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| No.12 <旧岩崎邸> 2003.08.18 |
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道路にある標識に従い、旧岩崎邸入口に入る。 鬱蒼と生えた木に囲まれて静かにたたずんでいる。 入口正面から見ると、見事な洋館である。 明治29年に完成した。 現在復旧作業が進められている真っ最中で、開放当初は外観のみ(無料)であったそうだ。 現在の開放箇所は洋館の一階、二階、和館、撞球(ビリヤード)室、そして庭となっている。 館の入口で袋を渡される。 靴を脱いで上がるのだ。 実際に使用していたときは、客が来たときは土足で、それ以外のときはスリッパを使用していたそうだ。 基本的に板張り(組み木調)の廊下・室内には歩ける範囲に赤絨毯が敷かれている。 廊下を歩くときに、靴の上からでなく素足で歩けるというのは何か、嬉しかった。 入ってすぐに目にはいる、木製の柱が美しい。 木の彫りや出で立ちもそうだが、柱の表面に結晶化した塗料(木の色そのものであることより、ニスと思われる)がきらきらと光を反射しているのである。 柱に、注意書きが二つばかりあった。 「この柱は表面の塗料が100年くらいの時間をかけて結晶化したものです。触らないで下さい。」 「この傷は、訪問者によって付けられた修復できない傷です。触らないようにして下さい。」 確かに、長い時間かけて出来上がった結晶では、即座の修繕では修復できないだろう。 なまじ、他の部分の表面が綺麗なだけに、人の指の形に複数の黒点が出来ている様は痛々しかった。 入口が小さな吹き抜けとなっており、そこにある螺旋風の階段を上る。 二階には客室が配されている。 男性用の、青系で統一された部屋。 女性用の、薄紅色で統一された部屋。 現代では「居間」があるのが当たり前のようだが、この当時には「居間」はなく、その代わりのような集会室があった。 集会室も緩やかな色(黄緑系だったはず)で統一されていた。 天井を見上げると、錦糸で彩られたペルシャ織りの布が天井にはられていた。 そう言えば、どこかの部屋の壁紙には、エンボス風加工の上に、金が塗布されている(勿論、浮き上がっている部分に線的に用いられている)所があったなぁ。 二階ベランダに出る。 ベランダからは庭の芝生が青々してる様が望める。 これで向こう側に集合住宅のようなものが見えなければ最高なのにねぇ。 左手前を見ると、離れのビリヤード室が見える。 ビリヤード室といっても、スイスの山小屋風である。 昔々の駅舎のような感じに思われた。 ベランダ右側に視線をやるとこちらには、和の棟が見える。 こっちは行けそうだな、と思ってよく見ると、こちらの洋館からダイレクトに繋がっている。 おお、面白そうだ。 ひとしきり景色を眺め、室内に戻る。 昇ってきた階段を下り、一階を見て回る。 まず、左手の執務室。 実際に使っていた跡を思わせる傷が至る所に残っている。 執務用机や椅子も、当時のそのまま。 飾り気のない、家具は前述の二つのみという部屋は、本当に実用的機能しかない。 だが、部屋の広くもなく狭くもないその広さと、落ち着いた雰囲気が心地よかった。 執務室を入口とは逆側に抜けると、そこはサンルームである。 ルーム、といっても、縁側に壁を付けたと言った方が説明としては通りやすいように思う。 端の方は椅子が向かい合わせに三つずつ並び、歓談が出来るようになっている。 我々来訪者がそこで休めるよう、雰囲気を壊さない程度の椅子も、配されていた。 あー、いいねぇ。 温泉に来たときに味わうような、まったり感を満喫しつつ、休憩。 サンルームを抜け、室内に戻る。 こちらは机、椅子のようなセットはなかったが、玄関入口近く及び部屋の雰囲気から、応接室のような感じを受けた。 正方形の室内だが、サンルーム側の二角は二等辺直角三角形に角が落とされ、また、玄関側の入口の二角は、角の上方三分の一ほど木枠がはめられており、実質的には八角形の部屋に感じる。 上記のように角のない部屋のため、六畳少々のスペースでも全く圧迫感は無い。 部屋を通り過ぎ、再び一階の玄関前に立つ。 次は玄関入って右手前方にある、食堂だ。 こちらも応接室同様、机椅子のセットは無かったが、隣の厨房とのドアが面白かった。 そのドアにはノブが二つと、ノッカーが一つ付いている。 