「もっと苦しみたい」

 あの日から立ち止まったままの私の周りで、時は留まることなく、さらさらと流れ続けている。私はそれに気づかない振りをしているが、目の端で捉えているのだ。形あるものは留まることなく変化を続け、少しずつ、綾夏と共にいた日々の光景が変わっていくのを。

  綾夏と行ったお気に入りの店は更地になり、
  綾夏と見た子供番組には知らないキャラクターが出ていて、
  綾夏を抱いたことのない私の服がクローゼットに増え
  綾夏の知らないものが部屋に増え
  綾夏のサインペンで描いた絵は色褪せ、
  綾夏のビーチサンダルのゴムが硬くなっていく
  そして、綾夏が綺麗だよと言ってくれた私の、鏡に映る姿は哀しく老いていく

 綾夏を喪った直後に参加した子を亡くした親の会で、衝撃と慟哭の中、「この苦しみから楽になれる日が来るのか」と問う私に、子供を失って10数年を経た中年の女性が「10年経てば、少しは楽になるものです」と答えてくれた。一瞬を生きることさえ、たまらない苦痛であるというのに、10年という年月はめまいのしそうな長さに聞こえた。
 すべての生き物は治ろうとするのだ、無残に削り取られた山ですら、その姿のままで治ろうとするのだという本の一節をすがる思いで読んでいた。

あの日から3年が経ち、身を引き裂かれ、血の吹き出るような心の痛みは、ちょっとした拍子に血がにじみ出るものの、普段は片時も解放されない慢性的な鈍痛に変わった。私の中の悲しみという大きな塊は、最初は常に意識上に上り、違和感と激しい痛みを呼び起こしたが、3年間の間に塊は徐々に溶け出して、私の血にも肉にも溶け込んで、私自身が悲しみと同化した。10年経てば楽になる」ということは、悲しみを乗り越えられるとか、逃れられるとか、ましてや忘れられるとかいうことでは全く無かったのだ。それは、深く悲しみと同化していくということなのだ。
 しかし、今、私は気付いた。私は本当は、治りたくなんかない、楽になんかなりたくないのだ。慢性的な鈍痛などではなく、いつまでも、痛みにのた打ち回って、血を流して悲しんでいたいのだ。そうすることで、綾夏といた日が遠くなっていくのを認めないでいたいのだ。私とあの子を結ぶ絆を、苦しむことで確認する。あの子のいない日常が当たり前になんかになってはいけないのだ。悲しみの底で静かにうずくまることすら、私は自分に許したくないと思う。