『カーティス准尉の平凡な毎日 そのA』  作:緑の雑魚 戻る  トップへ

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カーティス・T・フィルフォード

傭兵部隊ブラッドハウンドにおいて、「ナンパ師」・「女たらし」と呼ばれ、女性に関連した数々の事件を引き起こしている人物である。
だが、彼は本当に「ナンパ師」や「女たらし」なのであろうか?

これから、隊員の目撃証言や、可能ならば当人達からの事情聴取を元にして実態を探って行きたい。


証言
整備班所属  Kさん

…私は見てしまったんです。
見ないほうが良かったかもしれませんが…、見てしまいました。
あの日、たまたま朝早く目が覚めた私は、気分転換のつもりで基地の外を歩いていたんです。
…そして、基地の外れまでやってきた時でした。
そこには、上気した顔のユミナさんと、あの悪名高いケダモノが笑いながら見詰め合っていたのです…。それどころか、あいつはユミナさんに襲い掛かろうとしてました。とはいっても相手はユミナさん。武術の腕は高いです。小刀付きつけてみだらな行為を拒否してました。けど、すぐに小刀を収めたユミナさんはまた打ち解けた雰囲気になって・・・あのようすだと、ユミナさんが陥落するのも時間の問題って感じでした。
 こんな、こんな事はとてもマディック大尉には話せません…。
長い間離れ離れになっていて、ようやく巡り合えたと思った奥様があのようなケダモノの毒牙にかかってしまったなんて…。
…その場で、何もできなかった自分が口惜しくてなりません…。

 

状況証拠と本人達からの事情聴取から推測される事件の真相

航空兵 カーティス・T・トッドウェルはあまり知られていないが、毎日自主的なトレーニングを欠かしたことが無かった。
また、彼はゲッツ准尉がクリタ軍の戦車によって撃墜され、ジャングルでドラコ兵に追撃された事を踏まえ、万一に備え自分自身の身を守るための武術や応急医療の訓練を今まで以上に行っていた。

その日も、カーティス准尉は早朝から筋トレや柔軟体操等の体力作りを行い、仕上げにランニングを行っていた。
カーティス准尉は毎朝、自主的に基地の端から端までのランニングを繰り返していた。
もちろん、正規の訓練メニューもあるが、カーティス准尉はそれを自発的に増強して取り組んでいた。
そして、彼がその日のランニングの終了地点である基地の外れまで来た時のことだった。

「…!…!…!」

どこからか、鋭い風きり音のような音と、掛け声がしているのにカーティス准尉は気づいた。
故郷で実兄の圧制を影ながら阻止していた、カーティス准尉は一般的な、とまでは行かないが多少の偵察兵としての心得もある。
そして、その中でも『聞き耳』はカーティス准尉の得意とするものだった。
そのカーティス准尉の耳に、はっきりと先程の掛け声が聞こえてきていた。

「…。何をしているんだろう?」

今の時刻は、AM5:30
 今年のカウツVは公転周期の関係上、標準暦の季節とはだいたい4ヶ月程度ずれている。地球は北半球の温帯で言うなら今は8月。日の長い夏の早朝だ。
 この時間にこんなところにいるのはカーティス准尉と同じように早朝からトレーニングを行っている者だろうか?
 しかし、掛け声が聞こえてくるのは基地の外れも外れ。
うっそうと茂る森の中からだった。ランニングならともかく、普通の訓練ならもっと基地の内部でするのが普通である。

 「…こんな場所で何をしているんだろう…? というか・・・秘密特訓か!?」

元々あまり人が立ち入らないような場所である。
そしてそこで行われている、秘密の特訓。
何か興味を引かれる言葉の響きの前に、引き寄せられるかのように、カーティス准尉は掛け声のする方へと足を踏み入れていった。

 「はぁ! せいっ! やあっ!!」
 「脇が甘い! もっとしめて! 全体に注意を払う! 剣先をたれさせない!」

 カーティス准尉が森の奥へと進む内に、掛け声ははっきりと聞こえるようになっていた。聞こえてくる声から考えて、向こうにいるのはおそらく、二人。一人は男、一人は恐らく女。
 本来なら甘い睦言が聞こえてきても良さそうなシチュエーションであるにも関わらず、カーティス准尉の耳に届くのは鋭い風きり音と激しい掛声だけだった。

