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世界の被ばく者の証言・資料

チェルノブイリ

原水爆禁止2000年世界大会・国際会議

リトアニア
サピエガ病院、チェルノブイリ医療センター
ゲディミナス・リムディカ


チェルノブイリとリトアニア

  チェルノブイリ原発事故から4年後の1990年、チェルノブイリ医療センターがリトアニアで開設されました。センターは約7000人の汚染除去労働者のほぼ全員に関する情報収集を開始しました。彼らは登録され、リトアニアにおける医療センターの制度が創設され、予防・医療プロジェクトが開始されました。現在までの10年間チェルノブイリ医療センターでの経験から、一定の結論を得るに至りました。

  年次会議「チェルノブイリとリトアニア」が、セピエガ病院付属チェルノブイリ医療センターと放射能安全センターによって2000年4月26日に行われました。会議資料は、「健康を取り巻く環境」誌第3号の付録に掲載されました。周知の通り、リトアニアではイグナリナ原発が稼動しています。リトアニアが欧州連合と交渉を始めた際、この原発問題とその第1、2号機の段階的閉鎖は、特に緊急事項となりました。今年の会議でも多くの参加者が、リトアニアにおける放射能と放射能安全問題について報告しました。

  物理学、生物学、伝記文学、植物学の研究所、ビリニュス大学、環境保護省、公安局、放射能安全センター、チェルノブイリ医療センターの各代表の報告が、会議で読み上げられました。発表者は、食料、地表水、バルト海、植物と土壌の放射能汚染を調査し、市民の安全性の点から緊急事態の管理も分析しました。特別セッションは、チェルノブイリ汚染除去労働者の医療問題の調査を取り上げました。

  サピエガ病院精神科のデータによると、約300人の死亡者の5分の1は自殺でした。放射能被害を受けていないリトアニアの一般男性とチェルノブイリ汚染除去労働者の自殺件数を比較すると、後者のそれは1998年には前者の3倍、1990年には2.4倍でした。自殺件数は1994年以降減っており現在は汚染除去労働者の自殺件数はリトアニア一般男性のそれよりも低いことに、注目することが重要です。この減少は、リトアニアにおける医療と精神医学や心理的ケアの改善によるものと思われます。

  また、この患者集団には他の特徴が認められます。入院中、彼らは他の患者と距離を置き、集団内でのコミュニケーションにこもりがちです。また彼らは、肉体的、精神的な健康問題、また社会的および夫婦間の問題を、常にチェルノブイリ汚染除去作業と関連付ける傾向にあります。大半は、チェルノブイリでの作業前には問題はなかったと主張し、被曝した自分たちは「もう助からない」と考えています。これらの事実は、チェルノブイリ汚染除去作業が彼らの人生と精神に非常に大きな位置を占めていることを示しています。

  彼らの大半、特に1986‐1987年に従事した者は、問診のときに、自分たちが軍事機構に強制されたことを強調します。汚染除去労働者は、不正確で誤った情報を与えられていました。アルコールが放射能の影響を緩和するとか、疲労・頭痛・眩暈はイオン化放射能が原因だ、などと言われたのです。ですから、これらの苦情は神経過敏な環境において起こり、汚染除去労働者は、彼らは被曝し、放射能によって健康が損なわれたと信じ込んでいたのです。

  汚染除去労働者の4分の1には、チェルノブイリ汚染除去作業後におきた恒常的な人格障害があり、8分の1はトラウマ後ストレス障害(PTSD)と診断されています。なお、汚染除去作業後のPTSDは大半の汚染除去労働者に見られましたが、診断を受けた労働者は後に補償を受けたことを明記しておきます。

  心理テストによる汚染除去労働者の調査から、彼らが深刻な精神的障害を被ったこと、人間関係に困難が生じていることが明らかになりました。彼らが、自分たちの集団にこもりがちなのは、このためかもしれません。

