『本陣前進』  作:MT.fuji

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移動司令部、とも言うべきビグル。それが轟音を立て、動き出した。その雄姿をクロフォード中佐は外から微笑を浮かべ、見ていた。もちろん、生身ではない。クロフォード中佐の愛機、ブラッディカイゼルの操縦席の中からだ。

 『く、クロフォード中佐! どういう事かねっ!!』
 防衛総監から通信が入ったのはビグルが前進を開始して間もなくだった。これある事を予測していたクロフォード中佐は余裕を持って通信に対する。
 「と、言いますと?」
 『こ、これが前進するとは聞いておらんよ!!大体、何故司令部が前進する必要があるのかねっ!!』
 「ああ、それですか。いえ、司令部が必要なのではなく、この場合、ビグルの重量が必要なんですよ。より正確にはビグルの160トンの重量が生む振動が、ですね」
 『何?』
 「振動爆弾の処理、ですよ。地雷原突破前に振動爆弾に引っかかってた場合、大変厄介な事になるのは作戦前にお見せしたパエトン攻防戦の際のクリタ側の惨状を考えれば当然でしょう? その点、ビグルなら何トンに設定されていようが、振動爆弾は遠距離で爆発します。」
 『だ、だが・・・』
 「もし爆弾処理を恐れて、前進しなかったら部隊は深刻なダメージを負います。それが元で敗戦という事になれば、責任を追及されるのは当然貴方という事になりますが・・・」
 『う・・・』
 既に防衛総監の顔色は真っ青だ。前線に出るのは嫌だが、責任を追及されるのも嫌だ。その顔にははっきりとそう書かれている。
 「・・・・・・まあ、後方から指揮を取るのも司令部の勤めですし。一旦ビグルが戻ってくるまで後方の指揮所にて待つという方法もありますが」
 「!そ、そうだな!そうさせてもらおう」
 急に血色を回復させると防衛総監は同じく真っ青になっていた幕僚を連れて、いそいそと退艦していった。驚くなかれ、このビグルには小型の車両まで搭載されているのである。

 「・・・ま、こうなるとは思っていたが。しかし、いっそ見事なまでに予測のつきやすい御仁だな・・・。さて、ビグルは当座の予定どおり前進。頼むぞ。」
 『了解!』
 実はビグルを動かしているのは惑星軍の人間ではない。その正体はブラッドハウンド所属の戦車兵達だ。先の戦いで戦車が大破してしまい、人員には僅かだが余裕が出来た。そうした身体は問題ないが動かすものが今の所なくなってしまった者達が操っているのである。
 最初は惑星軍の人間が乗るはずだったのだが、遺失物であるし整備がどうとか、あるいは実戦に参加した経験者の方が安全で良いと思いますが、と防衛総監に吹き込むなどして、実際に動かすのは全てブラッドハウンドの手の者がやっていたのである。当然と言えば当然ながら、彼らはクロフォード中佐の命令に逆らう気はなかった。事前に命じられた任務が味方メックの損害を減らす為の作戦だという事で、むしろ志願した、くらいだった。
 そして、今、クロフォード中佐の読みは見事に当たり、既に前方では重量を軽量級に設定された振動爆弾の爆発が始まりつつあった。
 ある意味、それはビグル本来の役目に似ていたかもしれない。穀物や野菜の代わりに地雷を掘り返し、コンバインの代わりに兵器を纏ってはいたが、畑であった場所を進むその姿は自らが農作業用大型ロボットとして設計された事を主張しているかのようであった。

