みるみる〆らぐなろく Vol.1
グシャ・・・グシャリ・・・
一歩進むごとに形容しがたい感触と音が足下から伝わる。
都市の真下から、近くを通る川まで地下を走って繋ぐこの下水道は
先代のトリスタン2世が即位して間もない頃に完成した。
すでに機能していた上水道と合わせて、大々的に完成セレモニーを開いたほどに
ある種プロンテラの象徴にもなっている。
なぜ剣士である私がこんなところにいるのか
それはむしろ私が問いたい質問だ。
事の発端はホムンクルスを研究していたアルケミストの一人が
実験の過程でできた怪しげな廃液を下水に垂れ流したことにある。
そのこと自体はよくあることなのだろうが、
どうやらその廃液が下水に元々住み着いていた生物を凶悪化させてしまったらしい。
当然そのアルケミストは処罰され、
残った問題である、モンスターの駆除を騎士団が任命された。
そこまではいい。
問題はココからだ。
任命されたからには騎士団としては当然駆除に乗り出さなければいけないのだが
プライドの高い彼らは口には出さずとも
「下水などに我らが赴き、低級のモンスターを相手するなど騎士の誇りに反する」
とでも思っていたのだろう。
彼らは有志の者を広く一般公募しモンスター駆除に乗り出す策を取った。
が、文字通り汚れ役とも呼べるこの仕事を引き受ける者はそう多くなく、
困った騎士団は内密で剣士ギルドに駆除を依頼してきた。
騎士団に頭が上がらないギルドが断るはずもない。
元々、プロンテラに居を構えていた剣士ギルドがイズルートに移ったのは、
『静かな環境で鍛錬に集中できるように』というのが表向きの名目らしいが、
ギルドのマスターが国王の前で失態をしでかし、左遷されたというのが真実らしい。
国王に優遇されている騎士団に恩を売るには絶好のチャンスとでも思ったのであろう。
結果的に下水のモンスター駆除は剣士ギルドが内密に推薦した数人の若手剣士にまかされた。
そのうちの一人が私というわけなのである。
正直、騎士団の顔を立てるためにするような仕事は願い下げなのだが
剣士ギルドからの命令なのだから仕方ない。
私は苛立ちを振り払いながら歩みを進めた。
ザンッ
鈍い音を立てて巨大化したコウモリを斬り捨てる
これで何匹目だろうか・・・数えるのもうんざりする。
しっかりとした足場がある階層のモンスターをあらかた片付け、
浅い汚水の中を進むこと半刻ほど。
基本的には元々いた生き物達が巨大化しただけなので
単体であれば駆除するのに大した手間はかからない。
しかし、群れでいるとなるとそう易々とも行かない。
特にゴキブリが巨大化したものは、こちらから危害を加えなければ襲ってこないが
ひとたび身の危険を感じると甲高い鳴き声で仲間を呼び集める。
女だてらに剣士をやっている私は力よりも速さで勝負をするタイプなため
あまりに囲まれると突破もできず避けることもできなくなってしまう。
私はそれを避けるために1撃で仕留めるように慎重に駆除していった。
「ふぅ・・・」
地図を広げながらため息をつく
全行程の半分くらいのところまで来ただろうか
また足場のしっかりとした場所にでたのでここで一息つくことにした。
「はぁ・・・・・・」
藻なのかゴミなのか一見ではわからない物が
比較的新しいブーツにベットリとまとわりついているのを見て私は二度目のため息をついた。
多少、気が滅入りながら足を蹴り上げるように振って緑色のかたまりを飛ばす。
一々、目で追ったわけではないがそれはそのまま放物線を描き数メートル先へ落ちた。
ベチャッ
キィー!
気色の悪い音に続いて予想外の声が響く
「しまった!・・・」
どうやら間の悪いことにちょうど落下地点にゴキブリがいたらしい。
注意していたにも関わらず、鳴き声と共に奥からゴキブリの群れが迫ってくる。
後悔しながらも鞘に戻していたレイピアを素早く構える。
ハッ!
