爆撃開始まであとわずかとなった黄昏時。3人は額を突き合わせて相談をしていた。思ったよりも速く目標地点まで到着したので、時間的余裕がある。そこで、一つ工作を行って置こう、という事になったのである。最近作られたばかりだからなのか、あるいは補給が追いつかないのか。対人地雷が施設させていないからこそ小細工が出来るのだ。
「ふうむ、ここが、司令所ですね?」
「ああ。レーダーアンテナは少し離れたこの台の上だ。好都合に解放式だ。」
「?」
解放式のレーダーアンテナ。ようするに、中華鍋みたいなアンテナがくるくる回るタイプのレーダーである。比較的安価でメンテナンスもしやすい。・・・小細工も、しやすいタイプだ。だから好都合なのである。約一名、分かっていない人物もいるようだが。
「他の工作は・・・ちょっと無理ですかねえ・・・歩哨の位置にあまり隙が有りません。一ヶ所に絞ったほうがいいです。」
「ああ。それで作戦だが・・・」
「・・・ふうむ、なるほど・・・」
「!?」
「いや、だからですね・・・」
クラークは、やはり今一つわかっていないカサンドラ少尉に、行動手順のみを説明して、何とか理解してもらった。現場での実戦をある程度潜り抜けたものでなければこういった事はわからないのであるから、まあ、仕方ないと諦めての説明である。
かくして、クラーク、カサンドラ、アーバインの3人は夕方の薄闇を利用して、クリタの前進基地へと密かに接近した。密林の中を、音を立てずに接近する。物陰から物陰へ。クラークの先導で、カサンドラ少尉もなんとか気付かれずに前進基地の奥へと進んでいく。
そのうちに、いつのまにかいなくなっていたアーバイン少尉が接触してきた。手には、クリタの軍服が数着ある。
「ほら、少し生乾きだが・・・」
どうやら、その辺に干してあるのを失敬してきたようだ。3人は、物陰に隠れて変装した。カサンドラ少尉も一緒である。さすがに、作戦中ということも有ってか、彼女は同じ場所で着替えることに文句一つ言わない。クリタ軍のヘルメット(そっくりの質感を持つが、薄手のゴム系素材で作られた携帯用変装用具)を目深にかぶり、タチバナ突撃銃(ビニール風船)を肩にかける。こんなものでも、薄暗がりの中では、けっこうそれっぽく見えるものなのだ。
「よし、手はずどうりに!」
「了解!」「はい!」
アーバインが、音もなく離れていく。クラークとカサンドラの二人は、夜の見回りのようなふりをしてアンテナ近くの歩哨へと近づいた。セオリーどうりに、二人が並んで歩哨に立っている。
クラークが、何気ないふりを装って近づく。あくまでも、さりげなく。何もなかったと思わせなければならない。
「おい、火を貸してくれないか?」
煙草を吸おうとしたが、ライターがつかない、というシチェーションのようだ。
「ああ。」
歩哨も、ごく気軽な気持ちで火を貸してやる。
「・・・ありがとう、助かった。お礼に一本どうだい?」
「お、すまないな。」
クラークは、煙草を歩哨に勧めた。煙草は、酒と並んで前線で最も不足しがちな物資なのだ。大抵の兵士は、これを勧められると多少ながら機嫌が良くなる。
「お、けっこういい奴じゃないか? この香りがなんとも言えないな・・・」
「ああ、この惑星で作っている煙草の中じゃあ一番人気なんだそうだ。」
「最高級なのか!?」
「それは聞き捨てならんな・・・」
もう一人も、興味をそそられたのか身を乗り出している。さらには、民生メックに乗って警戒していたメックウォリアーまで、下りて会話に加わり出した。こういった日用品などは、侵略側の軍でも、現地徴発することが普通だ。カウツで1番となったら、それは気になるに決まっている。
「う〜〜ん、高くついちゃうなあ・・・まあいいや、ほら。どうぞ。」
クラークは、気前よくもう一人にも1本ずつ煙草を分けてやりながら説明する。
「そうそう、最高級じゃあなくて、一番人気なんだよ。」
真面目に歩哨をしていた3人が、あっという間にクラークの話に引き込まれている。
「う〜〜ん、確かにいい煙草だ・・・」
「香りが違うよな・・・」
「最高級じゃないってどういう事だい?」
「ああ、最高級ってのは、もちろん葉巻のことなんだよ。けど、値段との折り合いとかも有るからな。値段がそこそこで、なおかつうまい煙草って事で、これが一番人気なんだってさ。この間、うまいこと手に入れる機会があってね・・・」
「いいな、俺達にも教えてくれよ・・・どこから手に入れたんだ? ヘスティアなんかにはもう近づけないだろう?」
ヘスティアにいた頃は、クリタ軍の補給は現地調達が非常に楽になった時期である。しかし今は、魔界盆地周辺の密林でゲリラ戦を展開中だ。現地調達は再び難しくなって来ている。
「さすがにそれは企業秘密・・・てほどのことでもないんだけどな。知り合いが、休戦時間に交換したのを分けてもらっただけさ。だから、もっと、ってのは無理だな。」
「なんだ・・・そうなのか・・・」
極々さりげなく、世間話をする。クラークは、クリタなまりを時々混ぜたりしながら、うまいこと時間を稼いでいた。
そのころ・・・アーバインは、注意のそれた歩哨達の隙を突き、司令所の屋根へとよじ登っていた。素早くパラボラアンテナの基部に取り付き、コードに細工する。バイパスを作ってある装置を取り付け、本来の配線を切断する。装置といっても、実に簡単な造りだ。一定の時間をかけて、徐々に抵抗が強くなっていく。ただ、それだけだ。コードの抵抗が強くなるにつれて、パラボラアンテナの感度が悪くなるという案配だ。
時限式の爆弾を取り付けるという方法もあるが、その場合わずかなタイミングのずれで敵に警告を与えることになったり、効果がなかったりする。このあたりが、丁度いいのだ。
カサンドラ少尉は、少し離れたところでクラークを待っているというシチェーションで立っていた。しかし実は、アーバインの工作が終わるのを待っていたのだ。歩哨達が立っているところからは死角になる場所も、少しはなれれば良く見える。
しばらくして、カサンドラ少尉が少し苛立った様子を見せはじめた。もちろん演技なのだが、薄暗がりの中ではそれなりに効果が有った。
「おい、いつまで話してるんだ! 行くぞ!」
こう言われても、誰もが納得するほどには。
ちなみに、カサンドラ少尉の声ではない。アーバイン少尉の声だ。腕時計型コンピュータに録音しておいたのである。いくら変装しているとはいえ、女兵士は少ないのだから、声を上げれば目立ってしまう。だから、数種類の台詞を吹き込んでおいたのだ。
「ああ、わかった。それじゃあな。」
そういって、クラークとカサンドラが離れていく。
その頃になって、歩哨のうちの一人がポツリとつぶやいた。
「・・・そういえば、この時間に巡回してくるんだっけ? 少しずれているような・・・」
侵入者の変装なのだから、本来の巡回とずれていて当たり前である。
「何か有ったんだろ。どっかより道してたとかさ・・・」
「そうだな。」
こうして、二人の歩哨と民生メックのメックウォリアーは、何も気付くことなかったのである。
かくして、この前進基地のレーダーは、感度が随分と鈍くされてしまったのである。誰一人、気付くことなく・・・