『高機動民生機物語』    作:ミッキー    戻る トップへ

 魔界盆地周辺の密林地帯でクリタ軍とダヴィオン軍とが一進一退のゲリラ戦を展開していたころ・・・クリタ軍は、手に入れたケパロス基地において、突貫作業で民生メックのレストアを行っていた。
 ケパロスの地下倉庫から発見された民生メックを2個イチ3個イチして修理する。あるいは、前線ではとても修理できない損傷を受けたメックを受け取り、本格的な修理を施す。
 主に作業に当たるのは専任のテックであるが、比較的簡単な修理・・・装甲板の交換など・・・については、メックを失ったり大きな損傷を受けているメックウォリアー自身が行う。士官学校では基本的なメックの整備や修理の方法を教えてくれるので、テックとしての能力もあるからである。

 この時代、優秀なテックは非常に貴重な存在である。余りにも長期間打ち続いた戦乱のために、優秀な技術者は前線に引き抜かれて死の危険に瀕し、後方の工業力はテックの不足によって慢性的に機能低下を起こし、技術を科学的・体系的に効率よく教える体制は崩壊し、後進の指導に割く余裕がない。
 今現在、大抵のテックはバトルメックの構造を理解できず、手探りで修理を行っているのに近い状態だ。家に伝わる秘伝と不確かな噂をたよりに、勘と長年の経験を使って修理するというありさまなのである。メックはこういった高度技術製品にしては極めて単純で、各部がユニット化された構造をしている。そのためようやっと何とかなっているという状態である。

 簡単な修理にまで、腕のいいテックをまわす余裕はない。それに、今現在、メックの数が足りず、メックウォリアーは余っているという状態でも有る。余剰人員を人材の不足している部署へ。実に的確な処置といえた。現在、ケパロス基地は、前線で失われた民生メックの代替として、毎日のようにレストアを終えたメックを送り出していた。

 そのケパロス基地の司令室にて、少佐相当の指揮権を与えられた我田大尉がうなっていた。
 「う〜〜ん・・・」
 我田大尉が見つめているのは、端末画面。唸る原因を作っているデータチップを持ち込んで我田大尉に直訴に来たのは、ケパロス基地で回収された昔の記録を整理分析する事を命じられた情報分析官である。
 「むう・・・」
 我田大尉は、再びうなった。画面の情報はもちろん読める。暗号化されているわけではないし、標準語だからだ。
 「わからん・・・」
 しかし、意味はどうにも掴めなかった。あまりにも修飾語が多く、持って回った表現ばかりだからである。
 「おい・・・お主もこれに目を通したのかの?」
 「は。ようやっと見つけた磁気障害を受けていない、完全な記録です。機密ランクも最高ですし・・・読んでみたのであります。ただ・・・」
 情報分析官の目の下には、くっきりと隅がある。この様子を見ると、昨夜は徹夜だったのだろう。このままでは時間がかかり過ぎると悩んでもいるようだ。何とかしなければと泣き付きに来た心情がよくわかる。我田大尉は、いたわるような声で問い返した。
 「ただ?」
 「どうも、貴族の言い回しと言うのが良くわからないのであります。それで、我田大尉にご助力をお願いしたのであります。」

 ケパロス基地のとある部屋から発見されたこのデータチップは、かなり貴重なものだと言えた。
 機密レベルの低いデータなら、石に焼き付けられるため無事なものも多い。しかし、機密レベルの高いデータは、いざと言うとき簡単に消去できるように、厳重なプロテクトをかけてコンピュータの奥に仕舞い込まれるか、磁気チップに記録されるかのどちらかだ。
 磁気障害で破損しているファイルばかりで用を成さない磁気チップばかりの中、ようやっとSランク機密書類のなかから無傷のチップが発見されたのだ。
 しかも、内容は民生メックに関するデータが多数を占めている・・・らしい。らしいというのは、もちろん分析中であるからである。

 「う〜〜む、しかし、わしもよくわからんぞ。この10ページばかりつかって書いてある序文の大まかな意味なんぞは・・・高機動民生メックを発注した、という事らしいのはわかるんじゃがの・・・とりあえず、意味の分かる部分だけでも抜き出して使ったらどうじゃ?」
 「はあ、それが、索引がこれまたわかりにくくて・・・」
 「むう・・・まあ、できるだけやってみてくれんかの。詳しい解析は後でもいいじゃろうから。ほれ、一筆書いてやるわい。内容分析の困難さをみとむるに、優秀な情報分析官をこの任務だけに縛り付けることは有用ではないと考えられ・・・・・・・・どうじゃ、これでいいじゃろう。全てを完璧にこなすなどどだい不可能じゃ。本当に今必要なことを見極めて、状況に対応したほうがいい場合も有る。頼むぞ?」
 「はっ! ありがとうございます!!」
 情報分析官は、敬礼すると嬉しそうに出ていった。我田大尉は、中断していた仕事を再開した。溜まっている書類を片づけるには、我田大尉も徹夜をする必要が有りそうだったのであるが・・・それはさて置き、くだんのデータチップの内容をわかりやすく意訳すると、このようなものになっていたのである。

