ようやく基地に帰投したマディックは詰所に隣接した事務所で報告書を作成していた。
当初生存者の救出が目的と思われたドラコ軍側の偵察部隊の浸透は、その実予想外に多単位であり、綿密なる地勢調査も含む本格的なものである事が判明し、こちらも偵察部隊を増強して事にあたっていたのであるが、有力な戦力を含む部隊の存在が確認されたとの報により、機動性が比較的高いマディック小隊(正確には分隊である、あくまでも)が急遽派遣される事となった。
・・・・のだが。
戦闘ユニットらしき反応は、結局こちらの反応を探る為の偵察行動だったのか、殆ど満足な挑発行動もせずに離脱を繰り返し、最終的には後退していった。
正直、マディックは敵の動向に一筋縄では行かない「何か」を感じとりつつあった。
今までブラッドハウンド中隊が擁する防空哨戒戦力は事実上コルセアタイプのASF1機のみ。
孔だらけの防空態勢をついて新たな部隊が降下を果たした可能性さえある。
以前相対した敵の中にはジャンプポイントから直接惑星方向へ向かうのでは無く、一旦恒星をかすめ、双曲線軌道を用いて赤外線反応を隠匿したまま惑星に接近すると言う荒技を用いる奇襲部隊もあったのだ。(※1)
通常の「赤外線探査」の実施(※2)だけでは決して安心は出来ない。
そこで、彼は哨戒状態から無線封鎖したままで(敵支配領域深くへの)強行偵察行動実施を決定、僚機と共に挑発行動を繰り返しつつあり、つい先ほど帰投したのだった。
結果は・・・最悪と言う言葉は実は遠いところにありて、下には下がある。これを最低最悪と決めつけるなかれ と言ったところか?
少なくとも状況の悪化は間違い無い。
一度は逆転したと思った戦力比は再度相手側に傾いた。
そう言うことだ。
先の戦闘後の「メックを返す返さない」の話は当分棚上げになるだろう。少なくとも実施については。
さて、意図的に意識をそちらに向けずにいたのだが。彼には今一つ頭の痛い話があった。 任務に追われている内に会う機会を失ってしまい、未だ(直接)顔を見ていない息子(とカミさん)。
確かオヴィンニクが降下してはや3日、その間ほったらかしである。しかも防諜上の理由から何故彼が会いに行っていないかも説明はされておるまい。恐らく。
それを考えるとなんとも気まずい。任務で止むを得なかったんだから堂々としてりゃ良いじゃないか?ってぇのは正論なのだが。要は後ろめたいのである。
何故なら「逃げ」の姿勢が自分の心にあった事を否定出来ないから、だ。
隠し事のある人間は饒舌になり、後ろめたい事のある人間は気を遣う(とは限らないが)。
対面した時は、その精神動静が「公正な判断能力に支障をきたさぬ」様に気をつけなくては、と考え、それも逃げの糊塗する行為ではないか?と自問自答する・・
本当なら先に報告書を仕上げ、その後じっくりこの問題に取り組む予定だったのであるが、いつの間にか思考はさまよっていた。
それはこの部隊独特の慣習(?)も影響していよう。
ブラッドハウンド中隊の報告書の形式は中佐の意向か、意図的に特殊なものになっている。
報告書は全て「完全な手書き」か「物理タイプライター(完全電子化されたもので無いと言う意味、電動タイプライターでも可である)を用いたハードプロットアウト」しか認められていないのだ。
勿論タイプライターを使用した場合は手書きのサインの追加が必須となる。
何故にこの様な形式を採るのか、その理由は公にされていないが、電子情報のみでの記録保持に対して何らかの危惧の念を抱いているのだろう。
その是非は別として、当然の帰結として事務所は異様に騒々しい空間に変貌する。
悪態・悲鳴・唸り声・タイプ音・擦過音・紙を丸める音
或る意味、実際の戦場以上に過酷な環境かも知れない。
自分が消費した弾薬数の矛盾に悲鳴を上げる位ならまだ良い方である。
そんな訳で、報告文章に詰まったマディック大尉が視線を斜め上方28°距離643.7mm丁度に構えたまま、先の「家族について」の思考に彷徨い出すまでそう長い時間を必要としなかったのである。
だがしかしである。
僅か23歳の彼に実践に裏打ちされた建設的かつ現実的結論が出せよう筈もなく、さっき聞いた噂を反芻するだけの状態に速やかに移行する事になる。
(馬鹿の考え休むに似たり。名言ですな。それはさておき、ダメじゃん、マディック、試験前日の学生みたいだよ?それじゃ)
さて、その噂とは。
このSSを通読していらっしゃる面々には既知の事実でありますが彼にとっては初耳のお話。
息子、セイが「守護天使小隊の面々によって手厚く遇されている」と言うもので、その具体的内容については洩れ聞こえたと証言される悲鳴を含めて様々な憶測が乱れ飛んでいると言うアレである。
「「まあ、良識あるMW、しかも同僚の事、人生の後達として学ぶべきものも多かろう。」」そう考える。考えが甘いぞマディック。
「「場合によっては尻拭いをしたつもりでもっと大きな尻拭いをしてもらっているのかも知れないのだ。」」うん、殊勝な意見だが、現実に即して無いよ。
「「まあ、いつの間にか概ね馴染んで来ている様じゃないか。検査も問題無かったそうだし、俺が心配性だっただけかも知れない」」
そう考えて、汗ばんで妙な癖の付いた髪を左手でかき乱しながら一呼吸。
(何故か)顔色を失い、涙を滲ませたセイの顔が目の前に浮かぶ。
「にてるんだよなぁ、流石親子。けど俺より良い男になりそうだよな、この顔は。」
独り言が口をついて出る。疲れてますね?しかし疲れていてもつい笑みがこぼれる。彼も人の子な(らしい)のだな。
但し息子の顔を思い起こして微笑む姿など・・・死んでも他人にみせまいとすると思うが、性格上。
「早く会いに行ってやらんとなぁ・・・初めて会う息子な訳だし、あの姉さんにも(まだ名前で呼ぶ異に慣れていない様である)顔みせてないしなぁ」
目に浮かぶセイの表情が動いた様な気がする。
違う
いるんだよ、マディック、目の前に。
RR曹長の尋問からやっと解放され、色んな意味でうちひしがれたセイが。
「お?」
「パパ!」
目の前で微笑んだ父に飛びつくセイ
何事も真実に気が付かない方が幸せな事もある。
黙っておいてあげるように。
幸いその直前の間抜け顔と台詞は目にも耳にも入らなかったようであるからして。
それから数秒後、母の元へ父を引っ張って行く一陣の風が事務所内の空気を撹拌し・・・数ダースの書類を宙に舞わせた。
知らないよ俺ゃ。
いや、知ってるが。
責任をとるのはマディックだ。
きっと暫くの間雑用が舞い込んで来るに違い無い。
いろんな意味で忙しくなるよ、きっと。
笑える話も笑えない話も。