みるみる〆らぐなろく Vol.2
穏やかな空と、頬を撫でる風が気持ちいい
これが仕事でなければ実に爽快であっただろう。
ただ、前回の仕事と比べれば天と地ほどの差があると言ってもいい。
私が所属する剣士ギルドにも少しは感謝をしなければいけないな。
今回の仕事、すなわち「ポリン島の調査」を私は『褒美』として認識している。
こないだ遂行したばかりの仕事は、下水という劣悪な環境に加え
ギルド間の裏事情などという非常にめんどくさい背景があった。
さらに言えば、途中で死線を彷徨った事も報告書に出して提出したので
それに対する彼らなりのねぎらいなのだろう。
表向きに下水のモンスター駆除という仕事をしたことにはできない。
故に休暇を出すわけにもいかない。
そこで考えたのが街からも近く、とりたてて危険も無いこの島の「調査」といったところか。
ありがたいことに期限も長い1週間ときている。
4日目の今日も昼頃にここにきて、一回りして冒険者達の数や行動をメモしたら帰る予定だ。
最後に結果をまとめて出せば今回の仕事としては十分だろう。
ここにはポリンと呼ばれるスライム状のモンスターを筆頭にして、
同系種だが強さの違うドロップス、マーリン、ポポリン等がいる。
いずれも向こうから襲ってくることはない気弱な性格のため、
ここは初心者の腕試しのために最適な場所として有名だ。
いつも一回りする間に数人の駆け出し冒険者に会うのだが
今日はまだ一人も見かけていない。
まぁ、そんな日もあるのだろう。
そうだ、今日はあそこに行ってみよう
思い立って私は北東の隅に向かって歩き出す。
はぐれ小島が島の隅にあるのだが、そこから見る景色が最高なのだ。
まだ私自身が駆け出しのころ、よくそこの切り株に座って休憩した。
長いこと行ってないがまだあの切り株はあるだろうか?
「ん?」
まだ目的の場所はだいぶ遠いのだが、
遠くに倒れてる人影らしき物を見つけて思わず声を出した。
慌ててその人影に走り寄る。
これは・・・・
近寄ってみるとノービスの女の子である。
ただ体中に、ポリン程度では到底つけることのできないようなおびただしい傷がある。
すぐに首筋に触れて脈を見るが冷たい感触が手のひらに伝わってきただけだった。
ここにはそんな危険なモンスターなどいないはずだが・・・
「いったい何が・・・」
頭では整理しきれずにポツリと声を漏らした時だった。
「ふせろっ!!」
突然後ろからかかった声にからだが硬直する。
その硬直を解いたのは私自身ではなく、
後ろから猛烈な勢いで覆いかぶさった何かだった。
直後に炸裂音が響き渡る。
「うぇぁ・・・・」
後から考えればなんとも情けない声を出し、上に覆いかぶさってる物を見上げる。
「悪い、説明はあとだ。立って剣構えろ」
それだけ言うと、上に乗っていた騎士は立ち上がって剣をかまえた。
私も立ち上がって剣を・・・
「あー!持ってない!」
そうだ・・・安全な場所だからと思って護身用の短剣しか持ってこなかったのだ・・・
とりあえず騎士の向く方に目を向けると、ぼろぼろのローブを纏った骸骨がふわふわ浮いていた。
ウインドゴースト!?
「なんでこんなところに・・・」
本来ならこんなところにいるはずもない、かなり強い部類に位置するモンスターだ。
私は急いで腰に差してあったマインゴーシュを抜き放つ。
ゆらりと近づいてくるウインドゴーストを警戒しながら騎士が口を開く
「おまえ、バッシュは使えるか?」
「あ、はい。習ったばかりですが。」
バッシュというのは武器の腹や柄を使って相手の急所に打撃を与える剣技である。
「よし、俺が引きつけるから隙があれば叩き込め」
そういうと騎士は剣の握りを変えてウインドゴーストに突進した。
ツーハンドクイッケンか!
柄を独特の方法で握ることによって剣の返しを早くする上級の剣技で、
この騎士がなかなかの実力者であることを意味している。
彼は相手の杖を叩き斬るとそのまま懐に潜り込んで素早い暫撃を繰り返す。
すごい!!
