『見積もり』 作:ミッキー    戻る  トップへ

 トットリ基地を陥落させたあと、パエトン基地は事後処理に忙殺されていた。トットリ基地で捕獲したバトルメックを初めとする戦利品の運搬、リストアップ、貯蔵。捕虜の処遇。情報の収集と分析。傷ついたバトルメックの修理。魔界盆地から引き抜いた部隊の魔界盆地への送還。これららを円滑に運ぶための事務処理の山。
 
 そして・・・なにより、敗走した残党の追撃。うまく追撃したことにより、加奈子中隊の残党が魔界盆地方面に逃げることは阻止し、後は追いつめるだけである。しかし、追いつめるためには遠距離まで補給物資や修理器材を運ばねばならず、これにも膨大な事務処理と後方要員の労働が必要とされた。

 とはいえ、日が経つにつれてこれらの事後処理もある程度目処がつき、多少の余裕ができつつあった。かくして、整備兵のカミール伍長は、一つの命令を受けたのである。

 「クラーク・エアハルト伍長のシャドウホークについて、正確な損傷状態と修理の見積もりについての報告書を提出せよ。」

 カミール伍長は、この命令書を受けとった時、このように質問した。
 「あの! シェリル大尉! ・・・質問していいですか?」
 「ん? なんだい?」
 シェリル大尉は、その恰幅のいい頼り甲斐の滅茶苦茶有りそうな体を立ち止まらせて振り返った。忙しいので、シェリル大尉は早くも行ってしまうところだったのである。  
 「あの、これは一体どういう・・・」
 「どういうって、そのとうりの意味だあね。」
 確かに、意味は明白である。しかしだ・・・
 「あのう・・・私は通常の整備や修理も割り当てられているのですが・・・この仕事まで行うというのではちょっと・・・」
 カミール伍長は損傷したメックの修理が日常整備の他に割り当てられている。これにシャドウホークの報告書作成までやるとしたら、ものすごいオーバーワークになってしまう。
 「なんだい、それっくらい。あたしだったら片手間にやっちまうよ。お前も一人前と認められるためには、それくらい早く仕事ができるようにならなきゃあね。」
 確かに、軍曹や曹長の階級である先輩整備兵達は、大抵カミール伍長よりずっと早く仕事を進める。彼らであれば、この程度の仕事なら少しオーバーワークだな、程度で片づけてしまうだろう。どう修理したらいいのか調べたり、どう整備したらいいのか考えたりする時間がなく、ロスタイムが圧倒的に少ないのだ。さらに、一つ一つの動作が正確かつ速い。
 「いやでも、俺みたいな下っ端には、こんな重要かつ難しい仕事までというのはちょっと無茶ですよ・・・」
 カミール伍長は、シェリル大尉に半泣きで訴えた。

 「この仕事はね、うちの部隊がバトルメック戦力を増強するために、早いうちに何とかしなければならない重要な案件なんだよ。かといって、腕のいい奴は手強い修理に駆り出されているんだ。手の空いているお前さんがやるしかないんだよ。」
 カミール伍長は、手が空いてなんていないとか大変すぎるとか色々といいたいこともあったものの、結局はその言葉を飲み込んだのであった。これ以上言うと、シェリル大尉の顔が、“頼り甲斐のある”優しい表情から、“恐ろしいことこの上ない”プレッシャーの権化モードへと変わりそうだと思ったからである。NAISに引き抜かれてもおかしくないほどの腕前の彼女である。当然、整備の腕前の他にも、色々とすごいところはあるのである。これ以上、下っ端の彼には、何も言えなかったのであった。

 かくして、カミール伍長は部下の助整兵に愚痴った。
 「無茶だろう? 通常整備にメックの修理にタウロス戦の時点で大破状態のシャドウホークの修理見積もりだ。」
 「そうですね・・・・しかも、このシャドウホークは他のメックの部品取りのために使われていたんですよね。」
 「ああ。あちこち部品が欠落している。これをまた元に戻そうってのは・・・ちょっとやそっとの仕事じゃない。もちろん、見積もりといったって、欠けてる部品の全てをリストにするのは相当骨が折れるぞ。」
 「直すとなると、そのリスト分の膨大な量の部品が必要ですね。そんな金、あるんでしょうか・・・?」
 「さあてなあ・・・見積もりを出せって事は、あるんじゃないか? それとも、見積もりの金額を見てから直すかどうか決めるとか。」
 「見積もりを任せられたからには、シャドウホークの修理自体も押し付けられるんでしょうねえ・・・」
 「道は、果てしなく遠そうだな。」
 「ええ。」
 「「「はあぁぁぁぁ。」」」
 カミール伍長と助整兵達は、皆ウンザリとした顔つきでため息を吐いた。

