『発見』 作:Coo
魔界盆地におけるゲリラ戦が続く。
密林地帯におけるメックの機動力は見るべくも無く、戦いはまるでベトナム戦争のようなゲリラ戦が主体になっていた。
だからと言って決定的な戦力はやはりメックである。それは覆らない。
アイアース基地から西へ100q程行った所の上空をカーティス准尉が飛行している。
定期偵察任務の為であるが現在飛行しているポイントは主戦場となっている魔界盆地周辺とはかなり離れた位置である。今日の定期偵察はここを中心に、といわれたのだ。
「まったく・・・うちの諜報部は何を考えているんだか・・・写真偵察? そりゃ結構だがここに何がある?」
ぼやきながらカーティス准尉はキャノピーの外に見える地上を見た。
この辺りは魔界盆地のように密林化はしていなかったが、核爆弾投入直前の地上戦で大きな被害を受けた沿岸の小都市部が広がっていた。爆発によって発生した衝撃波の影響もあり、人は住んでいない。
「・・・まあ、新しく搭載したカメラのテストにはもってこいか。」
エンドウ中尉とセリア少尉が改造・軽量化を図り気圏戦闘機に外付けの偵察ポッドを取り付けたのである。そこには、新型カメラもついていた。新型カメラ・・・ソフトウェアを改良しただけではなく、精度もずいぶん向上している。特に赤外線探査は、機体自身からもれる赤外線に影響されること無く、かなり微弱な反応も捕らえられる、との事だった。そう、例えば人間も。
「どうも効果が怪しい気もするが・・・とりあえず始めるか。」
怪しんでいるだけでも仕方が無いので計器のスイッチをONにした。
気圏戦闘機に搭載されたレーダーアンテナを利用するため精度は高い。
また三角測量の要領でかなり正確な位置がつかめる。
偵察ポッドは従来のモノに比べてより詳細な情報を得る事が可能になった。
ピンポイントでの調査が可能でありジャングルやこの様な廃墟での探索ではおおいに力を発揮すると期待されている。センチュリオンは旧都市部の東側から速度を落として侵入した。
「セクター1、異常なし・・・セクター2異常なし・・・セクター3異常なし・・・!」
いくつめのセクターを探査した時だろうか、サイト内に複数の反応を感知した。
一瞬、敵機動兵器かと思ったが反応していたのは新しく積み込んだ赤外線センサーであった。
すぐに画面を切り替えて詳しい情報を呼び出した。
セクター4・・・都市の中心部に計40名以上の人員とおぼしき反応集まっているのが判明した。
間違っている可能性は低い。
カーティス准尉は残りのセクターの探査をする。まばらではあるがいくつかの人の反応が検出された。元から住んでいる人間・・・というのは無さそうである。
ここに住んでいた人間は惑星各地に散って行ったとの事であるし、この荒廃ぶりでは新しい住民が住みつきたいとは思わないだろう。付近の住民から怪しい奴らがこのあたりに出入りしている、との情報もある。かなり胡乱なものと判断していたが、実証された今となると・・・
「ドラコの野朗か・・・さっそくセンサーが役に立ったな。」
情況的に反応はドラコ兵に間違いはないだろう。
敵もまさか自分達がレーダーに探知されているとは露知らず、息を潜めている。
カーティス准尉はすぐにでも攻撃に移りたかったが、情報を収集することに専念した。
爆装していたとしても、気圏戦闘機で都市部に散らばった歩兵を相手にするのは効率が悪い。メックにとっても、都市部は鬼門だ。たとえそれが、廃墟だとしても。
「これはナイトストーカーの仕事だな・・・まったく、ドラコめ、何を企んでいるんだか。」
カーティス准尉は都市の地形情報を詳しく収集しはじめた。
もちろん、SAMや対空砲に対しての警戒は怠らなかった。
しかしこれが、ドラコの部隊に効果的な警告を与えたことには気付かなかった。
カーティス准尉の帰還から数時間後、アイアース基地の一角にある作戦会議室に多数の人員が集まっていた。
カサンドラ少尉に車両分隊の一部、スキマー分隊ウツホ班の面々、現在クラーク伍長と一緒に狙撃兵としての腕を磨いているラヴィ伍長。