 「……?」

だが、カーティス准尉は二人の声がどこかで聞き覚えのある事に気づいて我知らず眉をひそめていた。
本来ならばまったく考えられない組み合わせに、カーティス准尉は思わずいやな予感が背を駆け上るが、それ以上に眼前まで迫った光景を見たいという誘惑に押され…。
カーティス准尉は最後の一歩を踏み出した。

 「くっ…。」

 広い森の中にあって、そこだけは森が途切れちょっとした広場になっていた。
 その時丁度木々の上から顔を出した朝日の照光に、カーティス准尉の目は一瞬目をくらまされた。
 目を戻したときカーティス准尉の目の前には、驚いたような顔をしたゲッツ准尉と、変わった民族衣装を完璧に着こなし、カーティス准尉のほうへ見慣れぬ武器を構えたユミナさんが立っていた。

 「…カーティス准尉?」
 「あら、こんな所までどうされたんですか?」

 カーティス准尉の突然の出現にゲッツ准尉は目を丸くして驚いていたのだが、ユミナさんは驚くどころかカーティス准尉が現れる事をあっさりと察知していた。
そして驚いていたのは、ゲッツ准尉だけではなかった。

(足音は忍ばせていたのに・・・何者なんだ、ユミナさんって…?)

 本業の偵察兵達には劣るものの、少なくとも訓練を受けていない人間に見破られるほどレベルの低い穏行ではないと、カーティス准尉はひそかに自負していた。
 だが、その陰行をユミナさんはあっさりと感知していた。カーティス准尉自身としては特にミスをしたとは感じられなかった。実際、ゲッツ准尉には気づかれなかったのである。
だが、ユミナさんにはあっさりとわかられてしまった。この事がカーティス准尉を混乱させていた。

 「あ、いえ。私もランニングをしていたら、たまたまお二人の声が聞こえたものですから…」

 とりあえず当たり障りの無い話で場を繋げようとするカーティス准尉の言葉に、ユミナさんは一瞬、瞳を細めすぐに柔和な笑みを浮かべた。

 「あら、そうだったんですか? 足音を忍ばせていたから、てっきり何か怪しげな輩が来たかと思いましたわ。」
 「カーティス准尉は悪い噂が絶えないからね。」
 「いや、あはははは。お恥ずかしい話です。」

 表面上は和やかな雰囲気ではあったが、その実カーティス准尉は内心で冷や汗をかいていた。
やはりユミナさんはカーティス准尉が近づいてきていたのに気づいていたのだ。

(よくよく考えれば、ユミナさんってすごい人なんだよな…。)

 若年でマディック大尉の負担にならないよう、身を隠しての出産と子育て。
 さらに父親である、マデック大尉の出奔とそれに続く一族へ加えられた冷遇と弾圧。
 そして、セイちゃんをあそこまで育てた(それも恐らくは一人で…。)器量。
 さらには、成長したセイちゃんを連れての惑星間の大移動である。
 到底、並みの人間にこなせるものではなかった。

 「あら、いやだ…。そんなにじろじろ見ないで下さいな。恥ずかしいじゃないですか。」
 「あ、これは失礼しました…。」

 不躾な視線を送りすぎてしまったのだろう。ユミナさんは、冗談めかしてそう言ってくるが、…カーティス准尉はユミナさんの頬に僅かに朱がさしているのを見てしまった。

 「本当に申し訳ありません…。ご婦人にこんな失礼なことをしてしまうなんて…。」
 「あ、いえ。そんな気にしないで下さい…。」

 そのまま会話は途切れ、カーティス准尉もユミナさんも、どちらが喋るべきか図りかねているかのように沈黙が辺りを包む。
微妙に気まずい空気がカーティス准尉とユミナさんの間に流れる中、ゲッツ准尉は無関心を装っていた。
…先にこの微妙な雰囲気を破ったのはカーティス准尉だった。