ノブはドアを上下に三等分した一番上と、下の部分に付いている。 そして、ドアはそのノブ付きの上と下、双方を別々に開けることが出来る。 食堂の雰囲気を壊さぬように、という配慮からだろう。 また、ノッカー部分もそこだけ独立して開き戸風に開くことが出来る。 食堂の進み具合を見るのに最適となっている(少しばかり位置が高い気がしないでもないが)。 実に楽しい。 流石に厨房部分に立ち入ることは出来なかった。 再度一階廊下に出ると、後は突き当たりまで行くだけである。 途中、客用のコート・傘掛けやトイレがあった。 そう言えば、風呂はどこにあったのだろうか? 一階の一部分、地下や三階部分に関しては未公開だから、もしかしたらそこにあるのかもしれない。 廊下途中、小さな窓があった。 そこから、この館の屋根部分が見える。 右側には洋風の屋根、これから行く左側には和風の屋根。 継ぎ目無く段差という形で繋がっている。 違和感あるようで無い様が面白く、パチリ一枚。 この館の不思議な造りをあまりにしげしげと見ていたせいだろうか。 我々に、ここの管理・調査をしているとおぼしき女性が声を掛けてきた。 「修復もしているんだけど、なかなかすすまないのよ。ここの天井なんかもこの通り、少しの修復じゃすまないしね」 裏玄関とおぼしき所の天井を指さし、そう言う。 確かに、天井は天井紙の様なものがはがれてボロボロになっている。 「三階なんかは公開しないんですか?」 姉が問うと、 「あそこも階段が狭く急で、まだ修復が済んでいないから危なくて一般公開は出来ないのよ。三階に上がるとまた景色が違って、綺麗なんだけどね」 こう返答が帰ってきた。 「何年かしたら公開できるようになると思うけどね」 そう言い置いて、去っていった。 手の入っていない様も自然で良いが、流石に公開に耐える為にはそれなりの手を施さなくてはならない、と言うことか。 未公開部分は、何年か後を楽しみにしているとしよう。 洋館突き当たりの右手は玄関裏口。 左手は、和館となっている。 おおー。 なんか感動。 和館入り口部分の渡り廊下が「畳廊下」となっているのだ。 大概の場所は廊下と言えば板張りである。 それが、畳。 何カ月ぶりかの畳の感触だぁ。 足に心地よい畳を踏みしめ進む。 公開部分は、主がおわす部屋と、その隣二部屋だった(とはいうものの、外観からして非公開部分は外側廊下部分のみと思われる)。 ふすまに描かれた絵も、そのままの状態になっているため本来は淡い墨絵であったものが今は茶染みのようになっている。 復元画の縮小コピーが一の間におかれていた。 壁にある違い棚が、一の間には何故か二つ、角を挟むようにおかれていた。 実用性をわりと重視して造られたようで、洋館でもそうだったのだが、こちらも二重窓(外側がガラス窓で、内側が障子)になっていた。 和室の奥の方にはお休み処があり、抹茶とお菓子が頂ける(五〇〇円也)。 和館の縁側から、庭の方に降りる。 庭と言っても木や花壇で飾っているものではなく、洋館と和館でL字型に囲まれており、芝が一面に敷かれているだけである。 霧雨で芝が少し濡れていた。 あ、シオカラトンボ。 小さい秋を見つけた気分である。 庭を突っ切って、洋館の離れ的位置に立っているビリヤード場に行く。 ビリヤード室、と言っても外観の建築形式は洋式とも和式とも異なる、スイスの山小屋風である。 館の軒下には休めるように椅子が置かれている。 中の修復はまだ済んでいなく(とは言っても、天井は既に綺麗になっていた)、ガラス窓や戸口から中が覗けるだけである。 長期間使用されていなかったものらしく、廃屋のようになっており、古い家屋特有の匂いが立ちこめていた。 中にはビリヤード用の台が三台ほど、置かれていた。 ビリヤード室は離れと言っても、地下で繋がっているようだ。 この館の廊下には地下へ続く階段があり、すぐ外には明かり採り用の磨りガラスが上部にある箱のようなものがあった。 階段横には、階段を封鎖するための板も備え付けられていた。 是非、入ってみたい。 うずうずと騒ぎ出す心を抑えるのが大変であった。 ビリヤード室と洋館の間を抜けると屋敷外に出る。 落ち着いてまったりした空間を手軽に求めたいのなら、ここに行くことを是非お奨めする。 (概要案内は「お勧めSPOT<旧岩崎邸庭園>」へ) |
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