『故郷喪失』 作:おじ   戻る

 兵士達がトラックに群がっている・・・今回届けられたのは資材ばかりでは無く、家族からの荷物も一緒だったからだ。
 親や恋人といった自分を心配してくれる者からの手紙は兵士達にとって大切な物なのであろう・・・。
 そして、エカテリーナ士官待遇曹長もそんな手紙を受け取った者の1人だった。

「姉さんへ・・・かぁ・・・」

 久しぶりに弟の几帳面そうな文字を見て心が踊る。
 私を追い出したとも言える弟からの手紙・・・何か理由が有るはず! そう思いつつも完全に信じ切る事が出来なかった・・・。
 弟を信じていない訳では無いのだけれど、何故、私を追い出したのか? その理由は未だに分からない・・・一頃はひどく悩んだものだ、夢でうなされる程に。
 幸い今はそんな事は無い。ここブラッド・ハウンドには良い人が多いし、私を支えてくれる人もいる。

「クラーク・・・・・・」

 そっと恋人の名を呼んでみる・・・左手の薬指に輝く銀の指輪・・・。
 私は装身具の類は身に付けない、整備の邪魔だし、ある意味危険だからなのだけど、これだけは別だ。
 初めて出来た恋人からもらった、初めてのプレゼント・・・そして、初めての夜の記念品ですらあるのだもの・・・。
 とにかく手紙の封を開けてみる。
 こぼれ落ちる1枚の写真・・・懐かしい顔が並んでいる。弟は真ん中で静かに微笑んでいた・・・。

「懐かしいわね・・・」

 私は思わず呟く・・・ほんの少し前まで一緒に戦っていた仲間、そして血のつながった、たった1人の弟・・・。
 何時か彼らにクラークを紹介しよう。ミーシャ、お前の義兄さんなのよって。
 そんな事を考えながら読み始めた手紙には思いがけない事が書いてあった。


 姉さん・・・まずは貴女に謝らなければならない。嫌な思いをさせてすまなかったね。
 けれど、僕達姉弟の命と部隊の存続がかかっていたんだ。その事だけは知っていて欲しい。
 姉さんには、政略結婚の話が持ち上がっていた。相手は傍流だが門閥貴族のドラ息子・・・豚にも劣るヤツだ。
 奴らの狙いはこうだ、姉さんを妻にしてから僕を殺す・・・そうすると労せずメック一個小隊が手に入るって訳だ。邪魔なら姉さんすら殺しかねない。
 姉さんのお陰でメックの状態は良好だし、姉さんの技術も奴らには魅力だったんだろう・・・だから姉さんには逃げてもらったんだ。
 でも、どうやら僕は大物貴族を怒らせたみたいだ・・・メックが手に入らなければ無茶はすまい・・・そう思っていたのだけど・・・。メックより姉さんの方が欲しかったのかな?
 今日づけで激戦区への配置換えが決まった、死ぬつもりは無いけど覚悟だけはしている・・・戦場に出る以上当然だけどね。
 これから大変なのは分かっているけど、僕は満足しているよ。姉さんを巻き込まずにすんだのだから・・・。
 姉さん・・・今まで僕のために苦労をかけたね、でもこれからは姉さん自身のために生きて欲しい・・・。
 ミハイル・ルビンスキー


「嘘でしょ・・・・・・」

 私は呆然としていた・・・今まで私は被害者だと思っていたのに・・・弟は私を守ろうとしていただなんて。
 その時、私はもう一枚、別の手紙が入っていることに気が付いた。


 私は弟さんの友人だった者です。貴女がどこかに落ち着いたら送って欲しいと、この手紙を託されました。
 残念ですが貴女の弟、私の良き友人であった、ミハイル・ルビンスキーは先日の戦闘でその部下共々、帰らぬ人となりました。
 心からお悔やみを申し上げます・・・遺品すら届ける事が出来ない私を許してください。


「そんな・・・・・・」

 信じない、信じたくない・・・弟がもうこの世にいないだなんて。でも、この人が嘘を付く理由もない。

 私は自室に戻ると出来うる限りの手段を使って情報を集め初めた。
 距離が有りすぎるために、情報収集に時間がかかる・・・私は祈る様な気持ちで毎日を過ごしていた。
「お願い、ミーシャ・・・貴方だけでも生きていて・・・メックなんてどうでも良いから・・・・・・せめて貴方だけは・・・」
 仕事が手に付かない、幸いまだミスはしていないけれど・・・不安と戦いながら日々を過ごす・・・心が壊れてしまいそう。
 そして、残酷な結果が出た・・・祈りは届かなかった・・・願いは叶わなかった・・・私の故郷は無くなり、愛する弟はすでにこの世にいないことが確かめられた・・・・・・・・
「うっ、うっ、ううっ・・・」
 嗚咽をこらえる、涙が流れる・・・家族は死に、私1人が生き残っているなんて・・・。

「ミーシャ・・・」

 私に出来るのは弟を忍んで泣き続ける事だけだった・・・・・・。