クリスチィ失踪事件  ミステリー雑学百科10

  “ミステリーの女王”といえばすぐ、あなたは英国のアガサ・クリスチィの名前を思い浮かべるに違いない。かの有名な“灰色の脳細胞”を駆使するベルキー人のエルキュール・ポアロやセント・メアリ・ミード村で、静かに編み物をしながら、名推理を展開するミス・マープルなどの名探偵を生み出したアガサ・クリスチィである。
 だが、あのアガサが、名作「アクロイド殺害事件」を発表した年に起こしたなぞの失踪事件のことは、あまりご存じない人もいると思う。この現実の事件のことは、クリスチィ本人の「自伝」でも触れられていないからである。
 1926年12月3日の金曜日午後9時45分、当時35歳だったアガサ・クリスチィはドライブに出掛けるといって車で自宅を出たまま行方がわからなくなった。
 翌日の朝、ライトをつけっ放しの車が発見された。車内に残されていたのは、毛皮や衣類、アガサ・クリスチィ名義の期限切れの運転免許証など。自殺、殺人などあらゆる可能性が考えられた。捜索したが、まったく手掛かりが得られなかった。一週間後、ついには、警察の呼び掛けで、1万5千人もの民間協力者が集まって大捜索が行われたがこれもから振り。
 だが、失踪から数えて11日目の夕刻。アガサは、テレサ・ニールという名前で、ヨークシャーのハロゲイトの鉱泉療養ホテルに泊まっているのが発見されたのである。
 夫のクリスチィ大佐と医師は、アガサの失踪について、記憶喪失と発表したが、この公式声明には疑惑を抱く人もすくなくなかった。
 なぜなら、当時「アクロイド殺害事件」の意表をつくりトリックがフェアかアンフェアかで出版界は大騒ぎをしていたからである。
 クリスチィの失踪事件は、もしかすると売名のために引き起こされたものではないかという見方もあったのである。
 この事件の背後には、実は、アガサと夫のクリスチィ大佐との間の夫婦生活の深刻な危機が隠されていた。クリスチィ大佐にはナンシィ・ニールという愛人ができていたのである。
 グエン・ロビンスは優れた評伝「アガサ・クルシチィの秘密」(1978年)の中で、この事件を初めて、心理学でいう「ヒステリカル・フーガ念がその根底に潜んでいたことを指摘している。
 この評伝とほぼ時期を同じくして、キャサリン・タイナンも「アガサ・愛の失踪事件」という現実の事件を踏まえた小説を発表している。クリスチィの生涯の空白の部分も埋められつつあるわけだが、ミステリー作家自身に起こった現実のミステリアスな事件という点では、他に例がないだけに興味深いものがある。


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