『機種転換訓練』作:リオン
10月6日 AM11:30 パエトン基地訓練場
「うわあ!」
アルベルト・シュトラウスの駆るウルバリーン改が転倒した。
「何をしている、修理すればいいとは言えただではないんだぞ。」
「す、すみません。バランスがうまく取れなくて。」
「四足メックとは違うんだ、その状態が続くようならメックを降りてもらうぞ。」
叱責が飛ぶ。
「くっ、この加速、この振動、エンフォーサーとはまた違う・・・」
「し、しまったアル、ついヴィンディケーターのつもりで・・・」
アイン・ファントのアースウォリアーとイ・ホンユイのエーサウルスからも声があがった。
2人ともつい以前のメックと同じ感覚で操縦し、ミスをしたのだ。
染み付いた癖は簡単には抜けない、機種転換訓練に時間がかかるのはそれが理由なのだ。まあ、中にはメック操縦に天与の才でもあるのか、簡単に乗りこなす奴もいるが・・・
「・・・よし、大丈夫だな。」
ライフス・ダストトゥダストの駆るウォーコマンダーは今だミスが無い。しかし彼の場合は天与の才というよりその慎重さだろう。少々慎重過ぎる気もしなくは無いが。
それに彼の機体は重量級、他の3機と違いジャンプジェットがついていないという点も大きいのではないだろうか。
「ん、時間か・・・各員に告ぐ。これより昼食とする。メックをハンガーへ帰還させよ」
同日 AM12:00 パエトン基地メックハンガー
「いやあ、参ったアル。」
「たしかに、こうもしくじるとほんとにメックが貸与してもらえるかどうか。」
「アインさん、それは言わないでくださいよ。気にしてるんですから。」
「・・・食事は食堂だったかな。」
「確か、ここに持ってきてくれるといってたアル。」
4人が和気藹々と話しながらメックハンガーの中を歩いていく。
「またシミュレーターの訓練になりそうだな。」
「いいじゃないですか、降ろされるよりは。積極的に行かなきゃ。」
「・・・そのとうり。」
ブラッドハウンドに来るまでは互いに面識が無かったとしても、ここでは仲間だ。それにほぼ全員、失機者として一度は苦渋を味わった身、話題は自然と弾む。この訓練が終れば再びメック戦士として戦場に立つことが出来るのだから。
「あ、みんな、こっちこっち。」
モーラ・ヴェドニアが呼びかける。
最年少の彼女は実力も一番下だ。メックが4機しかない以上、実力の劣るものははねられる。現在彼女はブラッドハウンドの予備メックウォリアーという立場だ。
しかし、それでも失機者としては破格の待遇だ。普通、一族郎党のみが選ばれる予備メックウォリアーに新入の失機者が選ばれる事はまず無いからだ。
それは同時にブラッドハウンドがそれほど切羽詰っている証拠でもある。
それだけの事をしてでも、腕の立つメック戦士を集めているのだ。
「あ、ああ・・・」
「ありがとうアル、モーラ。」
ライフスとホンユイが答える。
しかし、その言葉は少々暗い。いや、彼女が明るい分助かっているのだろう。
彼らも判っているのだ。彼女がメック戦士として再び戦場に立つには、自分たちの中で誰かが戦死しなくてはいけないことを・・・
「どうだった、初めてメックに乗ってみて。」
昨日までは、搭乗予定のバトルメックと同じように調整されたシミュレーター訓練の連続だった。
「まあ、染み付いた癖は簡単には抜けないというのはよくわかったな。」
「ちょっとアイン、弱気なこと言わずに頑張ってよね。あたしも頑張ってるんだし。」
「何をです、モーラさん?」
「へへ、じつは料理をね。」
「料理アルか、中華料理アルか。」
「チュウカリョウリ? 何それ?」
「ホンユイの故郷の料理アル、今度作ってあげるアル。」
同日 PM12:15 パエトン基地メックハンガー 第2休憩室
「・・これをモーラさんが?」
そこに並べられていたのは食堂より運ばれてきたお弁当、そして山盛りの煮物だった。
「たくさんありますな。」
「食べきれますかね。」
