マローダーのコクピットで、白田少佐は渋い顔をしていた。
「むう、金と銀を使い潰してしまいそうじゃな・・・だが、仕方ない。敵の竜王を潰すには、これくらいは必要じゃ。」
白田少佐は、戦況モニターに写る戦場の俯瞰概念図を見つつ、次なる命令を下した。
「九6銅、八6銅、迎え撃て! 八5、桂馬、頃合いを見て止めを刺せ! タイミングは任せる。 四4金、少し前進じゃ。一5角、二6に移動、敵の前進に備えよ!」
白田少佐の命令により、クリタの陣営はにわかに活気づいていった。
「やれやれ。まあ、こんな事になるだろうとは思ったが・・・」
中央の第3陣後方、移動司令部ビグルと連結されたブラッディイカイゼルのコクピットで、クロフォード中佐は嘆息した。新兵の突出もしり込みも当たり前である。しかも今回は、小隊指揮官達すら初めての実戦である。命令をきちんと聞けずに勝手に動き出すものは当然出ると思っていた。予想どうりといえば予想どうりなのであるが、やはり愚痴りたくもなる。
「まあ、仕方ないか。予想範囲内だしなあ。」
クロフォード中佐は、顔を引き締めると、命令を次々に下していく。
「第5陣、フォーメーションギムレットで前進。左翼に遅れるな。第3陣そのまま前進。掩体壕から敵を引き釣り出せ。2陣、4陣は今は待機。合図が有ったら全速で前進せよ。ワールドの陣だ。」
クリタ軍との闘いが、ついに本格的に始まったのだ。
連邦の第1陣と相対したのは、桂馬小隊長こと鷹殻曹長の率いる銅部隊である。地雷原を前に掩体壕にこもり、一歩も引かぬ構えだ。
「ようし、バトルメックはいないな。ありがたい。最初の目標は右端のザコ! 撃ちまくれ!」
鷹殻曹長は、なんとかニコイチ修理の間に合ったフグの操縦席で威勢のいい命令を出した。彼の配下のザコ達が、一斉にオートキャノンを撃ち出す。パエトン奇襲のときより、随分と射撃がしっかりしているように見える。かれは、満足そうにうなずいた。やはり、初の実戦と、激しい戦いを潜り抜けた兵士はまったく違う。前回の闘いは、非常に激しいものだった。普通の戦闘に換算すれば、優に数回分に匹敵するだろう。この経験の差が、如実に現れている。まだ一人前とはとても言えないひよこ同然の奴等だが、今はこれで充分だ。
「ようし、射撃が大分うまくなってきたな。自身を持てよ! お前達はあの激しい戦いを生き残ったんだ! 引き換え敵は実戦が初めての新兵ばかりだ。脅えたり焦ったりしているのが良くわかる。掩体壕を信頼して撃ちまくれ!」
激しい弾幕が連邦の民生メック達の出足を鈍らせる。遠距離ではほとんど命中しなかったが、接近するにつれて被弾率が高くなる。ついに、右端のザコが撤退を始めた。引き際が鮮やかだ。指揮官が優秀なのだろうか?
中枢に達するような損害を受けていないうちに退かせている。
少し残念だが、仕方ない。
「ようし、次だ。今度は中央のザコ!」
どんどん接近してくる連邦の民生機を、1機ずつ確実に潰していく。
「恐れるな、まだ大丈夫だ。ムドーは無視していい!」
ボム! 連邦のジミが地雷を踏んだ。通常地雷で偉力もあまり大きくないせいか、中枢に達しない程度の損害のようだが、効果は有った。足の装甲がぼろぼろになったジミは撤退を始める。その外のメックも地雷を恐れて足がさらに鈍っている。こちらの被害はまだほとんどど無い。後方のクーゲルからの支援砲撃などで多少装甲板が傷ついている機体がある程度だ。チャンスである。
「ようし、いまだ! 桂馬小隊、襲い掛かれ!」
鷹殻曹長は、カモフラージュシートを振り払い、フグBのジャンプジェットを吹かした。掩体壕の少し前に掘られた穴に隠れてチャンスを待っていたのだ!
