爆撃された前哨基地・・・そこにいる者達は皆疲れ果てていた。
指揮官達はほぼ戦死、今や数機の民生機と一個中隊の歩兵達しかいないのである。
一個中隊と言っても全員が何らかの傷負っている。
突然、森の中から木をなぎ倒す音が響き渡った。
敵か! そう思った彼らは武器を持って立ち上がろうとした。
せめて一矢報いる為に・・・
だが姿を現わしたのは味方のフグHであった。
「・・・なんてことだ・・・」
偶然近くを通った彼は爆炎を確認し現場に急行してきたのである。
ソウジ・フルタ少尉はあたりの惨状に呆然としていた。
彼等のほかにも付近に展開している部隊が集結してきた。
中にはトラック部隊もいて負傷者の後送作業を行なっていく。
「少尉! 車両部隊より緊急通信! 『我、敵気圏戦闘機ヲ撃墜スルモ操縦者ハ脱出、対処サレタシ』座標は・・・」
仇を討つチャンスが回ってきたのである。
「・・・メック部隊は負傷者の収容と生存者の捜索が終了次第追跡任務につく・・・まだ瓦礫の中に生存者がいるかも知れんからな・・・それまでは歩兵部隊に任せよう。」
兵士の死体を野ざらしにしたくない・・・それが彼の考えであった・・・
「へェ? あのどう言う事でしょうか?」
カサンドラ少尉は訳がわからないと言った顔をしている。
「緊急通信を受けました・・・ゲッツ准尉が撃墜されたようです。」
「・・・敵に撃ち落とされたか。伏兵がいたか?」
アーバイン少尉が木にもたれながら言った。
カサンドラ少尉がショックで固まっている。
「どうしますか? 敵の通信によると墜落地点はここから北西の方角に3キロってところですが?」
クラーク伍長が通信機を耳に押し当てながら聞いてくる。
しばらく固まっていたカサンドラ少尉が口を開いた。
「・・・どれくらいで合流できますか?」
目の色が少し変わったようである・・・指揮官の目に・・・
「・・・ゲッツ准尉がLZを目指すとして・・・明日の夕方か夜には合流できるかもしれません・・・ビーゴンの有効半径は500メートルで、常に発信されるわけでもありませんですからね・・・もっともスイッチを入れ忘れていたら目視で確認しなくちゃいけませんがね。」
クラークはしばらく考えてから答えた。
「わかりました・・・これよりわが隊はゲッツ准尉の捜索任務に就きます・・・かまいませんね?」
後ろにいるアーバイン少尉に確認する。
「ここで見捨てるわけにもいかないだろ?」
カサンドラ少尉はその言葉を聞くとすぐに歩き出した。
味方を助け出す為に・・・
「・・・」
ゲッツ准尉は目の前の光景を信じたくなかった。
先程まで自分が乗っていたライトニングが煙を上げながら地面に横たわっているのだから・・・
脱出の瞬間にできるだけスピードを殺し墜落の衝撃を殺すように務めたのが効いたのか、完全に爆散はしていないが・・・惨澹たるありさまだ。
見る限りであれば・・・左翼は完全に折れて近くの地面に突き刺さっている。
機首に装備されたAC20は完全に使い物にならないようである。
尾翼は完全に無くなっていた。
奇跡的にエンジンは無傷のようである。
だが・・・きちんとした工場でなければ修理は不可能であろう。
「・・・ちゃんと回収してもらうからな・・・」
ゲッツ准尉はそう呟くと座席に装備された武器を回収することにした。
まだ、死ぬわけにはいかないのだから・・・
座席の左右には兄が愛用していた高速振動カタナとボルトアクション・ライフルがくくり付けてある。
ふと、思い付いて、射出座席の下部から回収して担いでいたサバイバルキットを開けてみて呆然とした。
内容物がスノーフォート用(極寒地用)なのである。
どうやらサバイバルキットを載せ換えるを忘れていたようである。
分厚いマント、寒冷地用レーション、折りたたみ式スキーセットなどなど・・・
密林の中で役に立ちそうな物はほとんど無い・・・
「・・・とりあえず持っていくか・・・」
だが何かの役に立つかもと考えてそれらを持ってLZを目指す事にした。
背の高い木々が生い茂る密林を三人の男女が歩いていた。
撃墜されたゲッツ准尉を救出する為に急遽行動を開始したチームだ。
