ドリーム小説
「零一さん・・・・・・これ、食べてください。」
帰りのHRを終えて職員室へ戻った時
クラスの生徒、が職員室へやって来て
私の机に1つの菓子と葡萄を置いた。
「・・・・・・何だ。これは。」
「今日、家庭科の調理実習で作った葡萄のタルトと余ってしまった材料の葡萄です。どうぞ。」
「しかし、私は職業上生徒から品物は受け取るわけには・・・・・・・・・」
「もう、何言ってるんですか!零一さんは私の担任の先生なんですから、
自分の生徒が作ったお菓子を受け取ることは
校則にも零一さん独自の職業上規則にも引っかかりませんよ。
それに私は小学生の頃から家庭科で作ったものを担任の先生に食べてもらっているんです。
教えていただいている数学だけじゃなくて他の教科でも頑張ってることを知ってもらいたいんです。」
「・・・・・・なるほど。」
やや強引な彼女の言葉に流されつつも納得し、品物を受け取ることに正当性があることを確認する。
「それに、零一さんは私の誕生日にプレゼントをくれるし、バレンタインのチョコも特別に受け取ってくれますし・・・・・・」
「!」
「そうそう、前にデート・・・じゃなくて社会見学の帰りに車の中で仰ってましたが、
零一さんて、果物はグレープフルーツしか食べていないんじゃないかと思ったので、
旬の葡萄も食べて欲しいな、と・・・・・・」」
「・・・・・少ししゃべり過ぎだ。」
「あ、すみません・・・・・・」
周りの教職員が私のほうをちらちらと見ているのがわかる・・・・・・
早くこの状況から脱さなければ・・・・・・。
「・・・・・・わかった。帰宅したら食してみよう。」
「ありがとうございます!一生懸命作ったんですよ。味わって食べてくださいね!」
「・・・・・・ああ。
・・・・・・コホン、ニヤニヤしていないで、
用が済んだら早く音楽室へ行きなさい。今日はしごくぞ。」
「そんなあ・・・・・・。じゃあ、早く行って練習しなくちゃ!それでは、失礼します!」
・・・・・・いつの頃からだろう、彼女と会話をしていると周囲が気になって仕方がない。
何故だ?
こんなこと、かつての生徒では体験しなかった。
彼女だけ・・・・・・一体この感じは何なのか。
「・・・・・室先生。氷室先生ったら!」
「・・・・・・んっ?・・・・・・・本田先生。何か?」
茶の入った湯のみを片手に話しかけてきた。
「どうしたんですか?思い詰めた顔しちゃって。
それはそうと、さっきの生徒、何持って来てたんですか?
・・・・・・・あ!タルトじゃないですか!美味しそうですねぇ・・・・・・・」
軽そうな口調で視線を私の机に遣る。
明らかに茶請けとしてさきほどが持ってきた菓子を狙っている・・・・・・。
「あげませんよ。彼女は担任の私にと持ってきたのですから。」
手を伸ばしかけていた本田先生の行動を遮る。
そして、彼女がくれた菓子類を素早く鞄にしまった。
「(ガクッ)・・・・・・やっぱりダメですか。4分の1でも食べたかったなぁ・・・・・・。
・・・・・・俺、女性が作ってくれたものって久しく食べてないんですよね・・・・」
「それが?」
本田先生はいつも私のことを詮索するような会話をしてくる要注意だ。
彼にはやや冷たくあしらうのが一番だな・・・・・・。
「あ、いや、その・・・・・・・ちょっと羨ましいなと・・・・・
結構人気あるんじゃないですか?あの子。明るくて頭もよさそうで・・・・・モテるんだろうなぁ・・・・・
先生のクラスの男子、狙ってる子いっぱいいそうな気がするなぁ。ねぇ、氷室先生?」
「・・・・・・全くバカげている。私は部活のほうへ行きます。失礼。」
「あ!待ってくださいよ。氷室先生!