  我々の病院の調査から明らかとなり、また他国の研究が裏付けているように、チェルノブイリ事故はチェルノブイリ汚染除去労働者のほぼ全員の精神衛生に影響を与えました。このため彼らには心理的‐精神医学的な援助が必要であり、その特殊な健康問題から、専門的な医療機関での治療が適当です。

  これらの疾病は汚染除去労働者の病状の大半を占めるため、精神障害の再調査が開始されました。

  続いて多いのは、心血管疾患、消化不良、気管支疾患などの内臓疾患です。内臓疾患の大半は、動脈高血圧です。高血圧の原因の1つは強い慢性的ストレスであり、これはチェルノブイリ汚染除去労働者の特徴でもあります。長期間の不安やストレスは心機能に影響し、その結果、心臓や冠動脈の機能に障害が生じるのです。これらの機能障害は、時に内臓疾患をもたらします。

  内臓疾患で次に多いのは、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化機能障害です。その治療は大きな問題ではありませんが、多元的なアプローチと精神科医の支援が必要でした。

  3番目に発生率が高いのは、気管支疾患です。チェルノブイリ原発事故後、急速に崩壊する放射性核種のヨウ素131が大気中に放出されました。

  正常な甲状腺機能にはヨウ素が必要ですが、事故後、空気中のヨウ素131の濃度が高まり、それが体内に吸収される可能性が生じました。甲状腺は普通のヨウ素と放射性ヨウ素を区別できないため、甲状腺に蓄積される放射性ヨウ素は生体全体、とくに甲状腺自体に作用します。放射線量が0.1センチグレイほど微量でも、甲状腺結節症を引き起こす危険があります。大量の放射線は、甲状腺ホルモン浮腫、脈管炎、壊死、放射能甲状腺炎を引き起こします。

  このため、チェルノブイリ汚染除去労働者の健康調査の際、気管支疾患が大きく注目されるのです。我々の診察から、汚染除去労働者の4分の1が、拡散性甲状腺腫に、10分の1は結節性腫に罹っていることが確認されました。甲状腺ガン(4件)の罹病率が依然として安定しているのは、診断や医療管理の改善に因るものと推測されます。

  甲状腺疾患の推定をする際、患者とその病状推移を引き続き注意深く観察することが必要です。

  リトアニア腫瘍学センターのデータによると、汚染除去労働者131人が腫瘍疾患に罹り、そのうち74人は悪性腫瘍でした。しかし、筆者は、その病因(肺癌、口腔・すい臓癌など)は喫煙と飲酒であると判断しています。また、1990-1999年に癌罹病率の低下が認められましたが、引き続きの観察が必要です。

  チェルノブイリ医療センターで活動する共和国専門家委員会は、医療・社会問題に取り組ん でいます。汚染除去労働者の死因、病因と急性症状などとチェルノブイリでの汚染除去活動の関係の立証です。関係が立証されれば、汚染除去労働者は特別手当を受給できることになります。

  検討された1872の病例のうち1663件(88.8%)がチェルノブイリ汚染除去作業に関係すると認められました。委員会のデータによると、原発関連の病例の大半は精神障害(17.2%)、高血圧症(15.3%)、結節性甲状腺腫(13.1%)、自律神経系障害(12.2%)などです。

  年齢要因を考慮すると、被害が最もひどかったのは若年労働者であったことが分かります。原発関連疾患の82.7%は25‐44歳のグループで観察されました。精神障害は25‐34歳、高血圧症は35‐44歳で多く見られました。従って、被害が最もひどい被害者の大半(約40%)は、年齢とは無関係に、1986年にチェルノブイリで働いていたのです。

  我々は、これまでの経験から、イオン化の影響とチェルノブイリ汚染除去労働者の精神的健康への後遺症を切り離すことは困難であり、従って、放射能の影響について科学的調査に基づく信頼できる情報を社会に発信することが必要だという結論に達しました。

  事故から14年後のチェルノブイリ汚染除去労働者の罹病率は、リトアニア国民の罹病率とは若干異なっています。引き続き彼らの健康状態を調査し、治療しなければなりません。

