出撃準備が一段落ついた頃、格納庫の一角でエカテリーナ曹長とクラーク伍長が話し合っていた。
「・・・まあ、思い過ごしかもしれませんけど・・・何か嫌な予感がするんですよ・・・」
「嫌な予感?」
「ええ・・・まあなんとなくそんな気がするだけなんですが・・・」
「思い過ごし・・・だといいですね。」
「・・・そうですね・・・・・・・と、ところでエカテリーナ曹長?」
「はい?」
エカテリーナ曹長が顔を上げてクラーク伍長の顔を見てみると、なぜか赤くなっていた。
「そ、その・・・この作戦が終了したら一緒にしょ、食事でもどうですか?」
そこまで言い切るとクラーク伍長は顔を真っ赤にしながら灰色のベレー帽を深々と被った。
「はっ・・・・えっ? い、いまなんと?」
「あっ、い、イヤならよいんですが・・・・」
「い、いえ!・・・作戦が終了して帰ってきたらご、ご一緒しましょう。」
「あ、ありがとうございます!」
エカテリーナ曹長も顔を真っ赤にしながら答えた。
クラーク伍長は今にも飛び上がりそうな勢いで返事をした。
「そ、それではこれで失礼します!」
「え、ええそれじゃあまた・・・」
クラーク伍長は敬礼をすると足早に立ち去って行った。
エカテリーナ曹長は呆然としながらも答礼し彼を見送った。クラーク・エアハルト 27歳・・・・そろそろ将来のことを考えてきたらしい・・・・
その三十分後、気圏戦闘機格納庫に隣接したラウンジでカーティス准尉がイスに腰掛けていた。
(・・・大丈夫だ・・・落ち着け・・・・訓練通りにしていればいいんだ・・・)
不意に陰が差した。
顔を上げてみるとコーヒーの缶を両手に持ったクラーク伍長が立っていた。
「どうかしたんですか? カーティス准尉?」
コーヒーの缶を差し出しながらクラーク伍長が尋ねた。
「あ、ありがとう・・・ちょっとな・・・・」
「・・・不安・・・ですか?」
「ああ・・・・覚悟はできていたつもりだったんだがな・・・」
それは初の実戦に対しての物なのだろうか?それとも・・・
「まあ・・・あれですね・・・だれでもはじめての実戦ってのはビビッちまうもんですよ・・・あんまり気にしないほうがいいですよ准尉殿?・・・俺だってそうだったんですから。」
「そうなのか? ・・・少しは落ち着いたよ・・・ありがとう・・・」
「礼には及びませんよ・・・」
そう言うとクラーク伍長はコーヒーの蓋を開けた。
「・・・少し速いかもしれませんが・・・乾杯でもしませんか?」
「乾杯?」
「今度の作戦の成功と帰還を祝ってです。願って、ではありません。祝うために、です。絶対に帰ってくるという気迫がなくては、帰って来れるものも駄目になります。ですから・・・今、ここで、今度の作戦の成功と帰還を祝って。」
帰って来れないかもしれないとの弱気を拒否するというその意思に、カーティス准尉は素直に納得した。
「・・・そうだな・・・それじゃあ・・・本当なら酒でやりたい所だが・・・しょうがない。」
「ええ、まったくです・・・・それでは・・・」
「「乾杯!」」
缶と缶がぶつかる音が響いた。
「・・・あとはベストを尽くすだけか・・・」
「ベスト・・・ですって?」
クラーク伍長が薄く笑った。
「負け犬は大抵そう言います・・・・・失敗したときの言い訳にね・・・勝者は帰って美女を抱くものです。そうだ、クラウディア中尉なんてどうです? あんな美人が待っているならどんなとこからでも帰ってこれるってもんです。カーティス准尉も結構女を泣かせてきたんでしょう? あの、郎党の二人とか。」
カーティス准尉はムっとなりながら言い返した。今から女をナンパして、ものにして、未練を作って帰ってくる原動力にしよう、という言い草にではない。もうひとつのほうにに対してむっとした。
「いつ、私が、セファとラヴィを泣かせた。」
「違うのですか?」
「当然だ! 第一クラウディア中尉より、セファとラヴィの方が美人だ! それに私は二人に必ず帰ってくると約束してある! 絶ぇぇぇ対にこの約束を反故なんかにするものか!」
カーティスが言い切ると同時に『ミキ・・・』という異音が僅かに聞こえた。
握っていた缶が少しずつ握り潰されてのだ。
「・・・その意気ですよ、准尉殿・・・しかし・・・」
「しかし?」
「二股はいけませんね・・・まあ、双方とも合意の上ならいいでしょうが・・・」ブゥゥッ!
カーティス准尉が口からコーヒーを噴出した。
「・・・汚いですね・・・」
「げほ、げほ・・・・い、いきなりなにを言うんだクラーク?」
「ふっ、私が・・・、いえ皆が知っていないとでも思っていたんですかカーティス准尉? あなた方の関係は基地中の人間が知っておりますよ。」
「・・・ぐぅぅぅぅ、ま、まさかばれているとは。」
二人との関係はまずバレないとたかをくくっていただけに、カーティスは頭を抱えてしまうが・・・、クラークは軽い調子で付け加える。
「ちなみに今のは全部創作です。いわゆるカマをかけたってやつですよ。それに、語るに落ちてますよ。先程の返事、どう考えても御二人の郎党と現在進行形としか思えません。御自分から教えています。」
「なにぃぃぃぃ!?」
あまりといえばあまりな言葉にカーティスは絶叫するが・・・、実はクラークの言葉には嘘があった。ラヴィとセファがクラークに一芝居うつように頼んでいたのである。目的はもちろんカーティスの本音を確かめることだ。
「ふふふ、まさか本当に二股をかけていたとは・・・。まあ、合意の上なら問題ないでしょうが・・・、どうなんです実際?」
「う、うむ・・・ご、合意の上だ・・・」
「本当に?」
「本当だ!」
カーティスはやけくそのように顔を真っ赤にしながら叫んだ。
このラウンジの防音は完璧なので外に声が漏れることは無い。
・・・しかし、この会話をクラークに頼んで持っていてもらった盗聴器を使って聞いている2人には関係ない。
「・・・それなら2人の事をくれぐれも大切になさるんですよ?」
「当然だ!」
「その言葉を聞けて安心いたしましたよ・・・」
無論、壁の裏の2人も安心していた。
その一方で、クラークは内心思った。エカテリーナ曹長へのデート申し込みがうまく行って良かった、と。でなければ、とっくに切れていただろう。何がかなしゅーて、二股男の女性関係を改善し、のろけをクラークが聞いていないといけないのであろうと、切れていたに違いないのである。しかし、今はクラークにも希望が有る。妙齢の、しかも有能な女性とのデートの約束である。もっとも、上手く行くかどうかはまだわからないのであるが。
「カーティス准尉・・・お互い、生きて帰りましょう・・・・まだ死ぬわけにはいかないんですから・・・」
「ああ、解っているさ・・・」
そう言って二人は頷きあうが、クラーク伍長の目には暗い炎が、それこそ『ゴォォォォ!!』と言わんばかりに燃え上がっていた。2人は決意を新たに(一人は微妙に苦悩し、一人はやけに強い思いを抱いていた)していた・・・・
出撃まであと二時間半・・・ちなみに、帰還したカーティス准尉がクラークのタレこみにより、二人との関係を知った整備員達によって“かなり”手荒い歓迎を受け、同時に「女たらし&ナンパ師」の二つ名でも知られる事となったことを追記しておく。