『エカテリーナ』 作:ミッキー

 「姉さん、何も言わずに部隊を離れてくれないか?」
 弟からこう言われた時、私は全く何も言えなくなった。可愛い弟が帰ってくる。これで、大変だった私の役目も終わる。そう思ってはいたが、まさか、家を、部隊を追われるようなことを言われるとは思わなかった。あまりの衝撃に、かなり長いこと絶句していたのを覚えている。

 私はエカテリーナ・ルビンスカヤ。ライラ共和国に仕えるメック小隊「ルビンスキー・ビチャージ」の小隊長の家系に生まれた。小さい頃から厳しい教育を受け、17のときに士官学校に入学した。そのわずか1年後、私は退校し戦場に向かった。父が戦死したためだ。
 それいらい、私は不断の努力をしてきた。
 ボロボロの小隊を立て直すために、任地先の惑星政府と粘り強く交渉をしてメックの部品を集め、諦めずに修理を続けた。グリフィンで海賊相手に初陣を飾った時には、軽量級1機を撃破して、部下からの信頼も勝ち取った。
 それもこれも、立派なメック戦士として卒業してくるだろう弟のためだったのに・・・なぜ、「出来ればライラを離れてほしい」などといわれるのだろう・・・弟は何故あんな事を言ったのか?・・・何故こうなってしまったのか?・・・何故自分は愛する人々と切り離されてしまうのか?・・・・・何故・・・・・

 「何故!?」

 私は、はっと目を覚ました。
 涙が溢れている。
 また、あの夢を見てしまったようである。
 そう、ここは、もうライラ共和国ではない。
 恒星連邦の辺境に向かう降下船の船室なのだ。
 のろのろと、枕元の時計を見る。あと1時間も起床時間まである。
 「だめね・・・いまだに吹っ切れないでいるなんて・・・」
 顔を手で覆い、おえつを堪える。この夢を見たときは、いつもこうなってしまう。いつか、吹っ切れるときが来るのだろうか・・・?

 あの後、私は素直に弟の言葉に従った。弟が家を継いだ以上逆らえなかったというのは建前で、争ってまで居残る気力がなかったというのが正しいと思う。
 行き先は、少し迷った末に恒星連邦に決めた。
 弟やかつての仲間と戦う事はさけたいからだ。
 ライラ共和国と国境を接するドラコ連合と自由世界同盟は選択肢からまず消えた。残るはカペラ大連邦国と恒星連邦のどちらか。となれば、金払いの悪いカペラよりは恒星連邦に惹かれる。それも、できれば地球近傍よりは辺境のほうがいい。恒星連邦とライラ共和国の関係が悪化して交戦することになった場合、地球近傍は戦場となる可能性が高い。

 ヴァルキリー乗りとしては部品の調達が容易であることも理由の一つになった。そう、私はメックを持っている。餞別としてそこそこの大金と共に貰ったのだ。補給を考えたら、これが一番いい。

 メックウォリアーとして、テックとして、私には未来を選びとる自由がある。それでも・・・やはり、割り切れない。なぜ、なぜ弟は私を追い出したのだろう・・・

 朝食を摂った後、私は降下船のメック格納庫に向かった。メックの整備を行うためだ。旅費を少しでも浮かすため、私は整備員として船に雇ってもらったのだ。
 腕のいい技術者はどこでも不足しているから、仕事を得ることは簡単なのだ。もっとも、私の外見のお陰で、大抵ちょっとしたトラブルが起きる。
 この船に雇われるときに起こったトラブルは、
 「お前みたいな小娘が腕のいいテックだと? 大言壮語も大概にしろ!」
 と怒鳴られて門前払いされかけたことだった。
 当然、腕を過小評価した事を後悔させてやったが。
 あるメックの修理を時間内に終わらせることができるか賭けをしたのだ。一人前といわれる腕のテックの3倍もの速さで修理を進める私を見て、係官は顎が外れるような顔をしていた。結果は当然私の勝ちで、給料を馬鹿高いものにしてもらった。おかげで、私のヴァルキリーの維持費と運賃の大半をまかなうことができる。恒星連邦の辺境までとなると、運賃もかさむので、こうでもしなければどうしようもなかったのもあるが。
 もっとも、今ではちょっと後悔もしている。事ある毎に、高額の契約金を払うから永年就職しないかと話をもちかけられるのだ。まあ、私くらい腕が良ければ当たり前といえば当たり前だろうとも思うのだが。でも、それは私の望む人生ではない。愛する家族達と(そう、私にとっては部隊と故郷の星が家であり、親戚や郎党達も家族の一員だ)引き離されたとはいえ、いつか帰れるかもしれない。身動きが取れなくなるような長期契約はごめん被るのだ。

 あと、数日でブライスランドにつく。傭兵達の集まる比較的自由な貿易惑星なのだそうだ。そこで、傭兵部隊に入ろうと考えている。いい部隊が募集をしているといいのだけど・・・

 