  チェルノブイリ汚染除去労働者は特殊な健康問題を抱えていることから、専門的な医療機での治療が適当です。もちろん、政府とチェルノブイリ市民団体のより一層の取り組みが、汚染除去労働者の社会保障問題の解決に必要です。



世界の被ばく者の証言・資料

チェルノブイリ

原水爆禁止1998年世界大会・国際会議
リトアニア・サピエガ病院院長
ゲディミナス・リムデイカ


リトアニアからチェルノブイリ放射能汚染除去に送られた
労働者にみられる精神障害

  ウクライナにあるチェルノブイリ原子力発電所の原子炉が爆発したのは1986年の4月26日でした。これは人類の歴史上も、世界の原発の歴史でも、最悪の災害でした。今日、「チェルノブイリ」という名前は、原発がいかに危険かを連想させる、誰もが知っている言葉になったと言われています。また「放射能」という言葉は、未知の恐怖や不安、そして健康や生命を脅かすものと結び付けられています。イオン化放射線が人体に及ぼす影響、特に被曝から数十年も遅れて生じる影響は、科学者にもあまり明らかになっていないため、十分な分析ができていません。様々な、相反する意見や結論が発表されていますが、いくつかの不明な点を解明するためには、さらに研究・調査が必要だということではいずれも一致しています。さらに、イオン化放射線の影響や、このような大規模な災害が人間の身体や心理にどのような影響を及ぼすかを説明する文献も不足しています。これは、被害の全容を推定するためには、イオン化放射線と災害の影響だけでなく、心理的、経済的、社会的、身体的な要因など、様々な要因をも考慮しなければならないためです。今回の発言で使用する資料は、サピエガ病院の心身症科の科長ミンダウガス・ルステイカ氏が作成しました。これは、チェルノブイリで働いたリトアニアの放射線除去労働者についての統計データと、彼らを治療する際の観察に基づいたものです。1991年にサピエガ病院には外来科が作られ、そこでは1993年から、精神病医1名と心理学者1名が配置され、働いています。また、1996年からは心身症科の入院病棟が作られ、当初は12床でしたが、1997年には拡張され20床になっています。

  1986年から1989年までに、7、000人以上の男性がリトアニアからチェルノブイリに送られ、放射能除去作業を行ないました。彼らの多くは1945年から1958年の間に生まれた人々で、従って作業にあたっていた当時の年齢は18歳から40歳でした。そのうちの5、709人、つまりチェルノブイリの汚染除去労働者の79.8%が、現在、サピエガ病院に登録されています。

  1992年から1998年までに、チェルノブイリ国家専門委員会には1596件の症例リストが提出されました。そのうちの390件はチェルノブイリの放射能汚染除去作業に参加したことに起因する精神障害でした。これらのデータは、確認されており、またチェルノブイリ汚染除去作業に関連する全ての症例の24.9%に相当します。

  サピエガ病院に登録された5709人のチェルノブイリ汚染除去労働者のうち259人がこれまでに死亡しました(4.5%)。このうち224件については死亡原因が分かっていますが、48人が自殺で、これは死因が判明している死亡者の21.4%に相当します。放射線に被曝していないリトアニア人男性とチェルノブイリ汚染除去労働者とで自殺者数を比較すると、後者の自殺率は1988年で前者の3倍、1990年では2.5倍ですが、1992年以降は減少していると思われます。注目すべきなのは、1994年以降は、チェルノブイリ汚染除去労働のほうが放射線に被曝していないリトアニア人男性よりも自殺率が低くなっているということです。表1は、チェルノブイリ汚染除去労働者の自殺数の推移とその減少傾向を示しています。

  このデータは、これまでの数年間、チェルノブイリ汚染除去労働者の自殺者数が減少してきていることをはっきりと示しています。これは、医療、特に精神病治療や心理障害治療が向上したことによるものですが、これについてもより完全で詳しい調査が必要です。しかし、1989年から1993年までの期間には、チェルノブイリ汚染除去労働者の自殺は、普通のリトアニア男性の自殺よりも頻繁に起きています。