連邦の民生機達が動揺する。突然2機のフグBと2機のザコAという戦力が現れたのだ。
「おらおらおら! 死にたくなかったら尻尾を巻いて逃げだしな!」
フグBがヒートロッドを振り回し、左手のマシンガンを乱射する。この凄まじい気迫に、1・5倍の重量を誇る連邦のムドーがひるんだ。必死に後退する。だが、追い足はフグBのほうが速いのだ。逃げ切れるものではない。
連邦のムドーは冷静さを完全に失っていた。オートキャノンやレーザーを撃ち返すだけで、メックの最大の武器である格闘を完全に忘れている。
「勝てる! 勝てるぞ! うお!?」
ズガガガガ!
勢い込んでムドーを攻めていた鷹殻曹長は、後方のクーゲルから命中弾を浴びて冷静さを取り戻した。装甲をだいぶ傷つけたムドーを逃してやると、ジミに襲いかかった。
「援護頼む!」
掩体壕からの援護をうけて、鷹殻曹長はたちまちジミの一機をぼろぼろにした。部下のフグやザコ達も、もう一機のジミを追いつめている。不用意に突出したクーゲルも1機擱坐させたようだ。
最重量のムドーを初めとして5機ものメックの装甲をズタボロにされた連邦の右翼は後退していく。
「よし、これまででいい。深追いはするな。ただし、射撃は続けろ。」
鷹殻曹長は、深追いを避けた。掩体壕から出たらせっかくの優位が崩れる。逃げられないと思って出血覚悟の反撃などされたらこちらの損害も大きすぎる。まずはこれくらいでいい。
「さて・・・ほかの部隊はどうなってるかな? うまくあしらえていればいいんだが・・・」
鷹殻曹長は心配そうにつぶやいた。
『赤と黒』 作:MT.fuji
珠理少佐の赤く塗装されたドゥームの前に立ちはだかったのは全身をフラットブラックに塗装されたバトルメックだった。未だ直接戦った事はない。だが、その名と姿、そして危険性はクリタ全軍に轟いている。
「あんたが珠理少佐か・・・俺の名はマディック。階級は大尉。相手にとって不足はない。あんたに一騎打ちを申し込む!」
一般回線でマディック大尉は珠理少佐に話し掛けた。
「へえ・・・貴方がホフ小隊をただ一機で撃破したメックウォリアーね、相手にとって不足は・・・ん? ちょっと待ってよ・・・黒いメック・・・」
「???」
珠理少佐の張りのある声が急に疑問の混じった声になり、マディック大尉も不思議そうに顔をしかめる。
「・・・その黒いバトルメック・・・そうか! 貴方ですね。変態のコスプレ男というのは!(びしっ)」
「それを言うなああああああああああ!!!!!」
いきなりドゥームに指差されて、思わず叫ぶマディック大尉。歴戦且つ凄腕の勇士同士という雰囲気がいきなり崩れてしまった。
その頃・・・
「・・・ふん、あの時の変態か。」
珠理少佐の声を耳にして、我田中尉は苦々しげに呟いた。そこへちょうど名乗りを上げる為に一般回線を繋いでいたアーバインが苦笑を浮かべて通信を送ってくる。
「・・・なあ、我田中尉。」
「何じゃ?」
苦々しげな表情で言う我田中尉にアーバインはごく軽く尋ねる。
「なあ、結婚式の時、妻となる人の前でみすぼらしい姿を晒さない為に衣装合わせでタキシードを着る、という行為をどう思う?」
「・・・別に変な事ではなかろう? 結婚を行うならば形式により衣装こそ違えど、事前に周到な準備を行うのは当然の事。」
何を聞くのだ、と言わんばかりの我田中尉の返答に、続けてアーバインは尋ねる。
「では、自分のまだ幼い息子が従卒として随行している部隊が敵の大部隊に包囲された、と聞いた時、着の身着のままで飛び出す事をどう思う?」
「別に父としてはごく自然な行為じゃろう?そのような状況でのんべんだらりとしている父親がおったら、殴り飛ばしておるわい。」
何を当り前の事を、と言わんばかりの我田中尉に、アーバインは気付かぬ素振りでな尚も続けて問う。
「では自らが屠った敵への敬意の1つとして、機体に喪服としての黒い着色を施す事は変な事かな?」
「かまわんじゃろう。少なくとも敵をいたぶるしか能のない輩より余程マシじゃ。」
ここで我田中尉はちらり、とホフ中尉の機体を見る。
「成る程、成る程。では最後に1つ。今までの3つを全部足して、最後にくだんのドラマに憧れるうら若い女性達を加えたら・・・どうなる?」
