「綾夏の夢から」

 綾夏に、せめて夢で会えるよう願っているが、なかなかかなえられない。いくら想っていてもそれで夢に見られるかというとそうでもないらしい。それでも、偶に夢で会えた日には、綾夏の感触を忘れないように一日中、その夢を反芻する。細くやわらかい体、屈託の無い笑顔、お日様の香りのする細い長い髪。それがそのまま、夢から覚めた私の五感に残っている。
  それは、綾夏の魂とのスピリチュアルな交流ではなく、単に私の脳に深く刻まれた綾夏との思い出が描いた幻影かもしれない。それはそれでいいのだ。あの子とのリアルな生活がなければ、私の脳には到底描けなかった幻影なのだから。

  自分以上に大事だと無条件に思える存在を得たのは、母になったからこそ。大人になる過程でいつしか忘れていた自然との言葉を超えた共感に、子を通じて再会したこと。あるいは教科書で習った「人権」ということの本当の意味を、子育てを通じて知ったこと。
 
ああ、綾夏と過ごした、輝ける愛しい日々。
  そして、あの日々があったからこそ、今、ここにある自分。

  形あるものはすべてその形を変えていくが、この世に私として存在する限り、私は喜びも、哀しみも存分に味わい尽くそう。それが私の人生だから。しかし、そのときに、私は自分の哀しみをその大きさのままで味わわないといけない。不安や、自分自身への憐れみで、哀しみを実体以上に大きく育ててはならないし、その中に自分を閉じ込めてもいけない。そして同時に、人の優しさや温かさ、自然の美しさもまた味わい尽くして、私はこの人生を、背筋を伸ばして生きていこう。