「あー、その…。ゲッツ准尉達は・・・秘密の特訓でもやっていたんですか?」

カーティス准尉は、一人傍観していたゲッツ准尉に話を振って微妙な空気を振り払った。それに答えて、ゲッツ准尉は一本のカタナを取り出した。

「ああ、そうだよ。これを使いこなしたくてね。」
「それは…。確かゲッツ准尉の兄上殿の遺品のカタナ、ですか?」
「ああ。先だって行われた爆撃作戦で、私はミスをして撃墜されてしまっただろう? その時、クリタの歩兵部隊に追われてえらい目にあったからな。少しは自衛の方法も学ぼうと思って、ユミナさんに基本的な剣術をご教授して頂いていたのだ。」
「ああ、なるほど。」

ゲッツ准尉の言葉にカーティス准尉も頷いた。
確かに爆撃作戦で撃墜されてからゲッツ准尉は、猛烈に個人戦闘の訓練を繰り返していた。
だが、視界の悪い密林中での戦闘になると、ライフルのような火器だけでなくカタナのような近接武器も扱えたほうがいい。大抵の歩兵は銃剣で充分と考えるが、兄の遺品があるとなれば、使いこなしたいと思うのも当然だ。・・・銃剣というのは、どうにも『下々』の武器というイメージが付きまとうのだ。こだわるものは、銃剣の訓練をするくらいなら剣を使えるようになりたいと考えるのである。
そして、それはカーティス准尉が常々考えている事でもあった。
確かに、ライフルや拳銃の扱い方はセファからみっちり教わってはいるが、どうしても格闘戦についての訓練は十分とは言い難かった。
火器ならば、一人でも多少の訓練は出来るが、格闘戦はどうしても指導をする人間が必要だった。

「あの、ユミナさん。よろしかったら、私にも剣術を教えていただけませんか?」
「…え?」

あまりに唐突なカーティス准尉の申し入れに、ユミナさんは一瞬目を瞬く。
だが、カーティス准尉の真剣な目を見たユミナさんは、快く頷いた。

「分かりました。でも、私が教えれる事は基礎の基礎だけですよ。…それから厳しく指導するつもりですので、覚悟してください。」
「はい、お願いいたします。」

ユミナさんの言葉にカーティス准尉は即答し、ここにユミナさんを師範として新入りエアマン達の特訓が始まった。

 

 …言うだけあってユミナさんの特訓は過酷なものだった。
基礎的な筋力トレーニングはもちろんの事、実戦を想定した数々の型の反復練習、寸止めの訓練、短剣や銃剣を“受ける”事が反射的にできるまでの果てしなく長い反復訓練。
 これらがある程度様になってきた頃、木からロープで吊り下げた棒切れを剣で打ち返す訓練が始まった。慣れてくれば吊り下げられた棒切れの数が増やされ、同時に重いものへちょ取りかえられていく。それと平行して木刀を使用してのユミナさんやゲッツ准尉との申し合わせ稽古…あっというまに月日は過ぎていく。
 そんな中、初めて行ったユミナさんとの最初の立合い。この時カーティス准尉は、ユミナさんの殺気と言うべきだろう、恐ろしい気配の前に一歩も動く事が出来なかった。

 「気に病むな。私もはじめのうちはあんな風だったよ。」

 と、ゲッツ准尉が慰めてくれるものの、カーティス准尉は少なからないショックを受けてしまっていた。人を殺すことが仕事である自分が、殺気に飲まれてしまったのだ。やはり、所詮は鋼鉄の鳥に包まれての人殺しなど、数にも入らぬということだったのだろうか。

 それでも、カーティス准尉は砂が水を吸うようにユミナさんの指導を受け入れていった。
カーティス准尉自身が気づかなかった事だが、ユミナさん曰く『カーティス准尉は剣技に対して天賦の才を持っている。』そうである。
最も、それがユミナさんのお世辞か、あるいは本当のことかはカーティス准尉には理解できなかったが。だが、カーティス准尉がゲッツ准尉の到達した技量にあっさり追いつき、それを追い抜いたのは事実だった。

「…、空での戦いなら負けないんだけどな。」

ゲッツ准尉はそう言いうものの、やはり何がしかの悔しさは隠しきれない様子だった。
だが、それはカーティス准尉も同じ事。
たとえ剣技で勝っても、本職である空での戦いで遅れを取っていては何にもならないのだ。
カーティス准尉がシュミレイターで模擬戦闘で良い成績を残せば、ゲッツ准尉はそれ以上の成績を叩き出し、ゲッツ准尉が機転を利かした剣技を見せれば、カーティス准尉はそれに対して目の冴える様な剣技で持って答えた。
カーティス准尉とゲッツ准尉は、お互いを持って己を磨き上げるいい意味でのライバル同士となっていた。そして、ユミナさんは熱意ある二人の生徒に十分過ぎるほど、教えがいを感じていた。