「なんじゃそれは? よくわからん話じゃのう?」
アーバインの問いに不思議そうな顔をした我田中尉は、それでもしばし考える。
「いやだから。コスプレでも何でもなくて、着のみ着のまま飛び出しただけなんだよ。彼女たちの従卒が、隊長の息子なんだ。」
アーバインのより具体的な説明に、何やら気付いた複雑な顔をした我田中尉は、アーバインに向けて呟いた。
「・・・もしや? ただの偶然か?」
「そのとおり〜」
にこにこと笑うアーバインの映像を前に、我田中尉とその部下達は一斉に奇妙な疲れの篭った溜息と共に、しばし前まで侮蔑していた黒い機体をある種の哀れみを持って見やった。
我田小隊とアーバイン少尉の会話は一般回線だったから、珠理少佐とマディック大尉にも聞こえていた。
「あ、あら・・・そうだったの・・・ごめんなさいね。」
「いや・・・もう、いい・・・」
さすがに変態呼ばわりした直後の為、困ったような口調で謝る珠理少佐にマディック大尉は哀愁の篭った口調で応えた。
なんとなく気まずい雰囲気の中、気合を入れ直すように珠理少佐が呼びかける。
「さ、さあ!それはともかく!!始めましょう!」
「・・・ああ、そうだな。やってやろうじゃないか!」
・・・マディック大尉の声にはそれでも拭いきれぬ哀愁が漂っていた、とその声を聞いた、戦いを生き残った者達は口を揃えて言う・・・。
さて、今度はアーバイン少尉と我田小隊に視点を戻してみよう。
既に先程までの、何やら共感漂う雰囲気は跡形も残ってはいない。
「ほう? わし等3人を一人で相手どるか・・・それが蛮勇かそれとも真っ当な判断の上に成り立つものか・・・見せてもらおうか。」
「そう言って頂けると光栄ですね。」
我田中尉の声にもアーバインはあくまで余裕の声だ。もっともそれが作られたものである可能性もあるが・・・。
「ウォーハンマーの改造機・・・肩に描かれた交差する2本の剣と獅子の横顔・・・確かに間違いありません。」
雷太軍曹が映像に写るガイエスハーケンを確認して中尉に呼びかける。こうした事には偵察機としての性質を持つフェニックスホークがこの場にいるメックの中では一番向いている。 一見すると70トンVS140トンと倍の重量に加え、今回は血気にはやる新兵相手ではなく歴戦の勇士が相手とアーバインの不利は明らかであるように思われる。だが、少し視点を変えてみよう。
武装は遠距離火力で見た時、PPC+LLに対しAC5+LLと実はアーバインのガイエスハーケン一機の方が敵火力を上回っているのだ。それは中距離においても同じで、こちらはやや我田中尉側が有利かもしれないが、決して大差があるという訳ではない。実際の所、アーバインは決してマディック大尉から無理な命令を受けたとは考えていなかった。そして、おそらくはマディック大尉も無茶な要求をしているとは考えてはいなかっただろう。
アーバイン少尉と我田小隊の戦闘はのっけから派手なものとなった。
双方が射程に入って、一拍置いた後、アーバインからは荷電粒子ビーム砲と大口径レーザーがその左右の腕から、開けた場所での相手からの命中率を少しでも下げる為にジャンプを繰り返す我田小隊からは120ミリ速射砲(AC5)と大口径レーザーがそれぞれ放たれた。生憎ながらもう一機の高機動型フグに装備された武器は5門の小口径レーザーのみであり、未だ射程には程遠い。だが、真っ先に狙われたのも、その機体であった。
ガイエスハーケンより放たれた粒子ビーム砲と大口径レーザー砲。その両方が吸い込まれるように機動防御を行う高機動フグに命中し、そして、そのどちらもが胴体に命中した。さらに距離を詰め、射程ぎりぎりに入った中距離武装全てと大口径レーザーが次々と高機動フグに叩き込まれる。外れも多かったが、それでもその火力は圧倒的だった。ジャンプ中の高機動フグがもんどりうって、倒れこむ。
「大丈夫か!松島曹長!!」
我田中尉の声に曹長は軽く頭を振りながら、「は、はい、なんとか」と答える。
「そうか・・・まだ戦えそうか?」
その問いに高機動型フグのセンサーを確認しようとするが、操縦席は真っ赤な光が乱舞し、機体はふらふらとバランスが取れない。おまけに機体のバランスを取ろうと少しよろめき歩いただけで一気に機体の熱はレッドゾーンに突入する。
