「子供の幸せ」

2006717日。綾夏の10歳の誕生日。綾夏はどんな女の子に成長していただろう。そして私はどんな母であっただろう。

秋田で男の子が殺された。春に水死した女の子の母親に殺された。水死した女の子の名前は彩香ちゃん。綾夏と同い年だった。1996年に生まれた女の子の名前では、ベスト5に入っていた人気の名前が「あやか」だった。彩香ちゃんを出産後、まもなく離婚したというその母親も、小さな娘との未来に夢を抱いて、命名したのだろうか。しかし、仕事を次々と変え、最近では、生活保護を受けながら売春まがいのことをしていたという母親は、彩香ちゃんに対して恒常的な育児放棄、そして時には暴力を振るっていたと報じられていた。

数日前には、奈良県で、医師夫婦の長男で、超エリート高校に通う少年が自宅に放火して母親と弟、妹が亡くなった。少年は、父親に、成績が悪いと厳しく叱責され、殴られ、集中治療室と名づけられた部屋で勉強を強制されていたという。秋田のケースと全く正反対の家庭で、しかし、どちらの子供も親の犠牲になっている。

自分の享楽ばかりを追って、子供に愛情を注がない親。家で朝食を与えられない家庭が増え、学校が見るに見かねて牛乳を飲ませているケースもあるらしい。離婚の増加や失職で小学校の給食費を払えない家庭も同様に増えているという。

一方で、有名大学が少子化対策で子供を囲い込むために次々と創設している私立小学校はその高学費に関わらず大人気だ。子供のためと言いながら、実は自分のために幼い子供をお受験に駆り立てる親。小学生に必要なのは一流ホテルの給食ですか?給食のおばさんが、大きなお鍋で汗をかきかきおかずを作ってくれる給食のほうがよくはないですか?早朝の満員電車でランドセルがつぶされそうになりながら通学する子供と、集団登校で6年生のお兄ちゃんお姉ちゃんに守られて、地域のおじいちゃんおばあちゃんに声をかけられて登校する子供とどっちが幸せですか?そして何より、一貫教育の名のもとに、同じような環境の子供たちばかり集めて6歳から22歳まで教育することの恐ろしさ。親の願いがかなって、その子が官僚になって、あるいは会社の幹部になって、医者になって、世の中には様々な条件の中で生きる人々がいることを理解し、貧しい人や苦しむ人に共感して仕事ができるのでしょうか。

綾夏が生きていたら、私はこんなことを考えなかったのだろうか。子供の教育が他人事になったから、こんなことを思うのだろうか。

親に省みられない子も、親の過干渉につぶされそうな子も、切ない願いは同じ。親に認められたい、褒められたい。

どうか、すべての子供たちが、心とお腹を満たされて、幸せな眠りにつけますように。