 「・・・何じゃあれは」
 白田大佐は呆然と呟いた。さしもの彼もビグルの存在は予想外だった。自分達が苦労した体験から、恒星連邦側の侵攻も振動爆弾を用いた地雷源でかなりの損害を与える事が可能だと予測していたからである。
 「発掘基地のデータベースで確認が取れました。・・・どうやらかつての農作業用大型ロボットを改造した移動司令部のようです。もう動くものもないと思っておりましたが・・・まだ残っていたのですね・・・」
 白田小佐の誰に問うでもなかった呟きを耳にした司令部の人間が忠実に検索をかけ、その正体を白田小佐に報告する。
 「・・・そんなものがあったとはな」
 どうやら第一段階は相手に取られたようだ。攻撃を仕掛けようにもビグルとやらの周囲には傭兵部隊のバトルメックが護衛についている。兵の中には攻撃を主張する者もいたが、下手に攻撃を仕掛ければ、爆弾が埋まっていない地点を明らかにするだけだ。敵の腕が相当優秀な事を既に身を持って知っている以上、下手にそのような行動は出来なかった。
 間接砲を用いるという手もあったが、先に行われた空中戦で自軍の気圏戦闘機部隊は大損害を受け、恒星連邦側の機体が爆装状態で遊弋している。そんな所で間接砲を用いれば、1〜2発撃った所で爆撃を受けて、破壊されるのが落ちだ。そんな無駄遣いは出来ない。
 加えて、ビグルという移動司令部の直衛についているバトルメックの一機はブラッディカイゼル・・・駐留メック部隊司令官の愛機だ。つまり、あの移動司令部の中に敵メック部隊司令官はいない・・・。それなら敢えて大損害を覚悟してまであの移動司令部を追い払う為に部隊を動かす必要はない。それに、彼らとて真正面から突き進んでくる訳ではないのだ。ある程度の防御施設は使えるだろう。
 「・・・第一段階は向こうにしてやられたか。だが、これからだ。」
 そう呟くと、白田中佐は完全に修理された愛機マローダーに向け、歩き出した。

ヘスティア攻防戦は除々にではあるが、しかし着実にその苛烈さを増していた。
 まず先手は恒星連邦が取った。移動司令部ビグル、その人類の保有するいかなるバトルメックをも上回る、その巨大な重量そのものを武器として、クリタ軍の敷設した振動爆弾を除去したのだ。そこへ加えられた間接砲撃とビグルの周囲を固める民生改造メックと純粋バトルメックによって通常地雷の除去を行い、濃密な地雷源には一筋の太い回廊が出来た。そこから恒星連邦軍は侵攻を開始した。
 一方クリタ軍の動きも素早く、構築した防御陣地にこだわらず(地雷源と組み合わせて運用するはずだった為、地雷源なくしては効果半減)、速やかに後退した。

 

『陣地再構築』 作:ミッキー

 これに対し、恒星連邦軍側も前進を止めた。ビグルは地雷原をある程度通り抜けたところで戦場を横に数往復して惑星軍が陣を敷き直すスペースを作った。さらに、回廊の数を増やすため地雷原の後方と中盤を数往復する。今の状態で陣をしくと、地雷原を背後にすることになるため、動きが著しく妨げられるのである。

ビグルとその直衛のメック達が戻ってくる頃には、双方の陣営とも隊伍を整え、戦闘命令を待つばかりとなっていた。

クリタのメック達はに掩体壕こもってフィールドディフェンスの構えである。
 掩体壕とは一種の塹壕だ。
 3メートルほど地面を掘りさげ、連邦が攻めてくる方向に半円になるように土を積み上げる。クリタ陣地の方角はなだらかな斜面にして後ろ歩きでも容易に掩体壕から抜け出せるようにしてある。
 連邦が攻める方向からは部分遮蔽となり、クリタ側から見れば丸見えになっているという厄介な防御地形だ。
 この掩体壕にこもり、防御力を極端に高めた状態で戦線を構築している。
 実に見事な防御陣といえるだろう。

 恒星連邦軍は、ビグルを少し後方に配置した方形陣を組んでいた。最も左翼の陣から第1陣(左翼)、第2陣(左陣)、第3陣(中央)、第4陣(右陣)、第5陣(右翼)となっている。
 それぞれの陣は、最前衛に傭兵部隊のバトルメック1個小隊程度を、中衛にジミやシムなどの民生メック4個小隊程度を、後衛にはクーゲル4個小隊程度を、歩兵やジープなどが隙間を埋めるように配置されている。
 バトルメックを主戦機とし、民生メックを中距離支援機兼主力とし、クーゲルを支援機とし、歩兵部隊がこれらをサポートするという実に見事な教科書どうりの方陣形だ。

 もっとも、双方とも余裕が無いためか、予備戦力はかなり少ないようである。

 左翼の第1陣に、少しばかり異色の部隊がいた。拿捕したローストマン系民生機を装備している2個小隊だ。派手なトリコロールカラーに塗られているため、一際目立つ。誤射を防ぐための配慮である。ほとんどが新兵の惑星軍では敵味方識別信号だけでは心もとないからである。