  1996年から1998年7月までの期間に、サピエガ病院の心身症科では、チェルノブイリの汚染除去作業に参加した男性112人の診断と治療をおこないました。彼らの年齢は29歳から65歳で、平均年齢は43歳でした。患者はいずれも中等教育以上の教育を受けていません。社会的地位別の分類でみると、30人(26.8%)が就業し、30人(26.8%)が障害者で、失業者は52人(46.4%)にのぼっています。未婚・既婚別では、既婚者が55人(49.1%)、離婚者が44人(39.3%)、未婚者が13人(11.6%)でした。

  精神障害と診断された症例の内訳を表2に示してあります。表2からわかるように、神経障害や人格障害が圧倒的に多くなっています(それぞれ44.6%と31.3%)。また、チェルノブイリ汚染除去作業の後、永久的人格障害と診断された症例が全体の26.8%、外傷後ストレス障害(PTSD)が7.1%あったことは注目に値します。さらに、汚染除去作業を行なった後に、大部分の労働者に外傷後ストレス障害が見られたましたが、彼らは後に補償を受けていることを考慮しなければなりません。

  ここでサピエガ病院心身症科で治療を受けた患者の特徴に関しての意見を述べてみたいと思います。

  チェルノブイリの汚染除去労働者たちは、自らを「チェルノブイリのヒバクシャ」とよんでいます。このような呼び方は、社会的にも受け入れられています。これは「チェルノブイリから帰国した住民」という意味で使われており、他の人々と区別する呼び方になっています。

  病院の心身症科では、これらの患者は他の患者から離れる傾向があり、自分たちのあいだで以外では言葉を交わすこともなく、集団を作り、かたまってしまっています。また、健康上の問題も、それが身体的なものでも精神的なものでも、また社会生活や結婚などの問題でも、全てそれがチェルノブイリで汚染除去作業をしたせいだと考える傾向が見られます。その証拠に、彼らはチェルノブイリで働く前には、こんな問題はなかった、問題がおきたのはその後だと主張しています。彼らの治療にあたっていると、彼らは放射線に被曝したために、自分たちのことを「死ぬ運命にある者」だと考えていると感じます。これらの事実は、チェルノブイリでの汚染除去作業を行なったことが、彼らの一生と心のなかで、大変重要な位置を占めていることを物語るものです。

  チェルノブイリ汚染除去労働者の精神障害の、心因性の原因や影響を分析してみると、原因と影響は、患者に与えられた情報によるもの、社会・経済的なもの、および医学的なものに分類されることがわかります。

  多くのチェルノブイリ汚染除去労働者、特に1986年から1987年に作業に参加した労働者は、強制的に働かされたことを強調しています。彼らは予備軍の兵士として、「軍事訓練」の名目でチェルノブイリに送られましたが、これは彼らを徴用し、チェルノブイリで働かせる口実であり、実際の現地の状況について彼らは何も知らされていませんでした。作業のあいだも、それぞれ線量計を身につけていた労働者は少数で、多くの場合、集団としてのおおざっぱな被曝線量測定が行われていただけでした。爆発した原子炉の上や、その近くで作業した労働者には、たとえ1日に数回、数分間作業しただけでも、最も重症の心理的な影響がみられたということを強調しなければなりません。実際、災害後の経験をした患者は、外傷後ストレス障害や永久的性格障害の診断を受けています。指揮に当たった士官たちは、汚染除去労働者に不正確で誤った情報を与えていました。「チェルノブイリのヒバクシャ」の言葉を借りれば、彼らは特に1986年には、アルコールが放射線の影響や被曝リスクを軽減すると教育されていたのです。また、彼らは、イオン化放射線の影響で、脱力感、頭痛、吐き気などを感じるかもしれないと教えられていました。不安感による神経症が原因で、これらの症状が現れましたが、汚染除去労働者は、それによって自分たちは放射能に冒されてしまったと信じ込んでしまったのです。