そんな毎日が続いたある日の事…。
その日、ゲッツ准尉は早朝から定時偵察の為に出撃していた。だが、それだけの理由でユミナさんの特訓がお休みになるわけではない。今日も今日とて、素振りから始まる特訓メニューをみっちりこなしていた。

「さあ、これが終わったら筋トレ5セット入りますよ。」
「はい、わかりました、ユミナさん。」

ゲッツ准尉がいない分、密度を増したユミナさんの指導にカーティス准尉は倒れそうになりながらも辛うじて特訓を消化していた。
だが…。

「あの…、少し、休まれますか?」
「…休みます。」

流石にユミナさんも飛ばしすぎたと気づいたらしい。
ユミナさんが何となく申し訳なさそうに休憩を提案すると、カーティス准尉は地面に突っ伏したまま答えた。

チチッ、チッ…。
小鳥の囀りは静かにあたりに満ち、動くものは何者の存在せず、ただ穏やかに時が流れていた。
そんな中何かを思い出したかのようにポツリと、ユミナさんはカーティス准尉に話しかけていた。

「カーティス准尉…、少し貴方の私生活に関する話なんですが…、よろしいですか?」
「どういったお話です?」
「…貴方の、女性関係についてです。」
「…ああ、どうぞどうぞ。」

ユミナさんが切り出した話に、カーティス准尉は無表情で答える。
カーティス准尉自身にとってはまったく不本意な事に、BH隊に赴任してから女性問題で突き上げられる毎日が続いているのだ。
自分自身が何か悪い事をしたという事が判ってないかと言われれば、確かに隊の風紀を新参者である自分が大きく乱してしまったということは自覚してるし、大多数の男性隊員からはきつい視線を受けているのも十分承知していた。
そして、当然のことながら様々な形で、注意や叱責を受けているのである。

もっとも正直な所を言えば、カーティス准尉は自分自身こそ一番の被害者だと思っていた。
別に女性の良い所を褒めるなんて典型的な社交辞令に過ぎないし、女性隊員だってちょっと毛色の違うカーティス准尉で遊んでいるだけに過ぎなかった。
カーティス准尉にしてみれば、まったくもって迷惑な話であった。
しかし…、ユミナさんが切り出してきた話は、微妙にカーティス准尉の想像と違っていた。

「貴方の郎党の…、セファリムさんとラヴィリムさんの事です。」
「セファとラヴィに何かあったのですか!?」

元々カーティス准尉は、セファとラヴィしか本当に愛してはいない。
だが、自分のせいで二人とも何がしかの嫌がらせでも受けているのではないかと、カーティス准尉は気を揉んでいたのである。
そしてユミナさんから突然、二人の話が出たのである。
カーティス准尉は、自分の嫌な予感が膨れ上がるのを抑える事ができなかった。

「ええ、……貴方は本当に御二人を愛していらっしゃるのですか?」
「……ああ、その事でしたか。」
「その事とはどういうことです…!」

最悪の予想とは大きくかけ離れたユミナさんの言葉に、カーティス准尉は安堵の溜息を吐くが、それがユミナさんからはまた別の意味に移ったらしい。
稽古のときとは段違いの殺気が叩きつけられたカーティス准尉は、渋面でユミナさんに答える。

「私が二人を愛していないと、ユミナさんはおっしゃられるので?」
「そうは言っていません…。 ただ、貴方の周りでは良からぬ噂が耐えませんから、忠告をさせていただこうと思っただけです。」
「それは誤解ですね。私は単に、整備の方々からからかわれているだけですよ。」
「…それにしては、皆さんの反応が刺々しいですが?」
「そりゃ、冗談だと判っていても、他の人からみれば面白くない点もあるでしょう。」

どこか漂々とした様子で受け答えするカーティス准尉に対し、ユミナさんはまるでカーティス准尉の本心を見透かすように目を細める。
一瞬、二人の視線が交差し…、どちらからともなく視線は外される。

