『月の下で』 作:Coo 戻る トップへ

 撃墜されたゲッツ准尉は高速振動カタナで木の蔦を切りながら道なき道を歩いていた。
手に持った方位磁石を頼りに離脱地点に向かっているが・・・慣れない密林での移動といつ敵と遭遇するかという恐怖感によってあまり進んでいない。
 「・・・生きて帰れるんだろうか?」
ゲッツ准尉は夜空を見上げながら呟いた。
 空には月が輝いていた。

「燃料補給を急げ! すぐに現場に急行する!」
 推進剤を使い切ったが何とかアイアース基地に急造された滑走路に降り立ったカーティス准尉が大声で叫んだ。
 「カーティス様が無茶な機動を行なったせいで機体をチェックしなければなりません! それに装甲板の張替えもしなくてはすぐに撃墜されてしまいます! すぐには無理です!」
 「くそっ!」
カーティス准尉は悔しそうに機体を殴りつけた。
そのカーティス准尉の上にも月が出ている。

さて一方、無事に撤退したメック小隊は・・・
「クラウディア大尉、どうしますか? ゲッツ准尉を見捨てるわけには・・・」
 エカテリーナ曹長が心配そうに聞いてくる。
「・・・一度墜落現場に行ってみましょう・・・まだ近くに・・・いるかもしれません。ただ・・・」
「あの弾幕の様子からして、ザコBだけで10機ほどはいるでしょうな。」
「その他の機種まで含めれば、大隊規模である可能性もあります。」
「・・・となると・・・上位の指揮官が出てきている、ということですか。」
いずれも多少の指揮官教育を受けた身だ。この程度の分析は当然出来た。

「罠に飛び込む事になりますね。」
「・・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
重い沈黙が漂った。

「充分に、周囲に注意して行動する、しかないですね。見捨てることは出来ませんか・・・」
 「大尉! 敵です!」
クラウディア大尉の言葉を遮ってクライバーン少尉が警告する。
「2時方向から二つ、9時方向から二つが接近中です・・・捕捉されましたね。」
 「なんて間の悪い・・・仕方がありません。突破します!」

 三機は一気にジャンプジェットで距離を稼いだ。
 「2時の奴はフグBとザコA、9時の奴は二機ともザコA!」
「2時の敵をつぶして突破します!・・・エカテリーナ曹長とクライバーン少尉は右のザコAを頼みます。わたしは左のザコを迎撃します。」
「「了解!」」
 3機は一気にザコA2機に接近すると、適度なダメージを与えつつジャンプ能力の差を生かして振り切った敵の指揮官は、この戦力では更なる追撃は無理だと判断したのか、速度を落としている。無事に突破したのだ。にもかかわらず、クラウディア大尉の顔色は良くならない。
 「・・・月か・・・悪い予感がしますね・・・・」
クラウディア大尉が月を見て呟く。

ドラコ側も撃墜された気圏戦闘機のパイロットを捕まえる為に捜索部隊を編成していた。
 追跡部隊の主力は前哨基地に集結した部隊からなるが、近辺にあった前哨基地からも応援の部隊もボツボツと到着し始めていた。彼らも、通信を聞き墜落した気圏戦闘機のパイロットの捜索を行なっている。
 「・・・見つけた・・・」
ナツメ・コバヤカワ少尉が地面にできた真新しい足跡を発見した。
それに切られた蔦もあった為にすぐにわかった。
彼女は珠理少佐の直属の部下で密林での追跡の仕方を心得ている。
 「・・・だいたい40分くらいまえね・・・急ぎましょうか。」
後ろに控えている部下にそう言うと彼女の一隊は追跡を開始した。

嵐はまだ過ぎてはいない・・・これからなのである・・・

 

 

『密林を血に染めて』 作:Coo 戻る トップへ

ゲッツ准尉は疲れ果てていた。
 撃墜された事によるショックと追跡されているという事実、そして時折聞こえてくる奇妙な鳴き声・・・
しかし、立ち止まる気は無かった。
 もし立ち止まればすぐに敵に捕捉されてしまいそうだからだ。
密林での移動に慣れていないために疲労が募るばかりである。
サバイバル訓練など受けていないゲッツ准尉にはまさに地獄である。
睡眠をほとんど取っていない為に目が赤くなっている。
 彼はLZに行けば助かるという一念で歩き続けた。

