「世迷言」

また、7月が廻ってきた。綾夏の命日が、自分の誕生日が、綾夏の誕生日が、順番に過ぎていった。5歳で止まったままの綾夏なのに、私だけこの世で空しい年齢を重ねていく。
  大好きだった夏は、今の私には苦痛でしかなくなった。遅い梅雨明け後にようやく広がった青空を眺めながら、綾夏に見せたかったもの、経験させたかったものが、まだまだこの世界にはあったのにと、やりきれない悔しさでいっぱいになる。

私の誕生日に大学時代の同級生から届いた手紙に、家を建てることになったと書いてあった。これから、家を建てる?
 そうなのだ、彼女には息子さんがいて、彼は中学から高校へ、大学へ進学し、結婚し、子供ができるだろう。彼女の人生は息子さんを軸に、これからも賑やかに展開していく。たとえ自分自身は老いていこうとも、子供がいるということはそういうことなのだ。
 
  平均寿命がまた延びたというニュースに、もし自分が平均であるならば、まだゴールは果てしなく遠いことを思い暗澹たる気持ちになる。私の人生はもう余生でしかなく、その余生ですら持て余している。