「さて、これで判ってくれましたか?」

ようやくユミナさんの質問攻めから開放されたと思ったカーティス准尉は、おどけた様子でユミナさんに話しかける。
その次の瞬間だった。
カーティス准尉の喉下に小刀が突きつけられていたのは。

「もう一度だけお聞きします。貴方は本当にセファリムさんとラヴィリムさんのことを愛しているのですか?」
「…どういうお積もりでしょうか?」
「貴方がここで私に殺されても、身の程知らずの准尉が武家の妻に手を出して、逆に手打ちにされたという話になるだけです。…本当の貴方の気持ちをお聞かせ願えませんか?」

喉元に小刀を突きつけられたまま、平坦な口調で話しかけるカーティス准尉に対し、ユミナさんもまた氷欠を撒き散らしたかのような冷たい声で応じる。

「……馬鹿馬鹿しいことですね。 私が二人を想う気持ちは口に出して言えるほど軽いものではありません。」
「………。」

先程と寸分違わぬ平坦な口調のままで言葉を紡ぐカーティス准尉。
それを冷たい視線で見すえるユミナさん

…そして、今度はユミナさんが先に目を逸らしていた。

「ようやく判っていただけましたか。」

カーティス准尉は溜息と共に言葉を押し出すと、喉元に突きつけられた小刀をひょいと横にずらした。

「で、どうしてこんな事をされたのですか?」

カーティス准尉にしてみれば何気ない質問のつもりだった。
だが、ユミナさんは悲しげに瞳を伏せ、どこか遠く悲しい記憶を辿る様にして呟いていた。

「待つつらさは、身に凍みていますから…。」

ユミナさんの言葉にカーティス准尉は、彼女の壮絶な過去を思い出していた。

「すみません…。」
「いえ、気になさらないで…。」

悄然と謝罪の言葉を口にするカーティス准尉だが、ユミナさんはただ、首を振るだけ。

「私みたいな想いは…、もう誰にもして欲しくなかったから…。 貴方の本当の気持ちを確かめたかったのです…。」
「…。」

静かで…、静かすぎて悲しみも嘆きすらも全て覆い隠された言葉にカーティス准尉は、答える術を持たなかった。
ただ、出来たのはシズかな宣言のみ。

「私は、セファとラヴィをかならず幸せにします。 どんな事があっても…。」
「…お願いしますね。」

二人の言葉は空に消え…、厳かな空気が漂う。
そう、これは盟約。
かならず守らなければならない、盟約の宣言だという事を二人は無言で確認していた。

「さて、体を冷やしすぎましたね。 今日の特訓は終わりにしておきましょう。」
「…そういえばそうですね。」

ユミナさんの雰囲気に呑まれてしまい、特訓のことをすっかり忘れていたカーティス准尉は間が抜けた様子で答える。

「さ、朝食に遅れてしまいますよ。」
「はい、それでは食堂までご一緒しましょうか。」
「エスコートをお願いしますね。」

二人にしてみれば何の気の無いことだった。
…だが、それはカーティス准尉の今の状況からは非常にまずい事だったのだ。

「…そんな、よりによってユミナさんに手を出したのか、あのスケコマシ…。」

整備部で、メックの整備を担当するカミール伍長は、偶々朝早く目が覚めてしまい暇つぶしの為に散歩をしていたのだ。
それが偶然、基地の外れの森まで足を伸ばしたら、なんとあの悪名高いカーティス准尉が女と逢引している現場を目撃してしまったのである。
慌てて隠れて様子を伺っていたカミール伍長は、女の正体に気づいた瞬間、真っ青になってしまった。
相手の女性はBH隊でメック部隊のエースとして知られるのマディック大尉の奥方である、ユミナさんであったのである。

「…これがバレたら、あの野郎絶対に殺されるな…。」

カミール伍長は己の考えに一瞬、ぎょっとしてしまい…、すぐにまた黙考を始めた。

(もし、カーティス准尉に万が一があってもそれはユミナさんに手を出したからだし…。 マディック大尉が怒るのも当然だし…。 決闘になったら多分マデック大尉のほうに分があるだろうし…)

そこまで考えたカミール伍長はそそくさとその場を後にしたのだった。

※この話は、カーティス准尉が特訓をはじめたのが12月終盤程度、カミール伍長に見つかったのは2月くらいにはなっているのではと思われます。