 

その1
『強行偵察型ザコ』  作:ミッキー

 第1次継承権戦争初期。カウツ星系は、クリタ軍により攻撃を受けていた。しかも、保有していた航宙艦はすべて破壊されてしまったため、独自の力で侵略に対抗しなければならなかったのである。幸いにして、カウツVは水が豊か(酸性の海が4割とはいえ、植林などにより真水を得ることは比較的た易いという恵まれた環境)であり、食料には事欠かない。小惑星帯の希少金属鉱山を始めとして資源にも恵まれており、重工業も発展している。辺境にしてはかなり豊かな星系だ。
 クリタの侵略が断続的である事もあって、星系外からの補給がろくに無い状況でも何とか持ちこたえていた。その最大の理由が、ユーティリティメック(民間技術によって生産された作業用メック)の生産ラインを改造して作り出している民生メックなのである。

 しかし、軍上層部は不満だった。民生メックの機動性が今一つ低かったからである。これでは、偵察にメックが使えない。鹵獲したスティンガーやワスプだけでは限界がある。
 もう少し、高速の民生メックができないか、と、ある軍高官が発議した。それをうけ、ジオテック、オリンポス重工、アースワークスカウツ支社の3社に、より高速の民生メック試作が命じられたのである。量産の注文を得るには、軍の高官の前で評価試験を行い、合格すれば良い。一社だけに注文するなどと限定はしない。また、開発費も半分払うという太っ腹な命令だ。
 しかし、緊急に高速高機動の民生メックが欲しいと言う要求は、非常に短い開発期間を各社に要求していた。試作機の開発に必要な妥当な時間の半分もなかったのである。

 結局、期限に間に合ったのはジオテックただ一社。それも、量産されているザコのシャシーを改造したものでしかない。

 「むう・・・情けないですなあ・・・」
 「試作機を持ち込む事すらできずに2社ともリタイヤとは・・・」
 「期間の延長を願う請願書が出ています。」
 「しょうがないなあ、もう少し伸ばしますか?」

 評価試験の会場で、軍の高官達は勝手なことを話し合っていた。それを、ジオテックの技術者達は苦々しい目で見ていた。
 こんなわずかな期間で、エンジンやジャイロの換装、それに伴う胴体疑似ボーンの形状変更、脚部への負担増を緩和するためのサスペンションの強化、構造試験などをやれと言うなど無茶もいいところなのである。短期間で使い潰すことを覚悟した『改造』ならともかく、量産するとなれば根本から設計するのと大差ない苦労が必要だと言うことをわかっているのだであろうか?
 いいや、わかっていないからこそあいもかわらず傍若無人なことを言っているのであろう。

 「で、あれが偵察型ザコですか。」
 「普通のザコより、スマートな気がしますな。」
 「いかにも偵察型という面立ちですな。」
 「頭部センサーも、360度をカバーできるようになっているようですし。」
 「しかし、見にくいスペック表ですな・・・なにもこんなに分厚くしなくてもいいでしょうに・・・」

 強行偵察型ザコのスペック表は、随分と厚かった。しかも、その内容は非常に技術的に難しい記述がずらずらと並べられていた。軍高官達は、その内容に顔を顰め、例外なく途中で読むのを辞めた。 
 「おいきみ、試験を始めてくれ。」

 高官のお声がかかり、強行偵察型ザコの評価試験が始まった。

 ザコが、軽やかに歩く。確かに早い。通常のザコBの倍ほどのスピードではないだろうか?
 さらに、ザコは走行にと移った。高機動偵察メックであるスティンガーやワスプに負けていない素晴らしいスピードだ。

 「むう、素晴らしいですな!」
 「確かに・・・」
 「充分、要求を満たしています。」
 「問題は、ジャンプですな。森や山岳地帯で遅いのでは話になりません。」
 「平地でならスキマーでも使えばいいだけですからな。」
 「確かに。」
 「それは、すぐに分かるでしょう。」
 「うむ、もうすぐ障害物のラインですからな。」

 ザコが、高温の空気をジャンプジェットから吐き出し、空高く舞い上がった。高さ10mの垂直のフェロクリートボードを次々に飛び越え、着地する。ジャンプ能力も、スティンガーやワスプに劣らない。

