みるみる〆らぐなろく Vol 1.5

コンコン・・・

 

飾り気はないが、重厚感のある部屋にノックの音が響く。
 「入れ」
ちょうど中年に足を踏み入れたあたりであろう男が答える。

 

ガチャリ

 

 「プロンテラ騎士団四番隊副長アレス出頭いたしました!!」
ビシッと敬礼する若者に対して、男は椅子にかけたまま敬礼をかえした。
 「ご苦労。今日呼んだのは個人的な頼み事があってな」
 「はい。ヘルマン団長のお頼みとあらばいかようなことでも!」
まるで背中に棒でも入っているかのように見事な直立姿勢で物を言うアレスという若者に、
ヘルマンは少し困ったような顔をした。

 

 「挨拶はともかくとして、君にまでそんな堅苦しいことを言われたらかなわんよ」
 「しかし団長・・・一応団内ですし、ある程度の礼節は・・・」
 「それもそうだが、程々にな」
 「はい。それで団長、頼み事というのは?」
それまで直立してた姿勢を崩してアレスが問う。
 「下水の事件は聞いてるな?」
 「アルケミストが間違ってなんたらかんたらってアレですか?」
 「そう。若い連中が職務放棄したアレのことだ。」

 

下水事件は騎士団で知らない者がいないほど有名な話だ。
アルケミストのミスで大発生した下級のモンスターを駆除するという国王からのお達しは、
まだ修練度の低い騎士達にまわされたのだが、
プライドばかり高い彼らの猛反発にあって、一般公募に切り替わったという経緯がある。

 

 「全く・・・あんなことだから彼らは強くならんのだ・・・そもそも騎士というのは───」
 「あー団長・・・それで下水がどうしたんですか?」
深いため息をつきながら遠い目で何やら語り始めようとしたヘルマンの先手を打って
アレスは強引に話題を戻した。
 「そうだったそうだった。どうもその下水の事件、裏がありそうでな・・・」
 「裏・・・・・ですか・・・・・?」

 

ヘルマンが語り始めた話はアレスが想像してたよりも遥かに重そうな話であった。
表向きには、問題のアルケミストは既に処罰されたことになっているが
どうやらヘルマンが調べた限りではそのような公式書類が一切ないらしい。
更に、下水の奥深くで怪物を見たという怪しげな目撃談もあるとか。

 

 「どうやら単なる国王のお遣いというわけではなさそうなのだ。」
 「なるほど・・・それで俺は何をすれば?」
 「君には下水最深部の調査を頼みたい。公式発表の件についてはこちらが調べよう」
 「わかりました!団長のために必ずや良い結果をお持ちいたしましょう!」
 「だから堅苦しいのは、やめいというのに・・・」
やや呆れ顔のヘルマンに対して、アレスは満足そうにニヤニヤ笑うとドアの方へ向き直る。

 

 「あぁ、アレス君。このことは内密に頼むよ。」
 「わかってますって、団長」
振り向かないまま手をひらひらと振ってアレスは部屋から出て行った。

 

 「頼りにしてるぞ・・・」
一人になった部屋でボソリとつぶやいた言葉がヘルマンの心中を表していた。
若いながらも卓越した剣技と才能で副長に昇り詰めた彼をヘルマンは信頼している。
格式だの誇りだのを重視する騎士団の中で、彼の性格はかなり特異なものだったが、
芯の部分では真面目であり、本音をぶつけることのできる人物であった。

 

騎士団に縛られて動くに動けないヘルマンは、
彼ならばなんとかしてくれるのではないか。と祈って目を伏せた──

 

 


カツン、カツン、カツン・・・
下水の最深部、大きく開けた空間にブーツの音が響き渡る。
ヘルマンの話を聞いたあとアレスは信頼のおける友人に協力を頼んだのだが、
一足先に着いたために一人でこのフロアを回っていた。
 「んー・・・なんもねーなぁ・・・」
何も無いとは言っても、モンスター化したゴキブリ等はいたのだが、
彼の仕事は低級モンスターの駆除ではなく、噂の真偽を確かめることにあるので
低級のモンスターは全て無視してきたのだ。

 

わざわざ応援を呼ぶほどでもなかったかとアレスが思い始めた時──
 「おまたせー♪」
やたら軽い声と共に現れたのはちょうど必要無いと思い始めた友人だった。
 「やたらテンション高いな・・・シア」
 「いやーそれがさぁ。さっき可愛い剣士ちゃんと出会ってしまったわけよー」
咥えていたタバコを壁で押し消し、
シアと呼ばれた若者はニコニコしながら言った。
 「なんか初々しくてさー。ミルミルフィーユちゃんっていうんだけどさー」
 「ったく・・・お前それでも聖職者なのかね・・・」
呆れ顔でぼやくアレスを横目にシアは嬉しそうに続ける
 「なー、あとでWISしちゃおっかな〜?どう思─」
 「シッ!」

