「あの日から」

 あの日から、死は私にとって実に身近なものになった。死というものは歳の順番に、少なくとも何らかの気配を感じさせながら近寄ってくるものとばかり思っていた。今は死と、その向うの世界を、自分のすぐ隣に感じることもあるし、23歩の距離に感じることもある。いずれにせよ別次元にあった死は私の傍らにあり、そしてそのことは恐怖でなく、安らぎとして感じられる。

 この世に取り残された私は、綾と暮らしたこの街で、あの子と見たもの、触れたものに常に問いかけている。

 綾に吠えて泣かせた犬は、何事もなくのんびり寝そべっている。「お前はあの女の子を覚えているだろう。いつも私が手をつないでいた髪の長いあの子を。どうしてお前はここにいるのに、あの子はもういないのか。」

 綾とその花弁を拾った椿の赤い花に、綾がいつも見つけて声をあげた、家々の屋根の間に光る一番星に、私は問いかける。「私の小さな娘を覚えているでしょう。あの子は戻ってこないのに、あなた達はどうして今日も何も変わらずそこにいるの。」

 綾のくれたブーゲンビレア、大事な大事なお人形、最後に使うつもりで置いていたであろう一番大きなドレミちゃんのシール。何も変わらずここにある。あなた達はあの子を、あの子の手のぬくもりを、甘い匂いの息を覚えているでしょう。どうか神様に一緒に祈ってほしい。もう一度あの子を返してほしいと。