『戦乙女の戦い』 作:Coo  戻る トップへ

「・・・なんて見通しの悪い所なの!」
 散開してゲッツ准尉を捜索していたエカテリーナ曹長がコックピットの中で悪態づく。
このあたりはカウツとしては雨の豊富な地域で、植物が豊富に繁茂している。普通の森と違い密集して木が立っている為に見通しが利かないのである。その上、今は夏。下生えもまた、大きく成長して探索を困難にしているのだ。
 その時、少し離れたところで信号弾が上がった。味方のものではない。だが・・・
「行きますよ。」
 クラウディア大尉が命令を発した。そして、ヴァルキリー、フェニックスホーク、シルバーホークがジャンプジェットを噴射した。

 同時に、いくつかの機体が、遠くでジャンプしたのが見える。ザコだ。敵もまた、ジャンプで急行しようとしているのだ。エカテリーナは、そのうちの一機を相手と見定めた。

 ヴァルキリーはジャンプ・ジェットを吹かして150メートル程跳躍する。
相手のザコAも90メートル程距離を詰めてくる。
 密林での有効射程は約60メートルあればいい方なのでお互いに接近しなければならない。
このような地形においてエカテリーナ曹長の愛機であるヴァルキリーに装備された長距離ミサイルはまさに無用の長物である。
 実質、使用できるのは右腕の中口径レーザー1門だけである。
対するザコAは機動性、装甲強度では劣る物の火力は二連装短距離ミサイル1門とマシンガン2門で若干上回っている。
 すでにお互いの距離は300メートルほど。次の跳躍を終えた時、エカテリーナ曹長はジャンプではなく巡航でザコに接近しようとした。相手のザコも同じく巡航で接近する。エカテリーナ曹長もあいてのパイロットも跳躍中に命中弾を与えられるほど腕は良くないようだ。
 そして・・・エカテリーナ曹長は、足元で銃撃戦が展開されているのに気付いた。だが、今はそちらにかまっている余裕がない。メックと対峙しているのだ。

「・・・行くわよ・・・エカテリーナ・・・!」
エカテリーナ曹長はそう呟くと機体を前進させた。
 相手のザコもそれに合わせるようにして間合いを詰めてきた。
「死になんかしない! わたしは生きて帰るんだから!」

今ここに巨人同士の舞踏会が始まった・・・

 濃い密林の中、ようやくお互いの武器が火を噴いた。とはいっても、木々が邪魔をして命中率は悪い。
オマケに夜間と言う事もあり暗視装置を作動させているのだが・・・・視界が悪い。
いわゆるナイト・ビジョン(星の光を増幅する物)ではなくサーマル・タイプ(熱探査)なので映りが悪く、画像が不鮮明なのだ。
 エカテリーナ曹長は作戦が終了したらナイトビジョンを付けようと誓った。

エカテリーナ曹長の放った中口径レーザーは空をきり、ザコの左足に装備されたSRMも外れる。
 ザコはデタラメにマシンガンを乱射するが木に阻まれて命中しない。
お互いに命中弾を与えれない。
 足場も悪く、視界も悪い・・・悪条件が重なっている。
ヴァルキリーは距離を保つように移動し、ザコは距離を詰めてくる。
「いい加減に当たりなさい!」
 エカテリーナ曹長の気合と共に発射されたレーザーがようやくザコの胴体中央を捉えた。
お返しとばかりに発射されたマシンガンがヴァルキリーの昨晩の戦闘で傷ついた左胴に命中して整列結晶甲を削り取る。
 「くっ! でもまだ!」
お互いに命中弾を与えたもののザコのほうが遥かにダメージが大きい。
 あと一撃胴中央に命中すればそれだけで装甲を貫通し、中枢に到るのだ。
民生機は脆すぎるのである。
 「せめて一瞬でも動きが止まってくれたら・・・」
お互い機動力が落ちているために間合いが詰まることは無い・・・ヴァルキリーの場合は距離を離そうとすればジャンプすればいいのだが、それではまた距離を詰めなくてはならない。
 相手のパイロットは極力、背面を見せないようにしながら戦っている。悔しいことに、動きの読みという点では、敵に一日の長があるようだ。ジャンプを使って敵の背後に回ろうとするのが、巧みに阻止されている。

