「6回目の7月」
あれから6年。綾夏と過ごしたより長い年月を、悲しみの中で生きてきた。一日も、涙を流さない日はなかった。
ゴールデンウィークの頃から、アロマテラピーインストラクターの試験勉強を始めていたが、7月を目前にしたころから何もかもやる気を失ってしまった。
「努力なんかして、何になるのか。いくら努力しても、私にはもう、幸せはやってこない。」 自分なりの人生を描きなおそうと懸命に努めてはきたが、私にとって唯一の幸せは、あの頃のように綾夏を中心に家族で暮らすこと。
それがたった一つの幸せの形であるという思いから、どうしても、どうしても、逃れられない。
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保育園の担任の先生が今年も来てくださった。
そして、不意に呼びかけられた「おかあさん」という言葉に、はっとする。そう呼ばれていた日があった。
「おかあさん」と呼ばれることの、何ものにも代え難い幸せ。
それが当たり前だった、あの日々の私が、今は他人のようにさえ思える。
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チョコレート色のサンダルにはっきり残る綾夏の親指の跡。靴裏にめり込んだ小さな砂粒。綾夏が大地をしっかり踏みしめた痕跡。
木製のテーブルに残る綾夏の字の跡。思い切り力をこめて、覚えたてのひら仮名で、手紙を書いた痕跡。
そんなものたちがいとおしくて、そっと手を当てる。
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綾夏、梅雨が明けるよ。綾夏の大好きな夏が来るよ。綾夏の好きなものがこっちにはいっぱいあるよ。
「7月が好き。七夕さまもあるし、綾のお誕生日もあるから」と言った綾夏。
せめて、そっちにも、夏が、ありますように。