『ワールドの陣』  作:ミッキー   戻る トップへ

 

 錐の陣形で第5陣(右翼)が、クリタ軍めがけて本格的な進攻を開始する。錐の先端となっているのはブラッドハウンドの第4小隊だ。

 第3陣(中央)は方陣形で侵攻する。前面に立つのはブラッドハウンドの指揮小隊の3機だ。
 先走った第1陣(左翼)はすでに混戦状態となり、カナヤ小隊を含む第4陣(右の陣)と、ブラッドハウンドの本部護衛小隊を含む第2陣(左の陣)、ビグルとカイザーブルクを中心戦力とした本部は、隙をうかがいながら待機している。

 ワールドの陣が完成し、フィールドのそこかしこで戦闘が繰り広げられる。

 だが、双方とも慎重な闘いをしている。もう30分もせずに第1の戦闘時間が終わり、休戦時間が始まるからだ。本番は、休戦時間が終わってから。先が長い事がわかっている。この闘いは、次なる闘いのための布石なのだ。
 その布石がうまくいくかどうかで次なる戦いの帰趨も多大な影響を受けるから、けしておろそかにはできないのだが。

 こういった段階を踏んで、ルールに則っての戦闘手順は、アレス条約が定められることによって決まっていった。

 ・・・破壊と闘いの技術のみを突出させて進歩させてきた人類は、全力で戦ったら星を道ずれに破滅するところにまで来てしまった。力の全てを使わずにセーブすることを覚えなければ滅びを迎えるというどうしようもないところにまで来てしまっているのだ。

 破壊が目的ではなく、獲得することが目的である事を忘れてはならない。それを体言したのがアレス条約なのだ。
 アレス条約を守ることは自らの利益を守るためなのだ。だから、まともな判断力を持つものはアレス条約を守ろうとする。
 アレス条約によって、戦闘は壊滅的で破滅的で救いようのない悲惨なものから、スポーツライクな競技に近くなったのだ。
 都市や工場、民間人への無差別攻撃は極力控えられ、将兵だけが血を流すようになった。
 休戦時間には、双方攻撃を止めて負傷者の手当てや弾薬補給、簡単な修理などを行う。

 それどころか、下級の兵士間レベルであれば、敵同士の交流もある。
 例えば、ちょっとした物々交換。酒や煙草、消耗品や医療品等が交換される。
 例えば、負傷者の救助の援助。双方の歩兵部隊がぶつかり合った場所などでは、双方の部隊の生き残りが協力して負傷者を後方に運ぶ事もままある。

 その休戦時間が近い。全力を出しても目立った戦局の変化を次の戦闘時間に持ち越せないのだ。

 だから、第3陣はクリタ軍の民生メックを撃墜するよりは、地雷の撤去を優先した。
 「厄介だな・・・相手に高機動メックが何機もいる。しかも、掩体壕にこもっててぐすね引いて待っていやがる。下手に近づくとズタボロにされそうだ・・・」
 サンダーボルトのコクピットで、メイスン中佐はつぶやいた。遼機はラリー・トバイアス曹長のライフルマン改と、クラウディア・バートン中尉のシルバーホークだ。本来なら小隊長であるクロフォード中佐のブラッディカイゼルが加わっているはずだが、指揮のために後方にとどまっている。3機で、惑星軍の弾除けになりながらある程度の戦果を上げなければならない。
 惑星軍のジミやクーゲルはまずもって頼りにならないからだ。
 シムに乗ったオウギュスト大尉なら、何とか使えるかもしれないが、あまり期待はしないほうがいいだろう。
 ジミ部隊の直前を、粛々として進む。後方のジミからのビームが、地雷原を破壊していく。通常地雷のようなローテク地雷は、こういった攻撃に弱い。ビームの直撃によって発生する多量の水蒸気による爆発で、地面が掘り返される。熱反応式や衝撃式の低レベル爆薬が誘爆する。感圧式や接触式の地雷は斜めになったりコードが切れたりして作動不良になる。止めとばかりに、粒子砲が放たれる。電気起爆方式の地雷が、フレミングの法則によって回路に電流を流され、誤動作を起こして爆発する。
 掩体壕にこもるクリタのメック達からの射撃、地雷除去のためのビーム、地雷の爆発。戦場は熱風によって舞い上がる土煙が運ばれ、たちまち視界が悪くなっていった。無数のビームが飛び交い、メックからの放熱で気温もどんどん上昇していく。

