「リフレクソロジー」
娘が生まれて、私の人生はすべて娘中心になった。私は娘を育て上げるために存在するようになった。私が仕事を続けたのだって、あの子の未来のためだった。母親が自己を無くして子供に没頭することで子供が駄目になるなんていう識者もいるけれど、子供が幼いうちの母親はそうでないと子供なんて育てられない。
しかし、ある日突然に私は娘を亡くし、そのとき、自分の存在意義も無くした。私は自分のすべてを否定した。子供を育て上げられなかった自分は落伍者だと思った。私は今も人目を避け、知っている人のいそうにないスーパーでこそこそと買い物をしている。そして、私は働きつづけた自分を呪った。保育園のお迎えが遅くて寂しい思いをさせたことを思い、こんなに短い人生なら一分一秒でも一緒にいたかったと考えると、のた打ち回るほどの後悔と自責の念に苛まれる。あの子がいなくなって働く意味もなく、仕事それ自身と、出産後も仕事を続けていた自分とを憎みながらも、一人家で一日を過ごすことに耐え切れず、自嘲しながら、今日も職場に向かう。
私が、いつあの子のもとに行くことを許されるのかわからないが、その日まで、私
はどう生きればよいのだろう。存在していることそれ自体のいいようのない苦しさを何で紛らわせばよいのだろう。
苦し紛れに手を伸ばしたのはリフレクソロジーだった。
娘を失って、不眠や全身の蕁麻疹、極度の食欲不振による急激な痩せ等で、心療内科に通い、薬をもらった。心は何ら癒されること無く、今度はカウンセリングに通った。楽にはならなかった。
そんなある日、ふとリフレクソロジーの店に入った。足裏からふくらはぎのマッサージを受け、背中や肩を温かい手でほぐされていつの間にか寝入っていた。初めて、そのひととき、心が悲しみから解放されていたのを感じた。何度か施術を受けるうちに、心の傷を他人が直接癒すのは難しいが、体を人の手でほぐすことで実は心もほぐされるのではないかと思った。リフレクソロジーによって脳波がα波を出し、呼吸数・心拍数がリラックスした状態に変化すること、血流やリンパの流れが促進されること、足裏には全身の反射区がありそこを刺激することで自然治癒力が高まることなど、そのときはまだ知らなかった。 娘とべったり過ごしていた土日には一層寂しさがつのり、鬱々とするのを誤魔化すためもあり、私はリフレクソロジーのプロ養成コースに入学し、週末は大阪のスクールに通うことにした。授業は思ったより大変で寸暇を惜しんで勉強に没頭せざるを得なかったが、教わることはすべて新鮮で興味深く、全く苦にはならなかった。一度は試験に落ちたものの何とか2004年3月、コースの課程を修了し、現在は時々仕事の後や週末に自宅で足のリフレクソロジーと全身のオイルセラピーの施術を行ない、スクールのオープンデーに行ったり、さらに幅広いメニューをこなせるよう、アロマセラピーの教室にも通っている。 あの子に何度も問いかけた。「綾夏、ママは何をすればいい?ママがどうしていれば綾夏は嬉しい?」。
私は、私と同じように苦しみと哀しみに満ちたこの世の中で喘ぐ人たちの心に寄り添い、堪えようとして身を固くしていたがためにすっかり凝固まった体をほぐそう。人の体は60兆個の細胞がそれぞれ関連しあい、絶妙のバランスをとりながら生かされている。その60兆個の細胞のひとつひとつに力を贈ろう。そのことによって肉体に囲まれ、肉体に制限されている心までもがひと時でも苦しみから解き放たれるかもしれない。一瞬も忘れることのできない苦しみや悲しみを、ほんの少しの時間でも遠ざけられることが、どれほど貴重なことか、経験した者でないとわからないだろう。私にそれができるなら、私がこの世に存在する小さな理由になるかもしれない。