偵察小隊も疲れていた。
クラーク伍長とアーバイン少尉だけならば日が昇る前にゲッツ准尉を捕捉できたかもしれない。
 だが、この一隊にはカサンドラ少尉が同行していた。
彼女の為に頻繁に休息を取れねばならなかった。
 それでもかなりのペースで進んでいる為に徐々に目標に接近していった。
「・・・ん? ・・・まいったな・・・」
 不意にクラーク伍長が呟いた。
「どうかしましたか?」
「・・・ゲッツ准尉の靴とは違う足跡が彼を追っています・・・追跡部隊です。」
クラークはそう言うと銃口でそれを指した。
「・・・推測ですが・・・かなり密林での作戦行動に慣れたものです・・・足跡のつき方が違う。」
 ゲッツ准尉がつけた足跡はかなりはっきりとしている。
たいしてもう一方の足跡はほとんど痕跡を残していない。
 「・・・三十分くらいまえですね・・・まだそう遠くには行っていません・・・ゲッツ准尉のは・・・一時間前後ですね・・・」
「・・・急ぎましょう・・・少しペースを上げて・・・」
カサンドラ少尉が辛そうに言った。
「・・・了解。」
クラークはしばらくカサンドラ少尉を見つめた後、再び先頭になってゲッツ准尉が蔦を切っていった痕跡を探した。

ナツメ少尉の一隊も疲れてはいたが目標が近い事を確信していた。
もうすぐ基地を爆撃した奴に会える・・・その後に射殺するか捕まえるかはその時次第だが・・・おそらく捕まえる前に射殺してしまうだろうと考えた。
 誰もそいつを生かしておく気が無いからだ。
しかし油断してはいけない・・・油断して敵に逃げられては元も子もないからだ。
ナツメ少尉達は慎重に歩を進めていった。

クラウディア大尉の部隊は神経をすり減らしながらゲッツ准尉を探していた。
夜の戦いで装甲板こそ傷ついていた物のたいした損害ではない。
 問題は気温のせいで熱探査がほとんど役に立っていないと言う事である。
もう少し気温が低ければ人間でも探査できるのだが・・・夏の密林ではほとんど役に立たない。
 融合炉からの熱を機体全面を使って放熱するメックのセンサーはけっこう鈍い。人間が発する熱も動物が発する熱も周囲と同化してしまうのである。
しかたなく部隊を散開さして捜索に当たっているのである。

ゲッツ准尉の移動速度は著しく落ちていた。
さすがにまずいと思い、大きな木の下で休憩する事にした。
木にもたれるようにして座り込んだ。
 食料はまだ三日分くらいはあるが重い。
水を浴びようかと思ったがそれは無駄であると考えて少し飲むだけにした。
しばらくして靴の紐がほどけている事に気がついた。
 結びなおそうと身をかがめた瞬間・・・

パスッ!

ゲッツ准尉の後ろにあった木が弾けた。
 ちょうど頭があった位置だ。
ゲッツ准尉は何があったのか一瞬で判断してすぐに駆け出した。
敵が来たのだ。

ナツメ少尉は木下で休息している男の眉間に照準して必殺の一撃を叩き込もうとした瞬間、そいつは見をかがめた。
 弾は外れてそいつは急いで駆け出した。
もう敵が近くにいるのはわかってしまったから回りにいた部下たちが一斉に発砲した。
辺りがタチバナが発するけたたましい銃声によって支配された。
木と深いブッシュに遮られて命中弾は与えていないが時間の問題だった。
もう逃がさない・・・彼女は心の中で呟いた。

けたたましい銃声は偵察小隊の下のもはっきりと聞こえた。
 その音を聞いた瞬間、クラーク伍長とアーバイン少尉は駆け出していた。
少し遅れてカサンドラ少尉も駆け出した。

ゲッツ准尉は死に物狂いで走っていた。
 周りに着弾する弾とすぐ脇をかすめていく銃弾を感じながら何とか遮蔽物になりそうな木に隠れようとした。
ちょうど木の陰に隠れた瞬間、脚のあった位置に土煙が発生した。
 ゲッツ准尉は背中に背負ったボルトアクション・ライフルのボルトを操作して弾を込めようとした。
慣れない手つきで銃を構えて撃とうとした。
 基礎訓練もあまり受けていないので命中しないが牽制くらいにはなるかと考えた。
しかし、ゲッツ准尉が一発撃つ間に相手は数十発撃ちかえしてきた。
話にならない・・・そう考えるとすぐに次の木を目指した。
 木の根につまずいてしまった。
「っく!」
やられる・・・そう思った瞬間、背後で爆音は響いた。
 後ろを見てみると何かが爆発したのがわかった。
いったい何が起こったんだ?