 そんな中、惑星軍のメック連隊の中で唯一フグBに乗ることになったブラウン軍曹は、操縦席の中で恐怖に打ち勝とうと必死になっていた。
 「落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ! 焦ったら負けだ。あせらず、かつ大胆にやるんだ・・・」
 初の実戦に望む新兵の反応はおおむね二つに分かれる。
 恐怖で及び腰になるか。初の手柄を立てるチャンスに高揚し過ぎるか。
 味方が優勢なのか、押されているかによって、気分がころっと正反対になったりもする。
 及び腰になるのであれば戦力として使えないことを意味する。先走るなら、容易に暴走へと繋がり、死を招く。これをうまく指揮して戦うのは非常に難しい。
 そう口を酸っぱくしていわれているため、ブラウン軍曹は平常心を維持しようと必死になっていた。ビグルの活躍によって一歩リードしているし、連邦側のほうが戦力が上とはいえ、ここはクリタの陣地。どこに地雷が埋まっているかわかったものではない。

 しかも、クリタのメック達は蛸壺にこもっている。
 一種の塹壕だ。
 3メートルほど地面を掘りさげ、連邦が攻めてくる方向に半円になるように土を積み上げる。クリタ陣地の方角はなだらかな斜面にして後ろ歩きでも容易に蛸壺から抜け出せるようにしてある。
 連邦が攻める方向からは部分遮蔽となり、クリタ側から見れば丸見えになっているという厄介な防御地形だ。こういった守りが硬い所に攻め入るとなると、倍程度の戦力差はいかにも少なく思えてしまう。

 「おちつけ、落ち着くんだ! 傭兵部隊の指揮官達も最前線に出る必要はないといっていたじゃないか! 大丈夫、生き残れる。生き残って、手柄を立てられる!」
 ブラウン軍曹は、昨夜のミーティングの一節を思い出しして心を落ち着けようとした。メイスン少佐はこういっていた。『よって、君たちは最前線に出る必要はない。もっとも前に立つのは、我々ブラッドハウンドの面々だ。君たちの第1の任務は、この戦いを生き延びることだ。』
 実際、自分達民生メックの前には、傭兵部隊の第1小隊が配置されている。
 「彼らの後をついていけばいい。まだ、撃墜されるのは早い。最初のうちは押さえ気味でいいんだ。今日のような大会戦なら、かならず手柄を立てるチャンスは有る。それを逃しさえしなければ・・・!」
 「そうだ。安心しろ。俺達の前にいるのは、ヴァレリウス小隊だ。マディック大尉という、ブラッドハウンド最強のメックウォリアーが指揮する小隊なのだそうだ。」
 隊長が、ブラウンのつぶやきを聞いたのか、心強い言葉をかけてくれる。ブラウンは嬉しかった。彼もまた、実戦は始めてなのに、気遣ってくれる。自分も恐いだろうに。そう思うと、ブラウンはすっと気が楽になっていった。
 「そうですよね。最強の部隊の後についていけばいいのだから・・・?」
 安心した所に、突然異変が襲った。最前衛についていたバトルメック達が、一斉に走り出したのだ!
 「え、ええ!?」
 ブラウン軍曹は知らなかったが、彼らはクリタのバトルメック2個小隊を牽制するために突出したのである。しかし、そんな事はわからない。
 ブラウン達は、つられて前進を開始してしまった。わずかな前進。しかし、有効射程ぎりぎりまで接近していた彼らである。クリタ部隊はこのようなときをてぐすね引いて待っていたのだ。
 右翼の第1陣は、戦闘に突入した。バトルメックという弾除けの無いままに。

 

『金と銀』 作:MT.fuji

ビグルは、ブラッディカイゼルとケーブルで回線を繋ぎ、前進する部隊の指揮を取った。ちなみに、防衛総監は『戦場全体を見る為』、と称して後方から動かず、前線の指揮はクロフォード中佐に任せる、と伝えてきていた。クロフォード中佐にとっても願っても無い話である。表向きには冷静に、しかし心の内では喝采を叫んでいたかもしれない。
 一方後退したクリタ軍は次の防御陣地に篭って、本格的な防衛戦を開始した。いよいよ先のパエトン戦とは攻防の立場を逆として戦闘が始まったのである。
 次の一手はいずれがが取るのか。神と呼ばれる者がいれば、それもまた分かるかもしれないが、この地に生きる短命な人間という種族の中にそれを知る者はいなかった。