 とはいえ、ブラッドハウンドの整備兵は、皆、結構優秀である。普通なら伝家の秘伝としてなかなか教えてもらえないメック修理の奥義という奴を、いくらでも教えてもらえるという非常に開放的な部隊なのだ。通常の閉鎖的で頭の固い整備部隊と違い、伝家の秘伝を守るために何一つ技術を教えないというわけではない。それどころか、頻繁にメックの構造学やら修理方法についての講習会を開き、部隊全体の技術を高めるために大変な努力をしている。
 そのため、助整兵から整備兵への昇格も早く、士気の向上にも寄与している。
 カミール伍長と部下の助整兵5名の行動は、迅速かつ正確だった。一日13時間労働15時間勤務という超過勤務で、担当させられたメックの修理を終わらせたのである。シャドウホークの損傷調査に集中できる時間を確保したのちにも同じ超過勤務を続け、命令が下されてからしばらく後・・・
 シャドウホークの正確な損傷具合、必要とされる部品のリスト、これらの部品の調達にかかる金額の見積もりが提出されたのである。 

パエトン基地司令室にて、その日、基地指令のリリム・フェイ少佐とシェリル大尉は、この報告書を見ながら善後策を検討していた。
 「ふうん・・・駆動装置各種、右腰、装甲、マイアマーがごっそり、オートキャノン。その他にも熱伝導チューブやら配線やらフィルターやら・・・細かい部品まで合わせると、30万近くになるわけね?」
 「ええ。そうやねえ・・・ちょお〜〜っとお高いやねえ・・・それに、周辺部品の値段は入れていないからねえ・・・それも入れるともっとお高くなるやね。」
 リリム少佐の問いに、シェリル中尉は困ったような声で答えた。
 「さすがに、これだけの出費をポンと出せるものではないし・・・部品を取り寄せるとなれば時間も大分かかるわ。応急修理とか、今度の戦利品の中から使えそうな部品を探すとかはできないかしら?」
 これが、現実的な方法というものである。 
 「鹵獲したウルバリーン・・・改造してヴェノムと呼んでいたみたいだけどねえ、これの部品を流用すればなんとかできないこともないんだろうけどねえ・・・こっちは、エーサウルスにバスタード、アースウォリアーにウルヴァリーン改と、4機も同型があるもんでねえ・・・そっちの予備部品として取っておきたいんだよねえ。」
 「そうね・・・私もそう思うわ。メックの操縦をまともにできない子にそこまでの投資はできない。かといって、直せないとなると、クラーク伍長の士気も下がるでしょうし。どうしたものかしら・・・」
 リリム少佐が考え込んだ。シェリル中尉も考え込んだ。恐ろしいまでの腕前を持つ彼女は、今まで、その応急修理の腕前で何度も部隊を救ってきた。有り合わせの部品で戦力を整え、勝利に貢献しているのである。その彼女の脳裏に、一つの妥協案が浮かんだ。
 「う〜〜ん、なんとか、もっと安く上げる方法もあるにはあるけれど・・・本当に動かせるようになるだけでねえ・・・どうしたものかねえ・・・」
 「なに? 貴重な戦力を確保するためよ。何でも言ってちょうだい。」
 「実はねえ・・・(ボショボショ)」
 堂々というにははばかる内容なのか、別に聞いている人もいないというのに耳打ちするシェリル中尉である。
 「・・・できるの?」
 「できる事はできるけど、やっぱりどうしてもその場しのぎでねえ・・・やっぱり、正規の部品のほうがいいことはかわらないというわけなのだねえ。」
 「・・・でも、今はそれしか方法がないわ。なんとか、クラーク伍長を納得させる方法を考えないとね。」