何かに向かって射撃をしているドラコ兵の一団が視界に入ってきた。
まだこちらに気がついていないので側面に回り込んでいく。
 25メートルくらいに間合いを詰めてからクラーク伍長は銃に装着されたグレネード・ランチャーのスイッチを押した。

ポン!

軽い音と共に弧を描きながらグレネードが敵の中央付近で爆発した。
 後ろにいる二人も投擲弾を発射して花火を増やした。
こちらのことに気がついた敵が混乱しながらも撃ちかえしてきた。
辺りで壮絶な銃撃戦が展開された。
 ただでさえ視界の悪い密林・・・そう簡単に命中しない。
偵察小隊は側面から敵を攻撃して徐々にゲッツ准尉に接近していった。
一方追跡部隊も突然の事に混乱していたがすぐにどちらを優先して攻撃するかを判断して攻撃を再開した。
 ゲッツ准尉は味方が来た事に気づいた。
とりあえず逃げなければならないことに変わりは無いので立ち上がって走ろうとしたが足首を捻っていることに気がついた。しかたないので這って遮蔽物を目指した。

狙撃している暇が無いのでバースト射撃で敵を牽制しながら前進しているクラーク伍長の目に地面を這っているゲッツ准尉が見えた。クラーク伍長はすぐに駆け出してゲッツ准尉の元に行くと襟首をつかんで適当な大きさの木の陰に転がり込んだ。
 ゲッツ准尉を見るとむせ返っている。
苦しかったんだろうか? まあこの際は見逃してもらおう。
「ゲッツ准尉ご無事でしたか!」
 「ああ、なんとかね・・・」
アーバイン少尉も近づいてきてゲッツ准尉に話し掛けた。
「やあ、戦友。やっと会えたね。」
 「ああそうですね戦友・・・今度はもう少し早く見つけてくれるとうれしいです・・・」
 やっと追いついたカサンドラ少尉が近くに展開した。
目標は確保したが依然敵に包囲されていることに変わりは無い。
クラーク伍長はカサンドラ少尉にゲッツ准尉のことを頼むとすぐに移動した。
 別の木に隠れてスコープを覗くと木の陰に隠れているドラコ兵を発見した。
クラーク伍長は息を整えるとそいつの胴体に狙いをつけると引き金を引いた。
軽い衝撃と共にスコープ内の像が一瞬ぼやけるがすぐに回復した。
 そいつが地面に倒れたのを確認するとすぐに次の標的を捉えるべく銃を動かした。
ちょうど前進している奴を見つけたので照準して引き金を引く。
消音された銃声が響き、敵は倒れた。
 4人目を倒したところで敵の誰かが「スナイパーだ! スナイパーがいるぞ!」と叫んだ。
馬鹿な奴だ・・・・クラーク伍長は声の聞こえた方に銃を向けると大声を張り上げている奴を見つけたので射撃した。
 弾が心臓の辺りに着弾してそいつは大きく仰け反って倒れた。

クラーク伍長はすぐに別の場所に移動を開始した。
 不意に空に花火が上がった。信号弾だ。
敵が増援を呼ぼうとしたのだろう。
厄介な事だ・・・そう考えながら次の遮蔽物に向かう。
 横の茂みから小柄な人影が飛び出してきてクラークに真っ直ぐ向かってきた。
銃を向けようとしたが、その前に相手のほうが素早く動き銃を蹴り飛ばした。
体勢を崩されてふらついた所に蹴りをくらい木に吹き飛ばされた。
 相手が組み付いてきてナイフを突き刺そうとしてきた。
視界が狭くなり目の前に迫ってきたナイフに意識が集中する。
 あと数cmと迫った所で身をかわして相手に体当たりを食らわしてそのまま倒れこんでいく。
倒れていく中でクラーク伍長は右手に仕込んでいた銃を素早く取り出して2度、引き金を引いた。

パンパン!