  また士官たちは、チェルノブイリで働いた後には、精神障害をもった子供が生まれるかもしれないので、5年間は子供をつくらない方がいいと教えました。しかし、チェルノブイリから帰還した若者は、結婚して子供を作りました。そのために、子供が病気にかかると、彼らは悲痛な反応をし、自分のせいだという罪悪感を拭い去ることができないのです。

  チェルノブイリ汚染除去労働者の多くが、性的な悩み、つまり性的不能を訴えています。しかしいくつかの調査で、これは放射線被曝に起因するものでなく、神経性の障害であることが判明しました。多くの場合、加齢に関連した性的能力の減退が、「チェルノブイリ」の影響とされてしまっていたのです。実際には心因性の身体障害が、かえって患者の不安を裏付けることになり、それが治療によって患者に悪影響を与えることになるという例もしばしばありました。チェルノブイリから帰還後におきた問題や、社会適合上の問題は、患者の51%が独身であるということによって証明できます。また、患者の46.4%が失業していたことも重要です。彼らの多くは、就職が困難なだけでなく、雇用者の側も「チェルノブイリのヒバクシャ」を雇いたがらないと、説明しています。これは、チェルノブイリ汚染除去労働者が身体が弱く、病気がちなため、労働者としては好ましくないという偏見が広がっているためです。

  チェルノブイリ汚染除去労働者の心理学的調査で明らかになったのは、彼らが深刻な情緒的問題をもっているだけでなく、対人関係でも困難を抱えているということです。それによって彼らが集団を作る傾向が説明できます。

  この他にもいくつか心理的ストレスの要因を挙げることができますが、一般的には、チェルノブイリ汚染除去労働者に見られる神経症や社会への適応困難は、彼らが災害後のチェルノブイリの汚染除去活動をしたことと関連性があると言うことができます。

  われわれの経験から、以下に一般的な考察と結論を述べておきます。

  1. 汚染除去労働者の殆ど全員のメンタル・ヘルスにチェルノブイリ災害の影響が見られた。
  2. 人々の健康にたいする影響を、イオン化放射線によるものと心理的ストレス要因によるものに分離することは極めて困難である。
  3. チェルノブイリ汚染除去労働者は彼らに固有の健康問題があり、特別の医療センターで医療を集中して提供することが重要であり、効果的である。
  4. 災害による放射線被曝を受けた人々には、心理学的・精神病学的援助が必要である。
  5. 放射線の影響に関する情報、とくに災害発生時の情報が、十分に根拠のある基本的な科学データとして公開されるべきである。
  6. 一般世論にもかかわらず、世界では核実験が行われている(インド、パキスタン)。これが、特に過去にイオン化放射線に被曝したことのある人々に、精神障害や心理障害を引き起こしている。

参考資料:
(表1)
 年 汚染除去労働者の自殺数 汚染除去労働者10万人当りの自殺数 リトアニア男性10万人当りの自殺数 自殺頻度差
 1987 2 35.1 48.8 0.71
 1988 8 140.4 46.4 3.0
 1990 6 105.3 44.2 2.4
 1991 4 70.2 52.0 1.4
 1992 7 122.9 57.8 2.1
 1993 8 140.4 73.5 1.9
 1994 4 70.2 81.9 0.85
 1995 3 52.7 79.1 0.67
 1996 1 17.6 79.2 0.22
 1997 3 52.7 79.0 0.67

(表2)精神障害と診断された症例の内訳
 精神障害  治療を受けた患者数  %
1.器官精神障害 33  29.5
2.精神分裂病 2  1.8
3.神経症 50  44.6
内訳  神経衰弱症 26  23.2
    外傷後ストレスPTSD 8  7.1
    不安障害 7  6.3
4.感情障害(うつ病) 15  13.4
5.人格・行動障害 35  31.3
チェルノブイリ原発汚染除去で働いた災害体験による永久的人格変化 30  26.8