 クリタ軍は先のパエトン攻防戦にて多数の民生改造メックを用いて、バトルメックを擁する熟練の傭兵部隊という質に対し数で対抗しようとした。だが、今回はそうはいかない。惑星軍所属の民生メックがこれでもか、とばかりに投入されている為、数の優位など吹き飛んでしまっているのだ。
 恒星連邦側の民生メックは遠距離兵装がついていないのだが、代わりにクーゲルと称される戦車がメック小隊にくっついている。これが遠距離砲撃にて民生メックを支援しているのだ。
 しかも、民生メックに重い遠距離兵装を用いていないという事は、ひいては近接戦闘においては相手の方が強力である事を示しているようなものだ。どうやらケルクックやムドーならば相手を上回るだけの戦闘力を有しているようだが、それらはそんなに数がない。
 白田少佐はこの状況打破の為に純粋なるバトルメック部隊に出撃命令を下した。
 「五・5、金・銀! 味方の民生改造メック部隊を援護せよ!」と。

 出撃したクリタ軍バトルメック部隊の情報は即座に恒星連邦側司令部に伝達された。数こそ2個小隊に過ぎず、構成も中軽量級メック中心の模様だという。だが、問題はその部隊を構成する面々だ。
 珠理少佐のものと思しき赤い重量級の新型機、我田小隊、ホフ小隊・・・いずれもあなどる事の出来ない腕の持ち主達だ。だからといって、数で対抗する余裕はない・・・。敵にはまだまだバトルメックからなる部隊が温存されているのだ。しかも、こちらのバトルメックは不慣れな惑星軍の新兵メックウォリアー達を統御するために迂闊に動かせない。
 クロフォード中佐はこの事態にマディック大尉に出撃命令を下した。ヴァレリウス小隊を持って、敵メック2個小隊を撃破もしくは撤退させよ、と。奇しくも戦場の片隅で今度もまたブラッドハウンド最強の小隊という質を持って、数に優る敵の侵攻を抑えよ、という事だった。

 今回、珠理少佐は本来の部下達を率いてはいない。自らの指揮下にあるはずの小隊の代わりに、と渡されたのが我田小隊とホフ小隊である。加えて、ザコの上位機種であるザコS型に代わり、ケバロス基地から発掘されたムドーの上位機種である新鋭機ドゥームをも与えられていた。
 とはいえ、我田小隊は定数の4名を満たしておらず、珠理少佐が臨時の構成として組み込まれている。編成表上ではギュラントが特務隊より配属されているのだが、現実にはそう簡単にはいっていなかったのだ。
 なにしろ特務隊は長期に渡って傭兵部隊ブラッドハウンドの捕虜となっていた。いくらなんでも機体の綿密なチェックをせずに部隊の戦力として組み込む訳にはいかなかったのだ。もし、何らかの細工がされていなかったとしても、敵メックに綿密な整備を施してくれると考えるほど甘く考える気には誰もなれず、特務隊はその保有する全機体をオーバーホールと相成っていたので今回の戦闘には間に合わなかったのだ。
結果、珠理少佐の指揮下にあるのは7機、己を含めて2個小隊という事になる。本来の自分の配下たる部隊がいれば圧倒的な戦闘力でカウツV軍の陣に穴を空けることができるのであろうが、という気がしないでもないが、ないものねだりをしても仕方がない。
 とは言うものの、部隊の内容的には不安を抱えていると言わざるをえなかった。
 我田小隊は、我田中尉本人こそ十分な水準の戦力として計算出来るものの、残り2名は一般兵並の腕でしかない。ホフ小隊は腕はいいのだが、軽量級ばかりで、しかも機種転換訓練が終わったばかり、加えて無法者寸前の部隊、と来ている。これを使いこなして、敵陣に穴を空けろというのは、なかなかに頭の痛い事態だった。