会議室の一番後ろに陣取っている異様な集団・・・全員短髪でバルグレイ曹長に至ってはスキンヘッド・・・最近編成されたバルグレイ曹長指揮下の工兵隊である。工兵隊というよりもむしろ海兵隊というイメージが近いかもしれない。
伊達に“鋼鉄の体を持つ工兵隊”とは呼ばれていない。他の歩兵小隊の面々に比べてその体はかなり筋肉がついている。
彼らの横には比較的若い兵士達が座っている。
惑星軍で最近編成された偵察部隊の兵士達である。彼等は現在、この基地においてナイトストーカーから訓練を受けている。
全員、ヘスティア攻防戦における歩兵戦闘を生き残った者たちであるが練度は発展途上にある。
室内はざわついていた。
その様を見て、クラーク伍長は一人ごちた。
「ようやっと仇を討てたってのに余韻に浸る間もなく次の作戦か。」
何はともあれメックを取り戻したとは言うものの、状態はこれ以上無いほどひどい。このままでは失機者とさして変わらないだろう。意識はどうしても、メックの事にふらつきがちだ。
そのクラークも、ギリアム大尉が現れると気を引き締めた。周りの皆も私語を止める。簡単な挨拶をしたあと、ギリアム大尉はブリーフィングを開始した。
「本日、偵察飛行中のカーティス准尉がここから西に100q程離れた沿岸に広がる都市の廃墟を偵察してきた。その際に廃墟の中心部にドラコ軍の歩兵と思われる反応を探知した。」
ギリアム大尉の後ろにあるスクリーンに都市部の映像が映し出された。
「分析によると、確認できる限り約三個小隊の歩兵部隊が駐屯している。その他の兵力については不明だがINFやAPCなどの歩兵支援車輛が潜んでいる可能性がある。メックについても同様だ。ここにいる連中の目的は不明だ・・・何かを発掘しているのかも知れないし、後方に回り込むための中間地点かも知れん。どちらにしろ我々にとって不利益を被るのは間違いない。」
ギリアム大尉がリモコンのスイッチを入れるとスクリーンに矢印が現れた。
「敵の兵員がもっとも集中しているのはここだ。資料によれば旧市街中心部に位置する情報センターだ。ここは旧大戦時に軍が徴用し要塞化が図られている。」
3Dの映像がスクリーンに映し出される。
「カーティス准尉が撮影した映像を解析した物だ。周辺には背の高い防壁、四方は大通りで見晴らしが良い。しかし、東側の防壁は破壊されていてここだけ防備が甘い。ここを突破口として内部に侵入する。」
スクリーンに映し出された映像が消える。
「都市部東側よりジープ及び高速INFを使用して侵入する。可能な限り素早くセンターに取り付き制圧する。司令部の制圧はナイトストーカーと惑星軍偵察部隊の一部が担当する。工兵隊と残りの偵察部隊は司令部周辺の敵を掃討する。また支援の為にフェレットにも増槽をつけて飛んでもらう。メックももしもの時の為に近くで待機する予定だ。」
ギリアム大尉は全員の顔を眺めてから口を開いた。
「施設周辺の戦いは熾烈を極めるであろう・・・だが諸君等なら必ずやり遂げると信じている。各員の健闘を祈る。」
ギリアム大尉が敬礼し、部屋にいる全員が答礼した。
「それでは士官、班長を残して退出してよい・・・出発は明日の早朝だ。」
カサンドラ少尉、バルグレイ曹長、ウツホ軍曹、惑星軍偵察部隊の分隊長を残して皆が退出していく。
彼等はこれから明日の作戦について詳細を詰める作業に取り掛かった。
カサンドラ少尉達の作戦会議が終わった後、作戦に参加する兵士達は別々の部屋でそれぞれの任務の確認を行なった。
今回の作戦ではカサンドラ少尉がウツホ班の指揮を執ることになった。
各部隊の主な任務は以下に挙げる通りである。
NSウツホ班・カサンドラ少尉以下車両分隊から5名・拠点制圧
工兵隊・バルグレイ曹長以下21名・周辺敵兵力掃討及び障害の排除
惑星軍偵察小隊1・シフォン軍曹以下28名・拠点制圧
惑星軍偵察小隊2・フェンリ軍曹以下28名・周辺敵兵力掃討
機甲兵力
大型INF4輌・ジープ6輌・フェレット1機
メック部隊はカナヤ小隊が作戦に参加する。また、直接参加はしないが、惑星軍の民生メック1個小隊が陽動を行うことになっている。
支援戦力としては医師と医療スタッフを積んだトラックが後方に待機することになっている。