彼の動きは賞賛に値する物だった。
相手の攻撃をひらりひらりと避けながら、それすらも反動にして二度三度と斬りつける。
私も隙を見てバッシュを叩き込まなければ!
隙を見てバッシュを・・・
隙を見て・・・
無い・・・・
無駄の無い動きで相手をどんどん押していく彼の攻撃に
私が潜り込む余裕等ないではないか・・・
マインゴーシュを構えたまま動くに動けない私を尻目に、
彼はあっさりとその剣技でウインドゴーストを倒したのであった。
「お仕事完了っと」
誰に言うでもなくそう呟くと私の方に向き直る。
「わりぃ、手伝ってもらうまでもなかったな」
けらけらと笑いながら言う彼に、私は苦笑を返した。
「それはいいんですが、何でこんなところにウインドゴーストがいたんでしょうか?」
「あぁ・・・そいつはね・・・」
彼の話では最近こういったはぐれモンスターが増えているらしい。
まだ大きな騒動にはなっていないが、騎士団員の緊急出動回数は半年前の実に5倍。
今日も、なんとか生き延びたノービスの報告を聞いて彼が駆けつけたそうだ。
どうも最近、きな臭い事件が多い。と彼はボソリと言った。
「それにしてもすごい剣技ですね」
説明が一段落した所で私は切り出した
「そうか?もっとすごい奴なんかゴロゴロしてるぜ?」
「私も素早さで押すタイプなので・・・少し憧れます。」
そう言うと彼は、ふむっと軽く頷きおもむろに私のスカートを太腿のあたりまでまくり上げる
「キャッ!? な、なな、何するんですか!」
慌ててスカートを戻す私にもう一回彼はふむ、と頷きニヤリと笑う。
「実践での技術は知らんが、素質はありそうだ。そのうち騎士ギルドに来いよ」
「え? あ、はい!」
足を見られた恥ずかしさよりも騎士ギルドに誘われたことに驚き、
私は赤い顔を隠すように下を向きながら返事をした。
「で、お前さん名前はなんていうの?」
彼はそんな様子など気にとめる風でもない
「ミルフィーユって言います。騎士さんのお名前は?」
「んー?どっかで聞いたような名前だな・・・ミルフィーユ・・・・・・・ミルフィーユ!?」
素っ頓狂な声をあげるとそのまま彼は笑い出す。
「なるほどなぁ。ククッ・・・ミルフィーユちゃん ね・・・ククク・・・」
あまりいい気分ではないが、私の名前に何か思うところでもあるらしい。
しきりに笑いを堪えてる様子だ。
「あのぉ・・・?私の名前が何か?」
「いや、まぁ知り合いがちょっと・・・ね・・・」
怪訝な顔で問う私に、いたずらっぽい目を向けながら彼は答えた。
「ちなみに、俺の名はアレス。日夜この世界の秩序を守る為に働く騎士だ」
なんてなー、と付け加えてまた一人で笑い出す。
よくわからない人だ・・・
「まぁ、お前さんとは近いうちにまた会う気がするよ。そん時までに腕磨いとけ?」
そう言うと彼は少し離れてた所に転がったままのノービスに歩み寄る。
「はい、努力します!」
力いっぱい答える私をチラリと見て満足気に頷くと、
彼は自分のマントを外してノービスの亡骸をくるんだ。
「運が悪かったな・・・」
抱き上げる彼の顔はこちら側からは見えない。
ただ、深い悲しみだけはその背中から感じ取ることができる。
「俺は騎士団に報告するためにこのまま蝶の羽で戻る。またどこかでな」
振り返った彼の顔は寂しげな笑顔だった。
「はい、私もアレスさんのようになるために努力します!」
ははは、と軽く笑うと手を振って彼はノービスを抱えたまま飛んでいった。
どうやら剣士ギルドに提出する報告書が長くなりそうだ。
まだまだ修練しなければならないことが身にしみてわかったし、
近いうちにまた会う気がするという彼の言葉も気になる。
私は足早にイズルートへの帰路についた。