 「ようし、なんとかここまではうまくこれたな・・・」
 メイスン少佐は、あっけないほど簡単に前進できたことで拍子抜けしていた。クリタ軍は、バトルメックを出してこちらの前進を阻害しようとしない。わずかに装甲を傷つけられただけでここまで来てしまった。もっと早く、バトルメックを前に出してくると思っていたのだが。やはり、ヴァレリウス小隊がクリタのバトルメック2個小隊を押さえているのが大きいのだろうか。
 そう安心していたところに、民生メックから被害届が来た。
 「すいません、部下が地雷にやられました!」
 「なに?」
 「完全に除去できない地雷が有ったようです。大丈夫です、被害は軽微で、装甲板の損傷だけですから、まだいけます。」
 年若い小隊長の楽観的な報告に、メイスン少佐は眉を顰めた。戦況モニターに件のメックの状態表示を呼び出す。
 「確かに、普通なら軽微だな。だが、今はまだ余裕が有る。後方に下がらせて修理させろ。後々に響かないようにしてやらんとな。」
 「了解。」
 地雷原を突破して掩体壕に肉薄するまで後一息である。

 白田少佐は、この様子をマローダーのコクピットで充分把握していた。
 「頃合いじゃの。さすがにこれ以上の前進は困るからのう・・・五6銀、出番じゃ。」
 ケルクック小隊が掩体壕から躍り出た。地雷マップを頼りに、機動防御をしつつメイスン少佐配下の第3陣を牽制する。距離が詰まったため、大口径レーザーが次々に命中する。ブラッドハウンドのバトルテックでなく、その後方の民生機達に!

 「くそ! そういう手に出たか!」
 掩体壕からの援護射撃、地雷原でろくに動けないこと。ジミやシムの射程が短いため、反撃できないこと。それらがあいまって、ジミが次々に大ダメージを受けていく。15秒毎に1機の割合で、装甲強度が半減するジミが出る。いかにクリタより数が多いとはいえ、惑星軍の士気は大幅に下がった。集中砲火を受けたジミはすぐに後方に下がらせ、ケルクック小隊との間に壁を作っているのでまだ深刻なダメージを受けてはいないが、放置はできない。
 メイスン少佐は、前進を諦めてケルクック小隊の牽制を優先しなければならなくなった。
 「あいかわらず腕がいいな。それが、これだけ強い機体に乗っているとは、厄介極まりない!」
 メイスン少佐は、サンダーボルトの右腕の大口径レーザーと左胴の3連中口径レーザーを同時発射しながら毒づいた。
 ケルクックの戦闘力は、脚の駆動装置に支障をきたしたフェニックスホークとほぼ同等である。ブラッドハウンドとて完全な修理の施された機体ばかりではない以上、侮ることはできない。それが、完動状態でエリート級のメックウォリアーが乗っているのだ。位置どりとフォーメーションはは絶妙、射撃は正確である。
 「なに!?」
 キュドドドド!
 メイスン少佐のサンダーボルトが集中砲火を浴びた。掩体壕にまで手が回らない。掩体壕から、フリーで射撃の対象にされた上に、ケルクックからも集中砲火をうけたのだ。あまりの衝撃にサンダーボルトがよろける。かろうじて踏みとどまったが、危うく転倒するところだった。
 「まずいな。こうまで押されているとなると・・・仕方ない、ここは引くか? このままではジリ貧だ。」
 メイスン少佐は、クロフォード中佐に通信を入れた。
 「すいません、このままでは埒があかないんですが・・・どうします? 一旦引きますか?」
 「もう少し粘れ。すでに第2陣と4陣を動かした。」
 「了解! となると、少し派手にいきますよ?」
 「かまわん。」
 メイスン少佐は、指揮下のメック達に命令を下した。
 「オウギュスト大尉! すまないがしばらくケルクックの牽制を頼む! 民生機同士だ、しばらくでいいから何とかしてくれ!」
 「・・・・! 了解、何とかしましょう。ただし、そう長くは持たないかもしれませんよ?」
 「充分だ。ようし、ラリー、モーラ、突っ込むぞ!」
  メイスン少佐は、遼機を従えて掩体壕陣地に向かって突っ込んだ。掩体壕からの射撃を歯牙にもかけずに走る。ケルクックが通った跡を巧みに利用し、地雷を避ける。運良く、地雷にひっかからずに掩体壕に踏み込んだ。この掩体壕、横や後ろに回られるとその用を成さない。となれば、民生機だけでは話になるはずがない。
 クリタのザコ達が、次々に後退していく。
 ジミもケルクックにやられ、次々に後退していく。
 中央の戦況は、一変しつつあった。 

 

 