各部隊毎のブリーフィングが終了する頃には夕食の時間になっていたのでうつほ軍曹は食堂に向かう。食堂は混み合っていたものの座れない訳でもなかった。
「ここ、いいかな?」
席が一つ空いていたのでそこに陣取っていた一団に声を掛けた。
「えっ? は! どうぞ。」
そこにいたのはうつほ軍曹が指導の一部を担当していた惑星軍の偵察小隊のメンバーだった。
「どうした? 辛気臭い顔をして?」
「いえ・・・ちょっと・・・」
見れば誰も食事に手をつけていなかった。明日の出撃を前に緊張しているのだろう。うつほ軍曹は、まずいな、と思った。今からこんなことでは、作戦に支障が出る。少しばかり、士気を鼓舞しておいたほうがいいだろう。
「まあ、気持ちは解らんでもないがな・・・俺もぶるっちまう事があるさ。」
「はぁ・・・そんなもんでしょうか?」
「おいおい、俺だって人間だぞ? 恐い物は恐いさ。」
うつほ軍曹はシチューを食べながら答えた。
「それでもまあ、飯は食った方がいいぞ? 一度任務に出ちまったら次に何時、暖かいめしが食えるか解らんし、体力が足りないせいで不覚を取ることもあるからな。」
「やはり・・・きびしい戦いになるのでしょうか・・・」
パンにバターをつけながら答える。
「いざとなったら俺達もいるし工兵隊もいる。何より、指揮官はギリアム大尉だ。元ナイトストーカーの指揮官だ。」
ナイトストーカーという頼れる戦力がつくことも、見た目がとにかく頼もしい工兵隊のことも、彼らの顔色を良くはしなかった。しかし、指揮官のギリアム大尉のことを持ち出した時に、彼らの顔はわずかに明るくなった。うつほ軍曹は、ギリアム大尉が、いまだわずかに脚を引きずっていることを伏せておいた。
「ギリアム大尉は、ナイトストーカーの前身、シャドウストーカー時代からの歴戦の猛者だ。特殊作戦の指揮には慣れているし、引き際も心得ている方だ。けして、無茶な命令を出したりしない。安心していい。」
ここで、惑星軍の若者たちの顔は、ようやっと見れる程度になってきた。
「はい・・・解りました。」
うつほ軍曹は満足そうに頷いて答えた。
「良し・・・それじゃあ明日に備えて飯を食え。」
わずかながら緊張を解いた惑星軍の面々は、やっとまともに食事を取り始めたのだった。
夕食後、クラーク伍長はラウンジでカーティス准尉とチェスをしていた。
二人ともチェスの腕はほとんど互角ではあるが、カーティス准尉の方が毛一本上である。
「それでいいのか?」
カーティス准尉はポーンを手に持ったまま考えているクラーク伍長に尋ねる。
「まだ手を離していませんよ。」
盤を見ながらクラーク伍長は言った。
「どうせ三手で勝ちだ・・・あきらめなって。」
コーヒーを飲みながら言うカーティス准尉にカチッときたのかムスッとした表情で顔を上げた。
「自分なら相手の心配をするより自分のクィーンを見張りますがね?」
するとカーティス准尉は肩をすくめながら言った。
「クィーンならベッドで待ってる。」
「・・・よく言いますね。」
クラークは、上官相手のために女ったらし、と言いたいのをこらえた。それでもかなり無礼なものいいである。
「ふん、ロリコンに言われたくは無いな。おれは健全だ。」
二人の間に、無言の気のぶつかり合いが起きた。が、クラークのほうから気を収めた。
「まったく・・・相変わらずですね。」
「ほっちおけ。だがなクラーク、クィーンは実際ベッドで待ってるぞ? 俺も、お前もだ。」
「・・・そうですね。」
いきなり真剣な表情になったクラーク伍長は懐に手を入れて封筒を取り出した。
裏にはエカテリーナへと書いてある。
無言でカーティス准尉に封筒を渡そうとする。
「遺書は預からない。」
カーティス准尉は受け取りを否定した。だが強引に手に握らせた。
「頼みます・・・かならず生きて帰って来ますから。」
しばらくどうしようか考えていたカーティス准尉だったが意を決したように言った。
「作戦終了後、かならず返してやろう。」
その言葉を聞くとクラーク伍長は安心したように言った。
「ありがとうございます、カーティス准尉。」
そこで今日の勝負はお預けとなった。
明日に備えてクラーク伍長が部屋に戻ると言ったからだ。
恋人達の一夜は、静かに過ぎていった。