「駄目です! どうやら・・・エンジンとジャイロに一発ずつ食らったみたいです!」
「・・・正確な射撃じゃな。どうもわし等よりあやつの方が腕は上か・・・」
松島曹長の声に苦虫を噛み潰した顔で我田中尉は呟いた。
彼らの放った120ミリ速射砲弾と大口径レーザーは少しずつガイエスハーケンを傷つけていた。さらに接近しての射撃は、もう少し当たっていた。しかし、自らの移動が生む振動、敵の機動、そして何より距離。こうした要因が組み合わさった命中率は極めて低いと言わざるをえず、我田中尉も当たれば儲けもの、くらいの牽制程度の距離でここまで強力な反撃が有るとは思ってもいなかったのだ。
敵の方が明らかに腕が上となると耕地であったが故に射界を遮るもののない、この場所では彼らの方が不利だった。
「松島曹長! 至急撤退せよ」
我田中尉の命令に素直に松島曹長は「了解」と答え、ゆっくりと下がってゆく。例え、ジャイロとエンジンに食らってなかったとしても、そうしたメックで操縦席の次に大事な部品を納める胴中央部の正面装甲がゼロで機体中枢が剥き出しとなった機体なぞ前線に置いておける訳がない。次に一撃を喰らった瞬間にそうした部品ごと胴中央のマイアマーや部品が断列させられ、全てが機能停止してしまっているであろう事は分かりきった状態なのだ。
これで双方の重量はこちらもバトルメックのみになったとはいえ、70トン対100トン。腕次第では十分対抗出来そうな数値となってきた。そして、アーバインの方が腕は上なのだ。
「なんとか、頑張ってみるか・・・珠理少佐からの撤退命令が出るまではのう・・・」
今度は己のウルバリーンに砲火を向けてきたウォーハンマーの改造機を鋭い目で我田中尉は睨み付けた。彼も雷太軍曹もあくまで軍人であった。そして同時に完全に部隊が壊滅する状況となる前に珠理少佐なら真っ当な判断をしてくれるであろうという信頼もあった。そう、彼らに与えられ任務は敵を撃墜することではなく、押さえることなのだから。遅延戦闘なら、充分に勝機はある!
「・・・どうやら先制パンチは命中、か・・・次は敵隊長機だな」
まず一番脆い民生改造機を撤退させ、とにかく数を減らす。これで背後に回り込まれる危険性を減らせる。そして万が一の一撃必殺の力を持ち隊長機でもあるウルバリーンを撃破すれば・・・。
「面白くなりそうじゃないか」
微かな笑みと共にアーバインは呟いた。
マディック大尉と珠里少佐のうち、先手を取ったのはどちらかは分からない。射程に入るなり互いに敵メックに向け一撃を放ったからだ。互いのメックに装備された遠距離火力は荷電粒子ビーム砲が双方とも各1門。射程も威力も変わる訳がない。そして、双方の腕も。
なんと、彼らは互いのメックに正確なる一撃を叩き込んだのである。自らも高速で移動しながら、遠距離で高速移動を行う敵機に、である。森や林といった視界を遮る障害物がないとはいえ、新兵に出来る事ではない。いや、熟練の古参兵でもかなり困難な事だろう。武器そのものが放つ一撃一撃は新兵のそれと変わらないが、達人同士の戦いは無駄な動き、外れ弾が新兵のそれに比べ極端に少ない。つまりは敵機へ与える損傷度が格段に高く、新兵や一般兵が命中弾を与える前に相手の撃破すら可能となるのだ。加えて、マディック大尉と珠理少佐の2人はいずれもエリートと呼ばれる熟練者ですら遠く及ばぬ凄腕同士。さすがにこの条件で2人とも相手に命中弾を与える可能性は低かったとはいえ、決して驚くような事ではないのだ。いや、驚く事ではない、というその事実こそが驚くべき事かもしれない。
「厄介、ね・・・」
「厄介、だな・・・」
奇しくも双方の操縦席でマディック大尉と珠理少佐は同じ言葉を呟いていた。互いのメックの性能はほぼ互角、そして互いの腕もほぼ互角という事が今の戦いで分かってしまっていた。少なくとも、互いに自分が味方の援護に回るのを許すような相手ではない、という事を。そして、互いの機体の命運を決めるのが、彼らにとっては甚だ納得がいかない事ではあるが、幸運の女神である事を。
自らの機体に女神が微笑む事を願って、彼らは互いに相手への攻撃を続行した、せざるをえなかった。戦いは一進一退の様相を呈しだしていた。