「甘えるな」

母なのだから、自分のことよりも子供のことを考えないといけないのに、私は綾夏にいつまですがりついているのか。綾夏の魂が安らかに向上できるように、あの子が安心できる生き方をしないといけないのに、私はいつまでもぐずぐずと悲しんでいる。あの日途切れた道の向こうに続いていたはずの幸せに満ちた家族の光景を、性懲りもなく夢想しては、今日もあの子の名を呼んでいる。

私は、どうして今日も泣いているのか。この涙は、綾夏を思う涙ではなく、単に、一人娘を亡くした自分自身をかわいそうがっているだけではないか。そんなものは自分の心が招いている苦労なのだ。私の断ち切れない未練の念と薄汚れたエゴが、綾夏の魂の成長の邪魔になっているかもしれない。

今さら、執着すべき何が、この世の中にあるだろうか。そして、執着して、この手のうちにつなぎとめておける何が、この世の中にあるだろうか。
  執着せず、人と比べず、すべてを受け入れて生きていくこと。人はひとりで生まれ、生き、死んでいくだのから、依存と愛を間違えないで自立して、背筋を伸ばして生きていくこと。それが本当は幸せに生きるための鍵であり、あの子のためになる生き方なのではないか。
 甘えるな。自分のために流す涙なんかを落とすことのないよう、頭(こうべ)をあげよ。