・・・・・・ちぇっ。つれないなぁ・・・・・・。
あっ、ねぇ教頭!氷室先生、最近どこか変ですよね?
時々遠くを見つめたり、悩むような仕草を見せたりして・・・・・・・」
「ハハハ、そりゃ、アレに決まってるよ。恋だよ、恋!」
「あ、やっぱそうかぁ!アンドロイドでも恋はするんですねぇ。ハハハ」
「おいおい、そこまで言っちゃあ悪いよ、本田先生。アハハハ!」
・・・・・・・しっかり聞こえているぞ。
全くあの二人は・・・・・・。
私が恋などする筈がない。
ただの脳内ホルモンのいたずらに過ぎない、実に愚かなことなのだから・・・・・・・・。
しかし、部活中にと視線が交錯しても、すぐに外してしまう自分がいた。
何故、意識をしてしまう?彼女が氷室学級のエースだから?それともやはり・・・・・・・?
社会見学ももっと彼女にいろいろな経験をさせたいがために誘っているのであって・・・・・・
・・・・・・しかし休日まで時間を共にするに従っての意外な一面に驚かされ、
より彼女について知りたくなっていくのは・・・・・・事実、かもしれない。
帰宅時の車中でもの顔が浮かび
今日話したこと、授業中も何度も目が合ったことをずっと考えていた。
帰宅をして、部屋の明かりをつけると
キッチンへ向かい、紅茶を淹れるため湯を沸かす。
・・・・・・もちろん、にもらったタルトのために。
袋から取り出したタルトと葡萄はつやつやと光り、
旬を迎えた姿で誇らしげに存在していた。
私はまず葡萄を房ごと掴んで口へ運んでみた。
芳しい香りが鼻をつつく。
口を開けて果実を1つかじってみる。
甘さの中に酸味も存在して、舌の上で複雑な味覚となって感知される。
葡萄はこんな味だったろうか。
しばらく口にしていなかった葡萄に少々驚きと新鮮さを覚えた。
ケトルがシュンシュンと湯気を上げ始め、
しばらくしてピーという高音が部屋に響く。
洒落たティーカップが見つからず、
ずん胴のマグカップにティーパック式の紅茶を淹れることになったが
私は丁寧過ぎるほどに湯を注いで、水色が琥珀色に染め上がるのを待った。
リビングテーブルの上に置いたタルトと葡萄の隣に紅茶を並べ
しばし立ち上る湯気に思いを巡らす。
湯気を目で追っていても、ふと、の顔が浮かび私の思考の邪魔をする・・・・・・・。
邪魔・・・・・・?果たしてそうなのだろうか・・・・・・?
いたたまれずに、タルトに手を伸ばし口に運ぶ。
甘い。
先ほど食べた生の葡萄とは随分異なる甘さだ。
砂糖で調整された甘みは確かに美味だが、私の舌には少し甘過ぎる気がした。
そういえば・・・・・・甘い菓子類はがくれた今年のバレンタインチョコ以来食べていない。
不慣れな甘さを紅茶で洗い流すことはせずに
今度は生の葡萄を手で一つもぎ取ってから口へと運んだ。
やはり、甘酸っぱい。
口に残るタルトの甘さのせいで余計に酸っぱく感じた。
・・・・・・不意にまたのことを思い出してしまう。
どうしてこう胸が締め付けられるような苦しい気持ちになるのか・・・・・・・。
口の中の葡萄を噛むたびにその苦しさは増していくようだった。
甘酸っぱい葡萄、その味は今の私の思いをそのまま表しているのだろうか・・・?
これが恋ということを頑なに否定していたが、最早そう出来ないまでに至っているらしい・・・・・・。
脳内ホルモンは己の人生にまで影響する、何とも恐ろしい物質だな・・・・・・。
失笑する自分。
タルトのように共に甘い時間を過ごしたいと、
この私に思わしめる君が生徒ではなく一人の女性であるということを改めて感じた日であった。
|