「・・・あんまり自信ないんだけどね、せっかく特製のフライパンがあるんだし、使わないともったいないから。」
「特製のフライパンアルか、どんなのアルか?」
「あ、うん、後で見せてあげるね。」
「楽しみアル!」
同日 PM12:35 パエトン基地メックハンガー 第2休憩室
「やっぱり残ってしまいましたな。」
「・・・分けてあげるのはどうかと。」
「誰にですか、ライフスさん?」
「・・・整備兵のみんなに。」
「いいですな、この味なら問題は無いでしょうし。」
・・・味はまあまあだったようだ。
「そうアル。モーラ、特製のフライパンを見せてほしいアル。」
「いいよ、持ってくるからちょっと待ってね。」
同日 PM12:40 パエトン基地メックハンガー 第2休憩室
・・・ニュルンベルグのマイスタージンガー・・・
・・・皇帝・・・
アルベルトの弾くバイオリンの音が第2休憩室を満たす。
その音は高く駆け上がり、そして遥か深みへと沈み込む。
それでいて飽く迄も透明な、弓を以って奏でる弦楽器にしか不可能な調べが耳朶を捉える。
いつ音が継がれたのか解らない。
それは彼が人並みならぬ名手である事を意味していた。
みな、うっとりと聞き惚れている。
「凄いアル!」
「上手ですねえ・・・」
「はは・・・貴族のたしなみと言われてしごかれたんです。そのうち自分でもすきになりましてね。」
アルベルトは、賞賛の言葉にさわやかな笑顔を返した。
丁度この時、モーラが戻ってきた。
「お待たせー!」
手には直径50cmはあろうかというフライパンが握られている。
「・・・大きいアルね。」
「うん、でも使い勝手はとってもいいんだよ。これで炒め物も煮物も出来るから。」
たしかにそのぐらい大きければ可能だろう。
「そうアルか。」
「整列結晶装甲を薄板化したものだからね、熱効率もいいし・・・」
「何処の品アルか?」
「あ、これは非売品。前いた部隊の上級技術者が作ったいわく付きのものなの。」
「いわくアルか?」
「うん、このフライパンを作ってくれた上級整備兵が話してくれたんだけど・・・実はね・・・」
『技術者街道第二回』作:M−鈴木
俺は今、比較的困難と言われている整列結晶装甲の加工に挑戦している。
ただの加工じゃ無い。
薄板化加工だ。
これがえらく厄介でね、何せ装甲板として機能する都合上与えられた機能性能が「熱分散」「応力分散」「衝撃分散」である高比重合金だ。
過大な熱容量を減らすべく薄板化し、かつ特殊な結晶構造に拠る特性を損なう事が無い様に細心の注意を払って加工をしなくてはならない。
何故そんな事に挑戦してるかってぇと。
昔、捕虜にしたMWがだなぁ・・・・
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「俺、調理師だったんだ。正確にはその卵」
そう言いながら、その男は包丁を振るった。
ついさっきまで、ここは戦場だった。
だが、こいつのメックは殆ど破損していない。
男のパンサーは脚部を損傷しており、戦闘中に酷使が祟って折れてしまったのだと言う。
少なくとも本人はそう主張し、俺達が疑う理由もなかった。
俺には戦闘を忌避して自爆した様にも見えたが。
男は刻んだ材料をトレイに移すと、おもむろに装甲の破片を洗い、その一端を火にかけた。
「一体何をする気なんだ?」
興味を惹かれたらしい少尉が寄って来た。
男は意外と魅力ある笑みを浮かべて説明をし始めた。
「メックの装甲ってのは実は素晴らしいツールでね」
男は装甲表面に手を乗せて温度を測っている。
「熱伝導が素晴らしく高く、それでいて熱容量が大きい」
まだ乗せている。
「すると・・・おっとそろそろだね?」
手を離す、更に1分程待っている。
「こうやって、大きな板の端を加熱してやるだけで全体に、均一に熱が伝わって行く。しかも」
油を取り出すと表面に垂らした。
戦場に似つかわしく無い音が響き始める。
「一旦熱を持つと、ちょっとくらい多めに具を入れても冷えないからね」
待ってくれ!
