「この空の下で」

綾夏が生まれるまでは、空を見上げることなんてあんまり無かった。いつも目の前しか見ていなかった。

綾夏は空に色んなものを見つけた。「あ、くまさん」の声に空を見上げると、青い空に白く浮かんだ雲は、熊と言われればそう見えないこともないが、私が一人で見上げれば「いい天気」くらいにしか思わない、なんでもない空。「あ、飛行機!」の綾夏の声に、空にはこんなにしょっちゅう飛行機が飛んでいたのだと、初めて気が付いた。ある日は「あ、危ない!」と叫んで空を指差す綾夏の指の向こうに、誰かが離した赤い風船が空高く上っていき、その先に銀色のジェット機。「衝突するよ、風船が壊れるよ」と顔をゆがめる綾夏がいとおしかった。

保育園の遠足の前の晩、あるいはプール開きの前の晩、戸締りを確認しつつ、空を見あげ、満天の星に明日の天気のいいであろうことを確認して眠りについたあの頃。

綾夏がいなくなった今も、私はしばしば空を見上げる。家の前の道に出て空を見上げていると綾夏がすぐそこにいるような気がする。綾夏の乗る赤いプーさんの車の音が、まだ補助輪をはずすことの無かったキティちゃんの自転車を走らす音が、聞こえてきそうな気がして、つい「あや」と呼んでいる。

一人空を見上げて思う。この空の下で、私と同じように亡き子を想って泣く母がいるに違いない。この空の下で、今、大事な人と永遠の別れを告げねばならない人がいるに違いない。

そして、この空の下で、今、産声をあげる赤ん坊がいて、永遠の愛を誓う恋人達がいるに違いない。

人は悲しみだけは与えられない。喜びだけは与えられない。もう、未来なんてことは考えようもないが、とにかく今日一日を生きようと決めて、見上げる空の青さは、心に沁みて美しい。