 ブライスランドの宙港で船を下り、コムスターの仲介オフィスを探す。こういった星には、大抵コムスターのオフィスがいくつもある。公証人や仕事の斡旋、銀行、そしてもちろん通信の授受。コムスターは、便利なサービスをいろいろと提供してくれているのだ。
 私が必要とする仕事の斡旋は、仲介オフィスにいけばいい。それは、すぐに見つかった。
 早速中に入り、端末を使わせてもらう。これからの人生を左右する選択なのだから、じっくりと、時間をかけていい仕事を探そう。これからしばらくの滞在費くらいはまだ残っているのだから・・・

 それから数日。現在のところ、めぼしい部隊3つに絞り込み、いろいろと調べているところである。それぞれ一長一短のある部隊で、契約条件もなかなかいい。
 でも、今一つピンと来ない。
 それどころか、入隊しても大丈夫か心配ですらある。
 整備兵の腕前は、どの部隊も並み程度。
 私ほどの腕前のテックが入ったら、部隊に元からいたテックの地位を簡単に奪えそうなのだ。しかも私にはメックウォリアーとしての地位もある。そうなると、かなりの軋轢も起こりうる。うまく処理する自信は有るが、かといってあまりにうまく処理するのも考え物になる。テックとして重宝されすぎて、メック戦士としての腕を期待されないかもしれない。
 つまり、ずっと後方勤務ということになりかねない。この規模の部隊となると、充分ありうる。
 さすがにそれはためらわれた。
 「どうしたものかしら・・・?」
 仲介オフィスで悩んでいると、端末の向こうの席に一人の男が立った。
 「お悩みのようですね?」
 「?」
 私は、少し警戒しながらその男を見た。突然声をかけてくるとは、どういう事なのだろう? 少なくとも、このあたりでは目立った行動はしていないはずだし、恨みを買うようなこともしていないはずなのであるが・・・
 「あなたの腕、もっと磨いてみませんか? もしそう思うのでしたら、ブラッドハウンドという部隊を検索してみて下さい。それと、私の連絡先はこれです。」
 そういって、名刺を渡すとその男は去っていった。
 その名詞には、ブラッドハウンド連絡員の肩書きとヤンセン・ノルトマンという名前、連絡先などが書いてある。
 私は、何の気無しにブラッドハウンドのデータを呼び出してみた。そして、驚いた。整備支援評価が特Aランクになっている。中隊規模の部隊ということでリストから外していたが・・・これは、本当なのだろうか?
 PR事項を見ると、研究のため腕のいいテックがNAISから派遣されているともある。添付されている人物データを見ると、エンドウ家の傍流とある。これが事実なら、まったくの嘘でもないらしい。たかが中隊規模の傭兵部隊にNAISが技術者を派遣するなどありえないからだ。

 私は、端末で調べたりコムスターの係官に確認を取ったりした後、名刺の連絡先に電話を入れた。
 「もしもし? エカテリーナです。詳しいことをお聞きしたいのですけど。」
 「了解しました。すぐ向かいます。」
 私は、違和感を感じた。相手の声が、受話器以外からも聞こえる・・・?
 「という訳できましたよ、エカテリーナさん。」
 「!?」
 私のすぐ後ろに、携帯電話を持ったヤンセン・ノルトマンがいた。
 「どういう事!?」
 彼は、ニヤリと笑って説明した。
 「あなたが乗ってきた商船の乗員から話を聞いて以来、何としても手に入れたい人材だと思っていましたのでね。他に引き抜かれないよう、すぐ近くで待っていたんですよ。」
 
 なるほど。こうやっていい人材を集めているのね。
 私は納得し・・・数日後、カウツVへ向かう降下船に乗り込む事になった。


地形:
 ○ブライスランド
 カウツVからジャンプ1回、もしくはチャージステーションのある星系を経てジャンプ2回の距離にある自由貿易惑星。ただし、クリタからの貿易船が大っぴらに来ているかまでは不明。多少の偽装は必要かもしれない。大抵の新キャラはこの星系を通ってカウツVに来ている。

○コムスターの仲介オフィス
 コムスターとはようするに情報を握ることによって世界を支配しようとしている悪の秘密結社なのだが、表向きの顔としては中立の立場を標榜している。
 その立場から、資金の貸し付け、仕事の仲介、契約の仲介、仕事の斡旋、情報の販売、契約の証人等などの便利なサービスを行ってくれる。
 仲介オフィスは、そんなコムスター事務所の一つ。端末で募集要項などの情報を引き出したり、詳しい情報を調べたりできる。
 気に入った契約物件があったら、コムスターに仲介してもらって契約を結び、金銭の授受も行われたりする。
 ここで契約したという事は、双方契約条項を中立的な権威に確認してもらったという事になる。破ったばあい、信用を失うので滅多なことはできない。
 斡旋業者と情報屋と公証人を兼ねている事務所なわけである。

人物:
 ○ヤンセン・ノルトマン
 ブライスランドに駐留しているブラッドハウンドの連絡員。新人のスカウトから部品の買い付け、借金の返済業務など、かなりの広範な仕事をしている。ただし、彼個人でやっているのではなく、複数の同僚がいる可能性は高い。
 戦車小隊長(後に中隊長に出世する)イエンセン・ノルトマン中尉の親戚(郎党)と思われる。
 カウツV政府も、自星系の輸出品を売りさばく公館が必要と思われるので、そこの職員扱いにでもなっているのだろうか?