世界の被ばく者の証言・資料

チェルノブイリ

原水爆禁止1997年世界大会 国際会議

チェルノブイリ医療センター
ゲディミナス・リムデイカ

チェルノブイリ事故から11年後のリトアニア


  リトアニアのチェルノブイリ医療センター(LCMC)は、1986年から1990年まで、チェルノブイリ原発の爆発事故による汚染除去のため、原発から30キロ以内の地帯に派遣されたリトアニア人の健康状態を調査しています。1991年からは、汚染除去労働者全員に、毎年、健康診断を受けるよう要請しています。またチェルノブイリ原子力発電所(NPP)汚染除去にたずさわった労働者の名簿を、リトアニアのチェルノブイリ労働者名簿のデータを基にして作成しました。

  リトアニアのチェルノブイリ労働者名簿は、1991年に、以下の情報源に基づいて作成されました。

1.1 旧ソ連軍事人民委員会名簿
1.2 内務省名簿
1.3 建設・都市開発省名簿
1.4 運輸省名簿
1.5 イグナリナ原子力発電所職員名簿
1.6 旧ソ連チェルノブイリ汚染除去労働者登録カード
1.7 (リトアニアの)地方医療機関およびリトアニア社会運動「チェルノブイリ」の名簿の補足的リスト
1.8 その他

  チェルノブイリ医療センターは、この名簿を作成した他に、以下の業務を行なっています。

2.チェルノブイリ原発(CNPP)の汚染除去労働者で、ビリニュスおよび周辺地域に住む人々のプライマリー・ケア。
3.リトアニアの他の都市や地方に住むCNPP汚染除去労働者の診療、専門家による検診、分析および入院治療。
4.リトアニアの保養地でのリハビリの手配。
5.共和国専門委員会に患者を送り、患者の疾病とチェルノブイリ事故現場での汚染除去作業との関連を証明する。
6.科学的研究を行ない、低レベル電離放射線の被曝が人体にどのような影響を及ぼすか、その過程をより良く理解する。
  6.1 患者の免疫系の状態を分析する。
  6.2 ガンに罹るリスクの研究。
  6.3 甲状腺の検査。
  6.4 末梢血管内のリンパ球における染色体変異の判定。
  6.5 死亡原因の分析。
  6.6 過去の被曝量の測定。

  現在、リトアニア・チェルノブイリ名簿には5、626名が登録されています。

  チェルノブイリ原発事故による汚染除去には7、000名以上が参加したと推定されています。このうちの約1、700名の汚染除去労働者はリトアニアのチェルノブイリ医療センターに登録せず、今後も登録するかどうかわかりません。登録しなかった人の一部は、チェルノブイリで働いたことを忘れたいと思っているか、あるいは自分で問題を解決しようとしています。

  チェルノブイリで被爆した人の比率は、リトアニアの男性100人につき1人で、その大半が1945年から1958年に生まれ、事故発生時には18歳から40歳でした。これまでに264名が死亡しましたが、その多くは、事故や外傷が原因でした。

  放射線に被曝したことは、汚染除去労働者の一生の重要な側面です。チェルノブイリ医療センターのデータでは、被爆した放射線量が分かっているのは、汚染除去労働者の69%にすぎません。平均体外被曝量は114ミリ・シーベルトでした。線量計を自分の身につけていた労働者は少なく、多くの場合が労働者グループ全体の被曝量を測る線量計で測定した値しかありません。1986年における汚染除去労働者の平均被曝量は200ミリ・シーベルトで、1987年では約100ミリ・シーベルトでした、汚染除去労働者の大半が90ミリ・シーベルト前後、被曝しています。健康を害する危険が高い200ミリ・シーベルト以上被曝した労働者はそれほど多くありません。

  先にも述べましたが、被曝線量が名簿に記録されているのは登録者の約70%しかいません。それでは実際の被曝量をつきとめる可能性はどれくらいあるでしょうか。複雑な調査をしなければ、具体的な数値を確定することはできません。ビリニュスとピッツバーグの両大学で、汚染除去労働者の遺伝学的血液検査が行われました。この結果、物理的定量と生物学的定量のあいだに満足のいく一致が見られました。結果で、不一致が見られたケースは少数でした。ラトビアとエストニアの汚染除去労働者の血液検査からも同様の結果が得られています。