 「素晴らしいですな! これほどの性能とは!」
 「うむ。」
 「あとは、戦闘能力ですな。」
 「確かに!」 
 「ああ、ほら、的に向けて構えましたよ!」

 レーザーポインター感知式の標的から、命中の知らせが次々と来る。それを見て、高官達は皆満足そうにうなずいた。

 「ふうむ、しかし、ペイント弾ではないという事は、偵察用ザコはレーザーを武装にしているのですかな?」
 「ふむ、そういえば。君、偵察型ザコの武装と装甲厚はどうなっているんだね?」
 「うむ。このスペック表では良くわからん。」
 「はあ、あの・・・」
 高官達の質問に、解説のために控えていた技術者達は歯切れの悪い答えを返した。
 「どうしたんだね?」
 「早く答えてくれたまえ。」
 「は・・・あの・・・その・・・装甲厚は、胴部5AM、背面1AM、側胴3AM、背面1AM、頭部4AM、椀部2AM、脚部5AMとなっております。」
 技術者は、装甲厚を答えた。武装については説明しなかった。
 「むう・・・薄いですなあ・・・」
 「確かに薄すぎます。」
 「しかし、まあ、仕方ないでしょうなあ・・・」
 「うむ、偵察用と言う事で、我慢するしかないでしょう。」
 装甲のことで高官達の話題は占められた。技術者は、ほっと息をついた。しかし、その直後に、また武装のことが蒸し返された。
 「それで、武装はどうなっているのかね?」
 「は、それがそのう・・・」
 「まあ、多少貧弱になってもかまわんよ。それくらいは覚悟しておる。」
 「それが・・・」
 「ん?」
 促され、技術者は重い口を開いた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・武装は、ありません。」
 「なにい!?」「どういう事だ!?」「ないだとお!」「冗談だろう!」
 高官達は、口々に問いただした。当然だろう。武装がないなど、とても戦闘用メックと言えない。あまりにあまりな答えである。その一方で、技術者も腹を括ったらしい。断固とした口調で答えた。
 「武装は、ありません。」
 当然の事ながら、高官達はジオテックの技術者に口々に罵詈雑言を叩き付けた。
 「ばかも〜〜〜ん! 武装も無しにバトルメックと言えるか〜〜〜!」
 「これではただの作業用メックではないか! いや、作業のための装備すらついていないのだから作業用メックにもされ劣るわい!」
 「装甲が薄い上に武装も無くてどうしろというんだね! 脳みそに蛆でもわいているんじゃないのか!」
 それに対して、技術者は、敢然と反論を開始した。
 「しょうがないでしょう! 民生メックをこれだけ高機動にしたんですから!」
 「エンジンやジャンプジェットに重量割かれて武装にまわす余裕なんてあるはずないでしょう!」
 「大体こんな短期間で開発をしろって事自体が無理なんです!」
 至極尤もな反論である。クソ重い疑似ボーンとエンジンで軽量級バトルメック並みの高機動を実現しろ等、無茶としか言いようがない。しかも、期間はとてつもなく短かったのである。しかし、そんな正論が通用する軍高官達ではなかった。かれらは、力ずくで無理を通したり、力ずくで無茶を言う奴等に対抗するために存在している人種なのである。評価試験会場は、喧喧がくがくの大騒ぎになった。
 「ええい、きさまらは何を考えとるか! こんな役たたずを造りおって!」
 「しかも開発費が2087万だと!? 一体何機ザコを買えると思っている!!」
 「こんな無茶な事をさせたのはそっちです!」
 「ええいだまれだまれ! なにが辺境一の作業用メック会社だ! 恥を知れ!!」 
 「こんな高機動の機体の開発なんて、我が社にはノウハウも実績もありません!」
 「だいたい、バトルメック並みの高機動にしたりすれば、エンジンやジャンプジェットに重量を取られて装備に回せる重量なんて残るはずがありません!」
 「そこを何とかするのが技術者だろうが! この能無し!」
 「他の二社は試験機の持ち込みすらできないところをうちは間に合わせたんですよ! 充分有能です!」
 「どこがじゃ〜〜〜!」
 「全部です!」
 「ええい、うるさいうるさい、貴様らは能無しじゃ!!」
ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい!

 高官達と技術者の舌戦は、当分の間終わりそうになかった。
 かくして、強行偵察型ザコは、開発までに使い潰された部品の中でも状態の良いものをかき集め、数機が偵察任務に従事したらしい。が、ろくな活躍はできず、すぐにローストマン基地の奥深くにモスボール処理をされて封印された。
 その一方で、当該メックのあらゆるデータは残る2社に開示することを命じられた。使えないメックを開発した罰と言うことになってはいたが、もともとが無理な要求だったのに、と、ジオテック社は不平たらたらだったようである。

 高機動民生メックの明日はどっちだ!?