 「少佐・・・」
 ホフ中尉の警戒をこめた声が通信にて伝えられる。本来使用する予定であったスティンガーに代わり、珠理少佐が用いていたザコS型を与えられた彼は一歩先を進み、部隊の目となっていたのだが、急速に引き返してくる。
 「なにかしら?」
 「こちらに恒星連邦のメック小隊が接近中です。例の・・・賞金首小隊です。」
 「あら・・・そうなの。」
 賞金首小隊、それは小隊の内、3名が賞金をかけられているという部隊、逆に言えば賞金をかけられる程の凄腕の集まった小隊という事だ。どうやら新たなメンバーが加わったらしいとの報告があり、それは先の戦いで確認されている。場合によっては、近いうちにその新メンバーにも賞金がかけられるだろう。
 どう考えても侮って良い相手ではない。少なくとも、敵陣に穴を空けることの片手間に相手を出来るような敵ではなかった。

 『全機 警戒しつつ前進』
そう合図を出しつつ、部隊は任務を果たすべくさらなる前進を続けた。

 そして、戦いの幕が開く。
 「・・・!! 来たな・・・!!」
 ホフ中尉が噂の部隊の一機を見て怒りの声を上げる。彼の小隊の他の面々からも一斉にうめき声が上がる。
 「どうしました?」
 「あいつです・・・あの黒いメックが私達の部隊をただ一機で壊滅させ、ゲンハムを殺したのです!」
 「成る程、あれが・・・」
 面白そうに見やった珠理少佐は我田中尉に命令を下した。
 「我田中尉、貴公の小隊を持って、あの敵部隊唯一の重量級を抑えて下さい。あのメックによって先のパエトン戦では白田少佐が指揮を取れなくなり、我が方の部隊が撤退する要因となりました。気をつけて。」
 「・・・それは腕が鳴りますな。」
 珠理少佐の命令に我田中尉は口調こそ軽く応えるものの、緊張の色が混ざる。
 「ホフ小隊はフェニックスホークと・・・あ〜多分そうだと思いますけれど、デルヴィッシュの改造機を抑えて下さい。」
 「! 珠理少佐、我々に奴を倒す機会を!」
 「・・・重量級小隊で相手どって勝てなかった相手に軽量級で挑む、ですか? それは勇気ではなく、蛮勇という奴ですね。認める訳にはいきません。」
 「く・・・」
 当時のホフ小隊はオリオン・ウォーハンマー・サンダーボルト・ハンチバックからなる有力な火力部隊であったのに対し、現在の彼らはザコS型、スティンガーとアーバンメック2機からなる軽量級部隊ときている。これでは到底太刀打ち出来ないと考えるのは真っ当な頭を持った指揮官なら自然な成り行きというものだろう。
 「成る程、それでは少佐殿があの黒い機体を抑えるという訳ですな?」
 ホフ中尉が口をかみ締める横で、我田中尉が敢えてのんびりとした様子を装って、珠理少佐に確認を取る。強敵を前にして口論している場合ではないのだ。
 「ええ、そうよ・・・それじゃ・・・いくわよ!」

 「ほう、奴ら散開するか」
 面白そうに呟いたマディック大尉に、フェンサー少尉が尋ねる。
 「で・・・どうします?」
 「どうするもこうするもない。我々に命じられた任務は奴らをこれ以上前進させない事だ。ならばこちらも部隊を分けて阻止するしかなかろう・・・アーバイン!」
 「はい?」
 「お前はあのウルバリーンの率いる部隊を抑えろ。」
 「・・・俺一人で、ですか?」
 さすがにアーバインの声に緊張が混じる。
 「そうだ。パエトンでは5機を一度に相手にし、全機 返り討ちにしたお前だろうが。」
 「・・・あの時は全て民生メックな上に新兵ばかりでしたからねえ・・・」
 アーバインの呟きを敢えて無視すると、フェンサーとクライバーンに指示を与える。
 「お前達2人はあの無法者集団だ。・・・ぬかるなよ。頭の中身と性根は腐りきっていても、腕だけはいいやつらだ。」
 「・・・それはもう十分に理解してます・・・」
 クライバーンが妙に疲れたような声で言う。当時、彼は豊作一番号にてあの小隊を相手どったのである。まあ、当時に比べれば、自分の機体は豊作一番号から本物のバトルメックとなり、奴らのメックは中重量級メック部隊から軽量級メック部隊となっている。加えてフェンサー少尉という申し分ない腕の持ち主もいる。当時より余程マシな状況と言えるだろう。
 「全員全機 無事で帰還せよ・・・戦いはまだ始まったばかりだ。こんな序盤でくたばるんじゃないぞ。」
 マディック大尉のその言葉と共に、彼らは敵の頭を抑えるべく行動を開始した。