等では呼んでも戦力の足しにならん」
 クリタの戦力の全てがヘスティア基地にない以上、重要拠点を急襲される恐れが付きまとう。すでに、各地の拠点の戦力はほとんどが引き抜かれてヘスティアに集結しており、完全に空になった基地もある。あとは、パエトン基地で機種転換訓練をしていた2個小隊を呼び寄せるのが限界だった。
 「民生メック20個小隊。クーゲル18個小隊、ジープ多数、トラック多数、歩兵多数、移動司令部ビグル。しかし、このうちのほとんどは実戦経験のない新兵か・・・使い物にならん奴等を、いかに使うか、だな」
 一度とは言え、実戦を経験し、生き延びたクリタ軍に対し、カウツV軍で実戦経験のあるのは、タウロス山付近で道路拡張工事をしていた時に襲われた者達だけだ。いや、ごく僅かの元失機者達もいるにはいるが、数が少なすぎる。
 「バトルメック5個小隊、気圏戦闘機2機、スナイパー砲2門、偵察小隊の半分、歩兵3個小隊、レパード級降下船シャネルクイーン。経験は豊富とはいえ・・・防御陣地をもつクリタの連中を倒すにはいかにも少ないな・・・」
 戦場馴れを考えるなら、ごくわずかに恒星連邦側が上回っている程度だろうか。この程度の差では、ごく僅かな綻びから戦線が破綻し、大壊走に繋がりかねない。
 「だが、やるしかないな。さもなくば、勝ちの目はない」
 クリタの連中は、ケパロス遺跡を押さえている。そこの民生メックとバトルメックを使われたら、ミリタリーバランスは大きく傾く。立場が逆転し、攻めるのはクリタになる。
 いや、それ以前に・・・ここで大きく勝てなければ、魔界盆地周辺の密林地帯で身動きが取れなくなるだろう。ゲリラ戦を仕掛けられたら、負けないようにすることは出来るが勝って進軍するのが非常に難しい。そうなったら泥沼だ。ケパロス遺跡の奪還など不可能だ。
 「きわどい勝利は敗北に他ならない。圧倒的な勝利でなければならない。こんなわずかの戦力差で・・・」 
 クロフォード中佐は、決意の表情でビグルの中に戻った。
 

 「間に合ったのう・・・」
 白田少佐は、ヘスティア基地のメックベイとザムジード内部で行われている修理状況を見回りながらつぶやいた。ようやっと全てのメックが修理完了するところなのだ。脚やジャイロをやられて、肩を借りて撤退したメックも多く、その全てを明日の開戦までに間に合わせることが出来るか危ぶんでいたのだが・・・なんとかなりそうだった。今では、修理作業はほぼ終了し、日常点検に移りつつある。
 「とはいえ、たった一度の実戦経験では、この戦力差を跳ね返すことは不可能じゃ。防御陣地の大半を使えなくなったのは痛いのう・・・」
 明日の戦いで勝てなければ、再びクリタ軍はジャングルに追い返されてしまう。そうなれば、待っているのは苦しいゲリラ戦による時間稼ぎだ。凄まじいまでの忍耐力がなければ、士気の維持が出来ない。何としても勝って、時間を稼がなければならない。ここで勝てなければ、カウツVの奪取など夢のまた夢だ。
 明日は、負けられない。白田少佐は、決意の表情も硬く、司令室に戻った。
 
 

 惑星軍と傭兵部隊であるブラッドハウンドの野営する場所は得に分けられていない。白田少佐率いるクリタ軍は強敵であるため、双方を区別して連携に支障をきたすことが有ってはならないと判断されたからである。そんな野営地の中心部に、厳重な警戒態勢のしかれた大きなテントが有る。
 そのなかでは、明日のブリーフィングが行われていた。
 歩兵隊の士官や下士官達、戦車の車長たち、メックウォリアー達。その他にも、主だった士官達のほぼ全てが集まっている。説明をするのは、ブラッドハウンドの副官、メイスン少佐だ。
指揮棒で背後のモニターに映し出される地図や図表を示しながら、効率よく明日の作戦や各隊の行動指針を説明している。

 「・・・・よって、君たち惑星軍メックウォリアーは最前線に出る必要はない。もっとも前に立つのは、我々ブラッドハウンドのバトルメックだ。君たちの第1の任務は、この戦いを生き延びることだ。初の実戦で手柄を立てよう等と思うな。手柄など、場数を踏めばついてくるものだ。君たちは、初の実戦に臨む新兵だ。経験はこれからいくらでも積める。中距離から援護射撃に徹してくれれば良い。けして、我々ブラッドハウンドのバトルメックの前に出ようと思うな。」
そういって、緊張した顔つきの新人メックウォリアー達を見る。彼らは、いかにも血気にはやった顔をしていた。まだまだこのままでは、己の力を過信して無謀な突出をしそうである。となると・・・少しばかりにらまれることになっても、釘をさしておいたほうがいいだろうか?
 「・・・諸君、君たちは、まだ実戦経験を積んでおらず、しかも、メックは軽量級だ。(メイスン少佐は、民生メックという弱いメックであるとの明言は避けた) こういった悪条件下では、熟練した強力なメックに乗った相手に対抗するのは非常に難しい。現に、我々ブラッドハウンドは、たったの7個小隊でクリタの27個小隊に勝利した。うち、3個小隊は熟練したメックウォリアーの乗るバトルメックだった。つまり、われわれは差し引き4個小隊で24個小隊の民生メックに対抗したのだ! けして、無理をしないでくれ。君たちは、カウツVの明日をになう非常に貴重な人材なのだ。このような所で死んでもらっては困るのだから。上官の指示に従い、援護に徹するのだ。いいな? そして、歩兵とジープ、兵員輸送車の役割だが・・・」

 
 クロフォード中佐は、血気にはやる若者達の目を見やり、密かに嘆息した。新兵達をうまく動かすのはものすごく大変だ。手柄を焦って突出しすぎるもの。初めての戦場に脅えて逃げ腰になるもの。周りのことが見えなくなり、指示に気付かなくなるもの。戦場の混沌は、新兵には過酷すぎるのだ。しかし、この初陣を潜り抜けなければ、経験を積まなければ、いつまでたっても戦場を知らぬままだ。

 「つまり、君たち歩兵の役割は、敵歩兵を押し包み、降伏させることにある。歩兵の数ではこちらが圧倒しているのだから、難しいことではない。だからといって侮ってはいけない。わずか数発の手榴弾で小隊が全滅するというのは非常に良くあることだ。命を無駄にせず、さりとて臆病にならずに戦って欲しい。さて、クーゲル隊の皆の任務だが・・・」

 この新兵達を如何に使うかによって、明日の勝敗は決まる。勝とうが敗北しようが、この若者達の多くが命を落とすであろう事は想像に難くない。だが、できうれば少しでも死亡率を低くしてやりたい。そのためにも・・・勝たなければならない。負け戦と勝ち戦では死亡率がまったく違う。

 「であるからして、援護射撃を頼む。支援砲撃如何によって前線のバトルメックや民生メックの生存率が違う。自分達の任務を良くこなして欲しい。」
 
 勝つためには、クロフォード中佐自身がカウツV軍の皆に一目置かれていなければならない。それでこそ、参謀であるクロフォード中佐の指示にも素直に従ってくれるだろう。クロフォード中佐は、明日の闘いの前に訓示をする事にした。