気合と共にレイピアを一閃し、先頭にいた数匹をまとめて屠る。
そんなことはお構いなしに群がってきたゴキブリ相手に
今度は剣を高く上げ渾身の力で地面に突き立てる。
「マグナムブレイクッ!!」
ドンという爆発音と共に私を中心にして地面を炎が駆ける。
剣技というよりはどちらかというと魔法のセンスを必要とする技だ。
広がった炎は足下近くに群がっていたゴキブリ達を焼き払う。
それでも波のように襲ってくる奴らに対し、私はもう一度高く振りかぶった。
しかし振り下ろそうとした瞬間、右足首に鈍痛が走る
「ナッ!?」
慌てて目を下ろすと1匹のゴキブリがブーツに噛み付いている。
冒険者用の丈夫なブーツを貫通するとは何というアゴの力・・・
いや、関心している場合ではない、
痛みに耐えながらもう一度私は剣を振りかぶろうとする。
しかし、今度は左足に鈍痛が走る。
続いて背中、右腕。このあたりから、どこが痛いのかすらわからなくなってきた。
こんなところで・・・・・・死んでたまるかっ・・・・
痛みで薄れ行く意識の中で、最後の力を振り絞り剣を握り閉める。
「マ・・・グナ・・・」
「ブレッシング!!」
「・・レイク!」
私の声に、別の声が重なり
次の瞬間、周囲の空気が煮えたぎる。
私の出したマグナムブレイクが原因とわかるのに数秒かかった。
熟練の腕なら岩をも溶かすとは聞いたことがあるが、あまりのことに
私は勢いで転がった剣を拾うこともせずに、まじまじと自分の両手を見つめてしまった。
どうやら一撃で周囲の敵を燃やし尽くしたこの現状は
よく考えれば祝福の魔法のおかげらしい。
私の声にかぶったあの言葉は、プリーストが得意とする魔法の名だ。
そう思い振り返ってみれば、ちょうど一人の男が駆け寄ってくるところだった。
「間に合ってよかったよ」
そう言いながらその男は私に癒しの魔法をかける。
まだ二十歳過ぎくらいだろうか、タバコを咥えてる姿はとても聖職者には見えないが・・・
「助かりました。油断してしまい、ご迷惑をかけました。何か私にできることはないですか?」
彼は丁寧に謝る私をきょとんとした顔で見つめ
「プッ!ハハハハハ・・・」
笑い出した・・・
「な、何か問題でも?・・・」
「いやぁ、こんな下水の奥深くに可愛らしい剣士がいると思ったら、
騎士連中みたいな喋り方なもんだからおかしくって」
そう言いながらもまだ彼はクスクスやっている。
「と、とにかくありがとうございました!」
私は視線をそらしやや荒く言い切る。
「ごめんごめん。別に馬鹿にするつもりじゃないよ。あぁ、そうだ」
ブレッシング、インクリードアジリティ、アムスプティオ
次々と力ある言葉が彼の口から紡ぎだされる。
静かだが力強い声が妙に心地いい。
「ってアムスプティオ!?あなたハイプリーストなんですか!??」
「あぁ、そうは見えないだろうけど一応ね」
驚いてやや失礼な事を口走った私に対して
彼はそういう反応に慣れてるのか少しニヤリとしただけだった。
「いけね、仲間のとこにいかなきゃ!ごめんね、また機会があれば」
突然、そう言って駆け出した彼を私は声も出さずに見送った。
いや、あっけにとられていたのだ。
離れ行く後姿をしばしボーっと見ていると、急に彼が振り返り大きな声で言った
「君!名前はー?」
「あ、ミル・・・ミルフィーユですー!」
「OK〜!ミルミルフィーユちゃんねー!」
「なっ・・・ちがっ!」
彼は私の訂正を聞こうともせずそのまま奥に走り去って行く。
まるで突風が過ぎて行ったような感覚に私は少しの間立ち尽くしていたのだが、
地図を再び広げると奥に向かって歩き出した。
なんだかこの仕事は楽しくなりそうだ。
小さな突風を心に留め、私は進む。