阿留邊幾夜宇和(あるべきようは)とは、人は時により、事により、いかに自分は生きるべきであるかを考え、それに従うという事とを言っています。
今、私たちは、往々にして、周りの様々な事象に動揺したり、自分を見失いがちになったりします。また、苦しい時にはそれを避けて通り、易きについて、自分を甘やかし、合理化したりもします。それで通用するような世情の中にいます。これではどうにもなりません。大事なことは、一人ひとりが「自分のあるべきようは、何なのか?」「自分は、これでいいのか?」と言う、厳しい問いかけを、常に己の上に課する生き方を善しとし、自らを戒め、自らを律していかなければなりません。
自他のために、世の中のためになる働きをする。そうした生き方をしたいものだと考えております。
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