先頭を行くクラーク伍長の電子スコープを取り付けた精度の高い狙撃用のG30突撃銃を構えて前方を監視していた。
クラーク伍長から5m離れてついて行くのは昨日、初めて人を撃ったカサンドラ少尉である。
どこか不安そうな顔をして左右を警戒している。
さらに5m離れたところをアーバイン少尉が続く。
アーバイン少尉も手にG30突撃銃を持っているがそれよりも腰にぶら下げた整列結晶甲のナイフが印象的である。
アーバイン少尉は後方を警戒している。
真夜中という時間もあって辺りは静寂に包まれており静かな物である。
不意に茂みから何かが飛び出してきて密林の奥へと走り去って行った。
「へっ?」
カサンドラ少尉が声を上げて銃を構える。
「鹿ですよ。」
クラークが落ち着いた声で言う。
「・・・しかし、近くに誰かいるな。」
アーバイン少尉がバックパックを降ろしながら言った。
「どうしてそうなるんですか?」
不思議そうな顔をして尋ねる。
「鹿は警戒心の強い動物・・・自分から飛び出してくるなんてしないからさ。」
アーバイン少尉がクラークの方を向きながら言った。
「一緒に来てくれ・・・カサンドラ少尉はここで荷物の番をしていてくれ。」
「了解。」
クラークは荷物を降ろして軽装になった。
2人はあたりを警戒しながら木々の間を縫うように進んでいった。
最初に気がついたのはクラーク伍長であった。
60mほど先の草むらが揺れるのが見えた。
ハンドサインで゛止まれ゛の指示を出すとそっと銃を構えてスコープを覗く。
熱探査モードにしたスコープの中に動く影がある。
多少見にくいが・・・サーマル・プロテクトされているのであろう・・・人とわかるものが四つ見える。
特徴的なタチバナ突撃銃のシルエット・・・軽機持ちはいないようである
小声でアーバイン少尉に報告する。
「・・・60m先にタチバナ持ちが2人・・・偵察部隊です。」
報告を聞いたアーバイン少尉は少し考えるような仕草をして言った。
「・・・始末するから援護してくれ。」
突撃銃をクラークに渡してナイフを抜く。
彼がもっとも得意としていること・・・無音殺術・・・音を立てずに相手を排除する戦闘技術を使うつもりなのである。
「了解。」
彼等は二手に分かれた。
偵察部隊から50mほど離れたところで伏射の姿勢を取ってスコープを覗くクラーク・・・
ゆっくりと進む偵察部隊の最後尾にアーバイン少尉が現れて、口元を押えて森の中に引きずり込んでいく。
相手も抵抗するが前を行くもの達は気づかずに進んでいく。
しばらくして手を赤く染めたアーバイン少尉が再び姿を現わした。
クラークはまるで映画を見ているような感覚にとらわれた。
追跡部隊に選抜された伍長は最後尾で警戒しながら進んでいた。
以前と比べれば、密林の独特の空気にも慣れた・・・だが気を抜けばすぐに食い殺されそうな感覚はなくならない。
不意に後ろから手が伸びてきた。
声を上げようとしたがその前に口を押えられてしまった。
抵抗するものの物凄い力でねじ伏せられてしまう。
(息が苦しい・・・意識が・・・)
彼が最後に目撃した物は振り下ろされるナイフの先端であった。
「ん? な、なんだ! おい、どこにいった!」
前方を歩いていたほうが後ろを振り向いたとき。
後ろにいるはずの同僚の姿はなく自分ひとりだけが立っていた。
危険を感じ、無線機に手を伸ばす・・・
アーバイン少尉が後ろから幽霊のように現れてそいつの首に手を絡める。
首に巻きついた手を外そうと必死に抵抗するが・・・
ゴキャッ!
首の骨がへし折れる音が響く。
力無く男の遺体が地面に横たわる。
しばらくしてクラーク伍長がアーバイン少尉に近づいていった。
「・・・俺、要らなかったんじゃないんですか?」
「まあ、そう言うな・・・万が一ってこともあるだろ?」
クラークは溜息をつきながら倒れた男に近づいて荷物を漁る。
特にめぼしい物は無かったが、地面に落ちた無線機が目に入った。
「・・・持っていきますか? 敵の無線を傍受できるかもしれませんよ?」
「そうだな・・・、持っていくか。」
二人は、死体を隠すと先を急いだ。
この遭遇戦における弾薬消費量・・・0発・・・
密林で活動する無音殺術のエキスパート・・・これほどの脅威は無い・・・