ここでその音と、それにその匂いは反則だ!!
男の手の動きが素晴らしい音と芳香を周囲にその存在を撒き散らす。
調味料が入った。(多分あの黒いのは調味料だろう。ソースか?)
ああ、土砂降りや電波雑音に近似していながら、それでいて別格である事実を知らしめるこの音。
脳髄を刺激する音は真骨頂だ、更に、僅かに焦げた香ばしい香りは殺人的な程だ。
口中は唾液に溢れ、男の言葉に相槌を打てなくなってきた。
男は構うこと無く話し続ける。
「最初、メックなんて触るのもいやだったんだけれどね」
表面に旨味を湛えた食材が容器に取り分けられる。
「ちょっと見なおしたよ、星間連盟時代の技術の産物って物をさ」
テックである俺には寛容し難い台詞だったが、今はそこに血が回っていかない。
「じゃあ、毒見させて貰うよ」
そう言って男は各皿から少しづつ食べてみせた。
「もし良けりゃ・・・」
俺達は最後まで言わせなかった。
続いたレーションに馴らされつつあった味覚中枢は突如訪れた能力発揮の機会に狂奔した。
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男の名はシライと言った。
巡り合わせの妙が無ければ一生メックになど乗る気は無かったと言う。
結局、惑星上からドラコ連合軍が撤退するまでシライは捕虜だった。
その間俺達の食生活は無闇矢鱈と向上した。
先に断言させて貰おう。
シライの戦場はメックの中じゃ無い。
士気の維持一つを取っても、奴の存在は格別な筈だ。
コムスターの仲立ちで奴と奴のメックが戻って行った時、何人かのMWは本当に泣いたもんだ。
本当だ。
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まさか奴にもう1度会う事になるとは思わなかった。
それも戦場でだ。
だから、幸い(幸い?)俺は直接会っちゃいない。
奴は小隊長だった。
何の巡り合わせかは判らないが、奴は隊長だったんだ。
部下の命を預かっていたんだ。
だから戦闘は偶発的に起こるべくして起こり、起こった以上何らかの死に繋がるのは不可避だった。
奴の戦い方は舌を巻く程巧みなものだったそうだ。
そして「闘えば死が来る」
不可避だった。
だから誰も責めなかった。
撃った奴をだ。
シライは死んだ。
俺は一回だけ泣いた。
奴と料理を惜しんで泣いた訳じゃ無い。
調理をこそ愛した人間が戦いに長じて、そして戦場で死んだ事実に泣いたんだ。
下らない感傷だ。
ありふれた話じゃ無いか。
なあ
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出来た。
それは大ぶりのフライパンだった。
直径が50cmはある。
だが、熱源はトーチが一つあれば充分だ。
奴は、板状の装甲じゃ煮物が出来ないと。
重くて扱い辛いと言っていた。
どうだ?
俺の技術の粋を集めたこのツールは誰の手に渡るだろう?
そいつはこいつに満足してくれるだろうか?
俺は握りの内側に「SHIRAI」と銘を入れた。
『機種転換訓練(続き)』作:リオン
「は〜〜〜。そんな事が有ったのか・・・」
「・・・人事と思えないアル・・・」
「食事というのは、士気の維持にも重要な役割を果たします。しかしこのフライパンはもっと純粋な目的で使われてほしいですね・・・」
モーラの話を聞いて、皆が口々に感想を漏らした。
その時、放送が入った。
『各訓練生に連絡、午後の訓練は基地内のシミュレータにて行なう。10分以内にシミュレータ前に集合せよ。繰り返す・・・』
「あ、もう時間アル。」
「そうだね、じゃ、また後にするね。」
「モーラさん、シミュレータならあなたも参加できませんか。」
「あ、そのとうりだね。ありがとアルベルト。」
「無駄話をしてはいられませんぞ。」
「・・・急ぐぞ。」
ライフスの声と共に全員が走り出す。
人気の無くなった休憩室の中にはバイオリンと「SHIRAI」と銘打たれたフライパンのみが残っていた。