弾は腹部の辺りに命中して二人とも地面に倒れこんだ。
 クラーク伍長は頭を振りながら起き上がり相手を見た。
見ればクラークと同じか少し年上の女性であることがわかった。
あんたはいったい誰なんだ?
 クラークは問いかけようかとしたが止めた。
銃弾は致命傷には到っていない様だが重症には変わりない。
手当てをすればまだ助かるだろう。
 クラークは蹴り飛ばされた銃を回収するとすぐに駆け出した。
周りには敵が多数いるのだから・・・

カサンドラ少尉がゲッツ准尉の手を肩にまわして彼を支えながら移動しているのが目に入った。
クラーク伍長は素早く二人に近づいてカサンドラ少尉にいった。
 「代わります・・・援護してください!」
クラークはカサンドラ少尉と交代してゲッツ准尉を支えた。
ゲッツ准尉の手を左肩に回して右手一本で銃を支える。
 カサンドラ少尉とアーバイン少尉の援護を受けて少しずつではあるが前進していった。
どうやら敵の増援が到着したらしく激しい銃撃を浴びることになった。
クラーク伍長も後退しながら右手の銃を敵の方に向けて引き金を引く。
 不意に左足に衝撃を受けた。敵が発射した銃弾が命中したのだ。
「ぐっ!」
衝撃でクラークはゲッツ准尉と共に倒れてしまった。
 木の陰から援護していたアーバイン少尉が出てきてクラークとゲッツ准尉を太い幹の木の陰に転り込んだ。
 アーバイン少尉がモルヒネを取り出したがクラークは手で制した。
「モルヒネは要りませんよ・・・判断力が鈍りますから・・・自分で歩けます」
「しかし・・・」
 「それに・・・傷は浅いですから大丈夫です・・・自分よりゲッツ准尉を頼みます・・・」
クラークは真剣な表情でいった。
 「・・・わかった・・・無茶はするなよ・・・」
アーバイン少尉はそういうとゲッツ准尉を支えて移動を開始した。
「・・・ふっ・・・まだ死にたくは無いぞ・・・ん?」

 クラークが足を引きずるようにして立ち上がった瞬間・・・
木を薙ぎ倒す音が辺りに響き、あたりに轟音が轟く。
「まさか・・・!」
 クラークが視線を巡らせているとそいつがいきなり現れた。
十数メートルの身長の巨人・・・メック・・・
 緑色をして頭部に怪しく光る赤いモノアイ
ザコである。
民生機の中で一番生産された機種で、民生機の中で対人戦闘能力が比較的高い機種でもある。
 この密林での戦闘に適した機体ともいえる。
クラークは背筋が凍る思いだ。
 以前、敵の後方に潜入してインフィルノ焼夷弾で敵を撹乱したこともあった。
しかし今回は焼夷弾は持ってきていない。
 使い捨てのロケットランチャーが1門あるだけだ。
相手にならない・・・そう考えながらクラークは必死に駆け出そうとした。

いきなり前方でも木を薙ぎ倒す音が響いた。
挟み撃ちにされたのかと思ったが次の瞬間に姿を現わしたのはヴァルキリーであった。
 敵が打ち上げた信号弾を確認して急いで急行したのである。
「・・・ヴァルキリー・・・ヴァルハラになんかいきたかないぞ・・・」
クラークはそう呟くと左足を引きずりながら移動を再開した。
 敵の歩兵部隊もメック同士の戦闘に巻き込まれてはたまらないと後退しているようである。

ヴァルキリーのコックピットの中でエカテリーナ曹長は敵のザコAと対峙していた。
 散開してゲッツ准尉を捜索していたところに信号弾を確認して急行してみれば足元では銃撃戦が繰り広げられ前には敵のザコが現れたのである。
「・・・行くわよ・・・エカテリーナ・・・!」
エカテリーナ曹長はそう呟くと機体を前進させた。
 相手のザコもそれに合わせるようにして間合いを詰めてきた。
「死になんかしない! わたしは生きて帰るんだから!」

今ここに巨人同士の舞踏会が始まった・・・