 何発かの命中弾があった後・・・
「・・・しまった!」
 ザコの発射したSRMが頭部付近に着弾した。
実際、着弾したのは胴中央であったが爆炎で視界が途切れる。
 ザコがその隙に距離を詰めてマシンガンを乱射した。
激しい衝撃がヴァルキリーを揺さぶる。
 ザコは格闘戦距離まで近づくと空いている左腕を繰りだした。
ザコの放ったパンチはヴァルキリーの頭部を捉えた。
 エカテリーナ曹長はたまらずジャンプ・ジェットを吹かして後退した。
ザコが距離を詰めてくるのを見て迎撃態勢を取ろうとした時、ザコの右手の森で何かが光り、白い尾と共にザコの胴体中央に飛んでいって爆発した。

クラーク伍長は負傷した左足を引きずりながら移動していた。
 負傷のために早く移動できなかったがそれでも移動した。
すでに移動の邪魔になるためにバックパックは捨てていたがロケット・ランチャーだけは捨てなかった。
 ヴァルキリーが爆炎で視界を失った所にザコが格闘戦を仕掛けて頭部にパンチを見舞った。
ヴァルキリーがジャンプしてクラークの目の前を飛んでいった。
 そして木を薙ぎ倒す音が聞こえ、ザコが接近してくるのがわかった。
「・・・やってやろうじゃないか・・・」
 クラークは背中に背負ったランチャーの安全ピンを抜き、ランチャーを構えた。
弾頭は一発しかないがそれだけあれば十分だった・・・動きを止めるだけならば・・・あとはエカテリーナ曹長が何とかしてくれるだろう。
クラークはランチャーを構え、片膝立ちの状態でサイトを覗いた。
 木を薙ぎ倒しながら接近してくるザコがサイトに写る。
「おいでおいで・・・いい子だから・・・そのままおいで・・・」
 閃光と轟音・・・それに衝撃で一瞬ふらつくが何とか体勢を維持した。
クラークが発射した弾頭はザコの胴体に命中した。
 ザコがこちらを向いた。
『この野郎! なめた真似しやがって!』
 外部スピーカーからザコのパイロットの声が聞こえるのと右手のマシンガンが火を噴くのは同時だった。

一瞬、モニターの端にクラーク伍長の姿が見えた。
だが、巻き起こった土煙で姿が掻き消えた。
 エカテリーナ曹長を一瞬唖然としたがすぐにトリガーを引いた。
待ち望んでいた瞬間が来たのだから。
 発射されたレーザーは胴体中央に着弾した。
中枢にダメージが及んだ。

「くっ! ダメージを受けすぎたか!」
 ザコのパイロットであるアガタ・クロキ曹長はコクピットの中で喚いた。
すでに中枢にダメージが及んでいていつ撃墜されるかわからない。
 「・・・引くか・・・」
今まで引くに引けない戦いが続いていたがこれからはそれではいけない。
貴重な戦力をすり潰すわけにはいかないからだ。
 クロキ曹長はジャンプ・ジェットを吹かして後退を開始した。
だが無念な思いがある。
 「・・・同志達よ・・・この無念、必ずや晴らして見せるからな・・・」

突然、ザコがジャンプ・ジェットを吹かして後退を開始した。
 「逃がすものか!」
後退を開始したザコを追いかけようとした時いきなり無線が入った。
『エカテリーナ! 追うな! もし君に何かあったら俺は・・・』
 「はい! 何ですか!」
声を裏返しながら聞き返す。
『あっ・・・いや、その、よっ夜の深追いは危険です! この密林の中では容易に敵のSRM歩兵の接近を許すことにもなります! それよりも負傷者の救出を優先してください・・・』
 「わ、わかりました・・・そうしましょう・・・って、クラーク伍長! 死んだと思ったんですよ!」
一瞬にしてどこか遠い所に飛んで行っていた意識が戻って来てクラーク伍長を怒鳴りつける。
『あ、悪運だけは強い方でして・・・すいませんが援護してください・・・脚をやられているので』
「わかったわ・・・他には?」
 『ヘリは待機中ですね? そうしたらここから一キロほど南の地点に呼んでください・・・さすがに負傷兵とゲッツ准尉をつれてLZまでたどり着くのは困難です。
アーバイン少尉たちのもそう連絡してください』
「わかったわ・・・すぐに手配するわね」
 『ふぅー、なんとか約束は守れそうですね・・・』
「約束?」
 エカテリーナ曹長が不思議そうに問い返した。
『あはは・・・忘れてます? 帰ったら飯を食べましょうって約束ですよ?』
「あっ・・・」
エカテリーナ曹長の顔が赤くなった。
 『まあ、楽しみにしててくださいよ・・・』
クラークはそれだけ言うと通信を切った。
 エカテリーナ曹長は顔を真っ赤にしながらクラーク伍長を掬い上げ、撤退した。