 かくして・・・ナイトストーカーとして出撃準備をしていたクラーク伍長の元に、一通の書簡が届けられることになった。

 「完全に修理する場合、最低でも部品取り寄せまでに7週間を要し、部品代は38万5240Cビルに及ぶ破損状況である。部隊の現在の財政ならびに補給状況を鑑みるに、貴君のシャドウホークの修理は後回しにせざるを得ないと判断され・・・な、なんだってえぇぇ!!!!」
 倉庫内にクラークの悲痛な叫びがひびいた。
 「なんだなんだ?」
 「どうした?」
 当然ながら、何事かとナイトストーカーの仲間が集まってきた。
 「いや、それが・・・これを見てください・・・親父のシャドウホークが、再建を後回しにされるという通達なんです・・・」
 「シャドウホークの再建が後回し・・・という事は、当面ナイトストーカー勤務って事か?」
 「そっちのほうがいいんじゃないか? お前の腕じゃあメックに乗っても活躍なんてできんだろう?」
 「そういえば、マディック大尉の好意でグリフィンを借りられるはずが、お前の操縦が下手すぎておしゃかになったんだったよな?」
 「はぐっ!!」

 同僚達の容赦のない突っ込みに、クラークはのけぞった。かろうじて体を支えると、恨めしそうな声で訴えた。
 「いや、しかし、ですね、メック戦士としての名誉と領地を取り戻すためにはどうしても早いところメックに乗れるようにならないといけないんですよ。それなのに・・・」
 「いやまあ、そうだろうけどさ。まともに乗れないバトルメックなんてあってもしょうがないだろう?」
 「いやですから・・・(涙)」
クラークはすでに泣きそうになっている。いや、泣きそうというかなんというか、すでに目尻に涙が盛り上がっていたりする。これ以上いじめないほうがいいと思ったのか、別に緊急事態ではないということを確認したからか、同僚達は三々五々散っていった。

 シグル伍長を除いて。

 「ふ〜〜ん・・・? 結構な金額が必要なんだな・・・詳細は別紙A−1からA−10を参照か。ん? 12枚あるはずなのに11枚?」
 シグル伍長は、興味深そうにクラークから受け取った通達書を読んでいる
 「12枚目は・・・別紙B、再建方法の選択? ・・・おい、クラーク、これを良く見ろ! 以外と早く再建してもらえる選択もあるぞ!」
 「なんだって!?」
 クラークは、ひったくるようにして通達書の最終ページを読んだ。

 「前記の費用と部品取り寄せに時間のかかる方法とはべつに、早期に再建が可能となる方法を示唆する。但しこれは、あくまで応急処置的なものであり、早期に戦場にて資金を得て正規の修理をするまでの代替手段として(中略)トットリ基地で獲得した民生メックや戦車の部品を代用部品として使うことにより、限定的ながら稼働状態までシャドウホークを修理できる見込みである。部品の新規購入費用はゼロであるが、部隊の備蓄を使用することには変わりなく、その金額は部隊への借金としてカウントする。但しこれには熟練したテックによる煩雑な作業が必要であり、状態の良いバトルメックの修理に忙殺されている現在は後回しとなる。しかし、少なくとも2週間以内には修理を開始することが可能で(後略)」

 「いやっほう! とにかくシャドウホークが修理されるんだ!」
 クラークは、大喜びで飛び上がった。
 それを見ながら、シグル伍長は気の毒そうな顔をしていた。
 バトルメックを修理するのに、民生メックの部品で応急修理とは・・・情けないにも程がある。普通のメックウォリアーであれば、屈辱に打ち震えるところだ。しかしクラークは大喜びしている。メックの再建は当面絶望というどん底状態をまず突きつけられたため、“普通なら屈辱的な修理”が、非常に良い状態と錯覚させられているのだ。
 交渉の常套手段である。まずどうしようもないほど酷い条件(値段、量、時間等)を突き付け、しかる後にある程度は増しな条件を提示する。こうして酷い条件を“あたかもいい条件で有る”かのように錯覚させるのだ。
 (「クラーク・・・本当ならピカピカのシャドウホークでばりばり稼いでいることもできる御身分だったってのに・・・民生メック部品での応急修理に大喜びして・・・こんな常套手段に引っ掛かるなんてまだまだ未熟だぞ・・・」)
 シグル伍長はそう思ったが、口に出したりはしなかった。何も、わざと波風立てることはあるまいとおもったからである。
 かくして、クラークは、メックウォリアーへの道をまた一歩進んだのであった。