 

アレスがシアの口に手を当てて鋭く言葉を止める。
どうやら真剣な表情から察するに、単に脱線した会話を止めたいだけではないらしい。
怪訝な顔で相手を見つめるシアに、アレスは空いてる方の手で水面を指差す。
 (・・・・?)
シアも水面を注意して見ると、風もないのに一定間隔で水面が振動している。

 

 「なんだこれ・・・」
更に注意すると、振動に合わせて奥のほうから音が聞こえてくるのがわかった。

 

ズズゥゥゥン・・・・・・・・・・ズズゥゥゥン・・・・・・・
だんだんと音が大きくなり、はっきりと聞こえてくるようだ。
 (おい・・・やばくないか?)
声を殺してのシアの問いかけに対してアレスは無言で頷いた。
 (支援魔法をかけてくれ)
アレスの要請に応えて、必要と思われる魔法を素早く唱える。
囁くように唱えられた呪文は、効果を落とすこともなくアレスの身体を軽くした。

 

ズズゥゥン・・・・ズズゥゥン・・・
音は大きくなり、普通にしていても振動が感じ取れるほど、近づいている。
小気味良い音を立てながら愛用のクレイモアを抜くと、
アレスは警戒しながら、音のする角のほうへ歩いていった。

 

「な!なんだこりゃぁ!」
角から現れた巨大な・・・いや馬鹿でかい金色の怪物を見て思わずアレスが叫ぶ。
ゴキブリ・・・と言えばよいのだろうか。
しかし羽や顔にあたる部分は醜く形を変え、もはや虫の類ともかけ離れた形になっている。

 

ギシャァァァァァ!

 

アレスを発見した黄金の虫が耳を裂くような声と共に、向かってくる。
 「こいつよりか剣士ちゃんの方と出会いたかったぜ」
軽口を叩きながらも突っ込んで黄金虫に対して太刀を入れる。
ガチィィン!
しかし剣は胴に届くことなく、素早く割り込んだ足で防がれた。
 「くはぁ・・・・美少女よりしびれるなこりゃー」
丸太でも両断することのできるアレスにとって傷ひとつ負わすことができないのは
軽くショックなのであろうが、それでも焦らないというのはさすがというところか。
 
 「イムポシティオマヌス!!」

 

不利な戦況と見てシアは追加でアレスに支援をかける。
 「サンキュッ」
簡単に礼を言い、再び黄金虫に向かって走るアレス。
風を切りながら振り下ろされる触角をギリギリでかわし、足の関節に向かって剣を滑らせる。
今度こそ足の一本を切り落とし、そのまま腹へ剣を進めようとするが、
さすがにそれは残っている足で防がれる。
アレスは背後から迫る触覚を避けるためにいったん間合いを取り身構えた。

 

 「おかえりー、苦戦してるねぇ」
 「ばっか、こういう時は頑張れの一言ぐらい言えってんだ」
再度タバコを取り出しながらのんきに言うシアを睨むアレス
 「あれ、マッチどこだっけ」

 

ドガァァン!

 

ごそごそとシアがポケットをあさり始めた瞬間、
今までアレスがいた所に黄金虫が放った火の玉が落ちる。
 「うぉ!あぶないなー」
 「マッチのかわりに火つけてくれたんじゃねーの?」
爆風のあおりを受けたシアを、アレスが鼻で笑った。

 

 「ま、さっさと倒すぜ」
視線を戻し、再度剣を構えて黄金虫に向かう。
アレスめがけて下ろされる足を、剣で受け流しそのまま腹の下へと潜り込んだ。

 

 ホーリーライト!

 

シアが放った魔法で一瞬ひるんだ黄金虫を下から突き上げるように切り裂く。
痛みに怒りの声を上げ、乱雑に振られる触覚を簡単に避け、目の前に躍り出ると、
そのままアレスは黄金中の頭を両断する。

 

ズズゥゥン・・・・

 

最後は声すら上げずに倒れた虫を見て二人は同時に「ふぅ」とため息をついた。

 

 


──その後、アレスは騎士団に戻りヘルマンに直接報告をした。
噂が真実であったこと。
黄金虫以外に特に目立った異常はなかったこと。
そして、黄金虫の背中に奇妙な焼印があったこと。
ヘルマンは「そうか・・・ご苦労だった・・・」としか言わなかったが
彼の深刻な表情は、問題が簡単ではなさそうなことを物語っていた・・・・

 

 

 

 

 

葵の人:最後まで読んでくださりありがとうございます。

     このあとシアが剣士にWISしても届かなかったわけですが、それはご愛嬌。