  被曝線量(約114ミリ・シーベルト)を考慮すると、汚染除去労働者は比較的少量の放射線に被曝した人々と分類することができ、従ってその健康指数もこの分類に従って推定されなければなりません。これ以上の放射線量の被曝がどのような影響を及ぼすかについては十分な調査がなされていず、また1986年やそれ以降にもほとんど知られていませんでした。

  汚染除去労働者の健康状態の観察と死亡原因の分析は、チェルノブイリ事故の影響が人々の健康に認知できる作用を及ぼしていることを示しました。また診断からは、心臓血管、消化器、神経系などの障害の頻度が、通常よりも高いことが明らかになりました。さらに死亡原因の分析は、外傷や事故の頻度が相対的に高いことを明らかにしました。
外傷や事故が原因の死亡は、減少傾向にありますが、悪性腫瘍やその他の疾病は増加傾向にあります。

  それでは、汚染除去労働者の負傷や自殺は、一般人と比べて本当に多いのでしょうか。この疑問に客観的な答えをだすために、リトアニア人の死亡原因の包括的な分析が行なわれました。年齢別の死亡の特徴と規則性は、外傷、悪性腫瘍、および血液循環系の疾患による死亡を比較することで調査しました。40歳までの年齢層の主要な死因は外傷と事故で、それ以上の年齢では血液循環系と悪性腫瘍が多くなっています。

  これらの年齢別の死亡の規則性を知ったことによって、汚染除去労働者は比較的若いことから、(チェルノブイリ事故の時点での平均年齢は34歳)、彼らが外傷や事故で死亡する確率は相対的に高くなることが予想されました。実際、死亡原因で最も多かったのは、外傷と事故であり、この死亡構造を研究することは非常に重要です。

  汚染除去労働者の死亡率を客観的に推定するために、基準となる指標を算出しました。基準としては一部のリトアニア男性の指標を使用しました。様々な原因による汚染除去労働者の死亡率は、一般男性よりも高く、特に若い年齢層と高い年齢層を比較するとこの差はよりはっきりします。特に自殺による死亡では最も格差が大きく、汚染除去労働者は一般人の1.37倍で、特に1940年から1954年までに生まれた人々では、1.8倍にもなっています。アルコール中毒による死亡も、年齢の高い層で、汚染除去労働者の方が頻度が高くなっています。もう一つの重要な死亡原因はガンで、汚染除去労働者の方が普通の人よりも頻度が高くなっていますが、ガンの罹病率でみると、一般男性と汚染除去労働者の差は僅かです。放射線の影響を分析した多くの調査でも、同様の現象が見られたことは注目に値します。

  チェルノブイリ事故は汚染除去労働者の生命を奪い、健康を損ないました。このことは決して忘れることはできません。1997年6月25日、サピエガ病院の敷地内に、チェルノブイリ犠牲者を追悼する御影石の記念碑が建てられました。この日は、11年前にチェルノブイリで働いたリトアニア人から最初の死亡者がでた記念日です。土を積み上げた塚の上に建つ記念碑は、恐ろしいものを遠ざけるように両手で顔を覆っている女性の形をしています。

  記念碑が建てられた場所は、チェルノブイリ事故の汚染除去のために働いた労働者たちが治療を受けた象徴的な場所です。汚染除去労働者たちは、サピエガ病院の公園にある塚には、やがて人々が訪れ、その前にたたずみ、花を供えるようになると言っています。病院は、彼らの第二の家になりました。

  どんな悲劇も、そしてとくにヒロシマ・ナガサキの悲劇を、私たちは忘れてはなりません。私たちはそれを記憶し続け、二度と繰り返すことを許してはならないのです。

ノーモア・チェルノブイリ!
ノーモア・ヒバクシャ!
ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ


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