| 障害を持つ子どもたち Main |
広汎性発達障害 (PDD) |
自閉症 | 精神遅滞 (MR) |
| 注意欠陥・多動性障害 (ADHD) |
ダウン症 | 発作性疾患(てんかん) | 学童保育と障害児 |
| Tellus Abico Top |
![]()
| 印南 理津子 |
| 「障害児」とひとくちに言っても、もちろん皆さんにも性格があるように、ここに書かれているものがすべてではありません。一人一人の性格や環境で違いがあって当たり前です。 私の息子は広汎性発達障害です。そして平成15年には、小学校にあがります。 仕事をもっている私には、学童保育がなくてはならない大切な場所です。しかし障害児を受け入れる学童の中では、指導員の先生方はもとより保護者の方の不安、そして子ども達の混乱があるかと思います。障害を持つ子には、さまざまな原因により、さまざまな困難があります。そのすべてを書き出すのは無理でも、ほんの少しでも誤解や偏見を取り除くことが出来れば…そして、何より学童の子ども達に彼らへの理解が広まれば…と、祈るような思いで書きすすめました。 新木(千葉県我孫子市)にある「こども発達センター」のひまわり園を始めて訪れた時、私は大きな衝撃を受けました。私の人生の中で、これほど多くの障害を持つ子どもと同じ空間にいたことなど無かったのですから当たり前なのですが、何より驚いたのは彼らの訓練する姿でした。 ベルトのついた靴で足を固定させ歩く訓練をする彼らに、胸が締め付けられる思いでした。もちろん訓練自体を否定する気も、非難する気もありません。彼らは健常者社会に一歩でも近づこうと戦っています。それなのに、私は今まで彼らを理解しようと学んだり、歩み寄る努力をしたことがあっただろうか…自閉症の名前すら知らない無知な私の、我が子の障害を宣告されただただ泣いていた私の“はじめの一歩”でした。 今、バリアフリーがさけばれています。そしてそこからさらに一歩進めて、障害の有無にかかわらず、すべての人が過ごしやすい世の中にしようと、多くの人達がはたらきかけています。特殊な設備や施設で、高齢者や障害者に対応するのではなく、常に誰もが利用しやすい環境を心がければ、不便だった町もぐんと行動範囲がひろがります。ハンディキャップのある人でも、ハード面である施設の充実と、ほんの少しの手助けがあれば、障害の壁はたちまち低くなるのです。 しかし、「障害者=かわいそうな弱者」という思いが強い日本では、表面的な同情や哀れみがじゃまをし、なかなかバリアフリーが進みません。障害者に触れ合う機会の少ない人達に理解を呼びかけるのは難しいことでしょう。何より大切なのは、子どもの頃からの教育だと思うのです。障害を持つ子を肌で感じ、同じ環境のもとで生活させると、子ども達は大人が思うより柔軟に対応します。彼らにどんな手助けが必要なのか、自分達はどう接すればよいのかを体で学ぶのです。障害を持つ子も、そうでない子も一人一人が同じ地球上に生まれた仲間であり、誰一人として同じ人間はいないのだと、そしてお互いを認め合い、たった一人しかいない自分を大切に思うことができたら…そのとき世界中から「いじめ」なんてなくなると思うのです。 不思議なことですが、障害を持つ子と接していると、重度であればあるほど人々の心の中に大きな問いかけをしてきます。その全身で、人間としての忘れてはならない何かを訴えてきます。私も今まで生きてきた人生の中で、息子がいなければ気づくことさえなかったたくさんの豊さを学び、たくさんの人達の優しさにふれ、大切な出会いをするこができました。そして、まったく知識の無い私が“障害児への理解を…”との思いだけで強引に書きすすめてきた文章を、お忙しい中一つ一つに目を通してくださった、福祉主事の遠藤先生には感謝の気持ちでいっぱいです。 どうか世界でたった一つの大切な命が、絶え間なく輝き続けますように・・・ |