『セイちゃんの受難 天使の策謀後編 』
 惑星カウツ?のパエトン基地。そこの、下士官用宿舎の一室に、黒髪に黒い目、色白の純和風美人が帰ってきた。彼女の名はユミナ。マディック大尉とは浅からぬ縁ある女性である。
 「ふう・・・」
 ため息を一つ吐いて、ベッドに横になる。2段ベッドが一つと、小さな机と椅子。他には物を収納するキャスター付きの収納箱が数個有るだけの部屋である。あとは、大きなトランクが二つ。数日以内に、別の部屋を用意してもらえるよう頼んでみる、とマディックはいっていたが・・・
 「あの子、あんまり変わってなかったわね・・・良かった・・・」
 ポツリとつぶやく。はしゃぎまわるセイに付きまとわれて、満更でもない様子だったマディック。今夜、セイはマディックから離れたくない、といっていた。自分もマディックの部屋に行きたいと思ったのだが、それはさすがに困るという。同僚がいるのだ、といっていた。まだ、修理が終わった宿舎への引越しが終わっていないのだという。仕方がないので、ユミナは一人でこの部屋に帰ってきた。セイは、シュミレーターに夢中になって、ユミナの事などまるで眼中になくなってしまったのだ。少し、寂しい。でも・・・
 引越し・・・それが済めば、3人で暮らせるようになる。
 ユミナは、思い切った行動に出て良かった、と思った。
 もう、寝ようか? 今日は、実に疲れた。マディックと再会を喜ぶ暇もなく、セイにさんざん引っ張りまわされたのだ。 
 お風呂は、既に済ませている。基地内に数箇所有る、妙に豪華なお風呂に入ってきたのだ。そういった施設があるせいか、この基地の個室には、バス・トイレのついている部屋は極少数だという。
 そんな取り止めのない事を考えていた時、部屋の外には、彼女とセイの宿敵たるガーディアンエンジェルズの一人が近づいていた。
 
 「ふふふふ・・・将を得んと欲すればまず馬を射よ。名言ですわね・・・もう、逃しませんわ・・・ふふふふ・・・」
 
 ほくそ笑む宿敵が無防備なユミナに迫る! 
 マディックはセイと遊びほうけている! 危うしユミナ!!
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コンコン、と、ドアが叩かれた。
 「はい、どちら様でしょう?」
 「今晩は。ユミナさんですね? 夜分遅くすいません。私は、火力小隊長のマルガレーテ中尉です。」
 不意の客は、恒星連邦に所属する傭兵部隊に支給される軍服を一分の隙もなく着込んだ美少女だった。階級章は、確かにメック小隊を指揮する中尉の物である。
 「まあ・・・貴方のような若い女性が? いえ、失礼しました。」
 思わず疑問を口に出してしまったユミナは、慌てて謝った。
 「いえ、気にしなくて結構ですわ。実際、今年士官学校を出たばかりですものね。」
 そう言って、にこりと笑う。ユミナは、この若い中尉に好感を持った。
 「それで、一体どのような御用件で?」
 「はい。実はですね、私たちの小隊で、貴方の息子さんのセイ君を、従卒として雇いたいと思いまして。隊員達もみんな、セイ君がとても気にってしまいまして、是非にといっているんですよ。」
 「まあ・・・」
 ユミナは、早くもセイに部隊員としての仕事が回された事を素直に喜んだ。ブラッドハウンド中隊のように、家族や郎党を引き連れて惑星を渡り歩く部隊には、余剰人員をただ養っておく余裕はあまりない。メックウォリアーの妻でさえ、まかない等として仕事を与えられる事がしばしばである。当然、子供も次代の兵士として厳しい訓練と学習を行う傍ら、様々な雑用を与えられる。だが、部隊に到着してすぐにメックウォリアーの従卒というきちんとした役割を与えられるとは、願ってもない事だ。メックウォリアーの身の回りの世話をしつつ、様々な訓練を優先的に受けさせてもらえたりもする。
 「でも、あの子に勤まるでしょうか?」
 それでもユミナは、母親として当然の心配をした。
 「大丈夫ですよ。セイちゃんが聡明な子だというのは、すでに良く知っています。私達とも顔見知りですし、知らない人達の所に行くよりは良いですよ。私達も、手取り足取り仕事を教えますから。」
 「そうですか・・・」
 その後、二人は細かい契約内容についての話題に移っていった。大人の歩兵並の給料と、彼女たちが契約満了に伴ってこの星を去る最に契約の更新をするかいなかの選択権、訓練費用などの負担をガーディアンエンジェルズ小隊が出す事など等。どれも、文句の付けようのない条件で有る。
 「では、こちらにサインを。」
 「いえ、でも、マディックにも相談しませんと・・・」
 「あら、セイ君の親権は、マディック大尉には有りませんわ。セイ君を認知するとの書類すらまだ提出していませんし。法的には、貴方しか権利を持っていません。それに、これ以上の好条件なんて有りませんわ。マディック大尉も、反対なさるはず有りませんでしょう?」
 「ええ、まあ、確かに素晴らしい条件ですけど・・・」
 「こちらがこれだけの誠意を見せましたのに、まだ躊躇なさるのですか?」
 マルガレーテが、疑われている事への失望と・・・少しの非難を込めた目つきをする。ユミナは、自分がとても悪い事をしているような気分になった。
 相手は、中尉なのである。この辺りはやはり、軍人社会で育った以上、仕方ないだろう。
 「そうですね。マディックもセイも、反対しないでしょう。では・・・」
 さらさら。ユミナは、2枚の書類を良く読んだ後、両方にサインした。すぐにマルガレーテも双方にサインし、一枚ずつ保管する。
 「では、明日8時にセイ君を第3会議室によこしてください。まだ部隊の教育部のほうでの手続きが済みませんので、勉強は私達が見ますから。」
 「まあ、中尉さん達が直々に!?」
 「ええ。教育は引き受けると契約しましたから(にっこり)」
 「まあ・・・それでは、セイをよろしくお願いします(ああ、なんて良い方達なんでしょう。セイは幸せだわ)」
 
 ユミナは知らなかった。ガーディアンエンジェルズ小隊の面々が、セイにしている対応を。
 ユミナは気付かなかった。彼女の叔父達を殺したのが、目の前の少女である事を。
 かくして、セイの受難の日々が本格的に始まるのである。
 
 この事を知ったマディック大尉は、叫んだそうである。
 「何だとおぉぉぉ!!!」