「5月の晴れた日に」
5月の空は青く澄み渡り、鯉のぼりの家族が泳いでいる。犬の声、鳥のさえずりが風の向こうに聞こえる。この部屋で聞こえるのはキーを打つ音、私の吐息、綾がいるときには気づいたことも無かった時計が時を刻む音。五月晴れの休日は、一層淋しい。ただただ淋しい。
返事の無いのはわかっているが、何度も「綾、綾」と呼びかけてみる。五感を澄ませばせめて気配くらいしないだろうかと、話し掛けている。私が何か言えば5歳11ヶ月の綾が、それに対してどんな表情でどう返事を返したか、ちゃんとわかる。目に見えるようにわかる。でも、今、生きていれば6歳9ヶ月になる綾が、どう返事するかは、哀しいけれどわからない。
10ヶ月が経ち、綾の大事なおもちゃや本にうっすらとほこりがかかっているのを、差し込んだ光の中で見つけて慌てて拭き取った。ほこりに綾の不在の日々を実感してつらいからとまめに掃除をしているつもりなのに、やはり毎日飽くことなく遊んでくれる主(ぬし)のいないことには、ついついほこりがたまってしまうのだ。
あの日から、私の心は一瞬として癒えることがない。一体いつになれば私は許されるのだろうか。「あ、ママ、来たの!」と綾の小さな手に迎えられるのだろうか。