 ホフ小隊との戦闘はフェンサー少尉とクライバーン少尉に有利に進んでいた。
 いかに遠距離であろうとも、相手の機動性が皆無に等しく、視界を遮る森や山もない地形ときては、あとの問題は自らの機動による振動と距離だけだ。フェンサー程の腕があればたいした問題ではない。実際、2回に1回以上のペースでアーバンメックには命中弾が降り注いでいた。まあ、それも振動の激しい走行機動を行う必要がないからなのだが。
アーバンメックの速度は例え武器攻撃を放棄し、疾走移動を行ってもたかだか50km/hにも満たない。これに対し、ナースホルンは後退時には歩行移動しか使えないとはいえ、その歩行速度でも50km/hを超えるのだ。勝負になる訳がない。アーバンメックの唯一の希望は弾切れなのだが・・・生憎ナースホルンは実に1基辺り24射分という大量の弾薬を搭載している。おそらく途切れる前にアーバンメックがスクラップになる方が早いだろう。
 一方のフェニックスホークとザコS型&スティンガーとの戦いは・・・実はまだ起こっていなかった。
 理由は単純でホフ中尉が自分達だけ前進すれば、2機の中量級メックに叩き潰されると懸念した為である。その考えは間違っていなかったが、結果として両者は大口径レーザーを撃ち合うだけで、届く武器のないスティンガーは完全に死に駒と化していた。これがマディック大尉やアーバイン少尉ならばこの距離と状態でもガンガン当てていくのだろうが・・・生憎、クライバーンは操縦の腕こそ大したものだが、射撃の腕は一般兵のそれと大差ない。一方、ホフ中尉にしてみれば、仮にも相手は嘗て自分達の重量級バトルメック4機を相手どってなお勝利した凄腕率いる部隊所属の機体である。当然このフェニックスホークのパイロットも警戒すべき凄腕だと思っていた。我田中尉の小隊がたった一機に押されている現状もまたその思考に拍車をかけていた。
 少なくとも、頭の冷えた今考えてみれば、当初の自分達の希望通りマディック大尉を相手にしていれば、当の昔に壊滅していただろう事は容易に想像がつく。それだけに向こう(クライバーン)が牽制に留めているのを勿怪の幸いとして、ひたすら自分の損害を抑える時間稼ぎに終始していたのだ。
 どのみち、この状況では珠理少佐もそう遠くない内に撤退命令を出すだろう。
 全くの一進一退を繰り返す珠理少佐とマディック大尉の戦闘、ガイエスハーケン一機の為に既にかなりの損傷を受け、段々支えきれなくなりつつある我田小隊、そしてナースホルンの長距離ミサイルの雨で各坐寸前のアーバンメック2機。その状況を戦場から敢えて・・・仲間を生贄として距離を置く事で・・・冷静に見て、ホフ中尉は珠理少佐がそう判断するだろう、いや、判断せざるをえないだろうと考えていたのだ。

 そして、珠理少佐も事実、そう考えていた。
 『そろそろ・・・潮時かな』
 既にドゥームはあちらこちらの装甲が剥落し、一部では中枢にまで損害が及びつつある。が、それはマディック大尉のブラックハウンドとて同じ事。これ以上は運が良い方が勝つ、もしくは運の悪い方が負ける。そんな段階に来ていた。
ちらり、と戦場を見てみれば、遂に我田中尉のウルバリーンも限界に達し、後退を開始せざるをえない状況になっていた。雷太軍曹のフェニックスホーク一機では到底ガイエスハーケンは倒せない。
 そのガイエスハーケンはというと、さすがに無傷とはいかないが、その重装甲は未だ健在。武装は全てが未だ稼動中。
 ホフ中尉の方に視線を向けてみれば、牽制攻撃を繰り返すフェニックスホークの為にザコS型とスティンガーはなかなかナースホルンに近寄れず、その間にアーバンメックは一機が足をやられ、もう一機もLRMの雨の中立ちすくんでいるように見える。これ以上は無理だ。例え、自分がマディック大尉のブラックハウンドを落とせても、その後自分達が全滅させられる。そう判断した珠理少佐は撤退命令を出した。
 『皆、引くわよ!!』

「やれやれ、引いてくれたか」
 マディック大尉はほっと一息をついた。珠理少佐、噂に違わぬ超凄腕。自分と真っ向から互角にやり合える相手とは久しく御目にかかった事がなかった。それだけマディック大尉が凄まじいまでの腕の持ち主という事なのだが、不完全燃焼というのか、胸の内で轟々と炎が暴れ狂っていた。それがようやく解放された、そんな感覚をマディック大尉は感じていた。
 「まだ、くたばるなよ・・・お前は俺を熱くさせてくれる獲物なんだからな・・・」
 マディック大尉は撤退するドラコ軍の赤い重量級メックを心底嬉しそうな笑みを浮かべつつ見ていた。