「僕とあたしの未来 20」



ついにこの日が来た。母親に拒み続けてきたのに、どうにか自分で努力するからって
言ってきたのに、自分の力不足でこの結果を生んでしまった。
勉強も苦じゃなくて、トータルで平均点以上、いやむしろ上位なあたし的には、
めちゃくちゃ屈辱なんだけど。

夏休みの初日の今日から、あたしのとこにカテキョーが来る。(=_=)

まぁ、志望大学に合格するためには、苦手な数学の学力UPを狙わなきゃなんないから、
致し方ない。

が。ピンポンが鳴って玄関に出た母親は、呆然と立ち尽くしていた。
母を追って出たあたしも、開いた口がふさがらない状態になっていた。

「ども。家庭教師で来ました、さくらいです」
「あの・・・来てくださるってお聞きしてるのは確か・・・にのみやさんでしたよね?」
母は困惑の表情を浮かべていた。

「あ、あいつ、来月から海外行っちゃうんで、急遽オレが代わりに来ました」
「はぁ・・・そう・・なんですか・・・・・?どうぞお上がりください・・・」

母はあっけに取られながらも、カテキョーを案内した。

こ、このピアスに茶髪のチャラい男があたしのカテキョー?!夢か幻か天罰か?!
ありえない・・・。

いや、茶髪のあたしが、かつて『それ金髪じゃねぇ?(笑)』って言われたほどの
あたしが、どうのこうの言える立場じゃないかもしれないけど、このピアスチャラ男が
カテキョー。
信じらんない現実が目の前に・・・あたしの部屋の、テーブルの前に、いる・・・。

「さっそくだけど、実力どんくらい?期末テストの数学、見してくれる?」
チャラ男はさらっと言った。
う・・・こないだの数学は・・・できれば見せたくない。

「なにしてんの?早く」
「はい・・・」
あたしは下を向きながら、チャラ男に手渡した。

「ふーん・・・カテキョー頼むの遅すぎねぇ?」
「!!」
あたしがイラッとした顔を見せたら、「別に間に合わねぇって言ってねーけど?」。
いちいちムカつく!!

「間に合わせる。間に合わせてみせる。てか、負ける気がしねぇ」
「すげー自信」
「おまえだってあんだろ?」
「まーね」

なんでわかるんだ?あたしが負けん気強いの。負けないっつったら負けないんだよ。
もしかして似てる??って思いたくないけど。

「あー、基礎からやんなきゃダメだな」
「えー?!基礎ぉ?!」
「なんか文句ある?この点数で、よく経済学部目指す気になったな?」
「あんたにどうこう言われる筋合いないと思うけど??」
「あんたじゃない、さくらい先生と呼べ」
「はぁ?あんただって、あたしのことおまえって呼んでんでしょ?!」
「おまえは、おまえだ。さっそく始めんぞ!返事は?」
「・・・はい・・・」
「なにぃ?聞こえねぇよ?」
「はいっ」

こんなのが少なくとも半年続くのか?!血管ぶち切れそう!!!!!<(`^´)>


月、水、金と、週に3日、チャラ男は来た。そのたび、エアコンの設定温度でモメた。
やたら節電にうるさい。暑くてやってらんねーっつの!するとチャラ男は、
「夏季におけるエアコンの設定温度上昇による、地球温暖化一時的防止策について」
語り出す。
めんどくさいから、汗をかきつつも設定温度を上げるあたし。
そういうあんただってぱたぱたあおぎながら、タンクトップ1枚になってるくせにさ。


ただでさえ寝苦しい真夏の夜、チャラ男にひたすら耳元でラップを聴かされるという
夢を見た。
悪夢だ・・・声が耳にこびりついて離れない。強調される『L』の音。
確かに発音はバッチリだけど、『R』音との区別はちゃんとついてるけど、
繰り返されると気が狂いそうになる。
あたしはもはや、チャラ男の呪縛から逃れられないのか?!真夜中のチャラ男。


少しだけ涼しい風が吹き始める頃、2学期が始まり、いきなり実力テストが行われた。
まるで夏季講習みたいだった、チャラ男のスパルタ授業。思い出すだけで消化不良を
起こしそう。
だけど、返ってきた答案用紙には、驚きの数字が書かれていた。
廊下に飛び出て、張り出された実力テストの順位を確認してみた。
教科別ランキング、数学だけはいつも20位圏外だったあたしが、上位3位内に入って
いた。
総合順位は・・・??
「すっげーじゃん、あんた。夏休み何やってたの?」友達に言われた声も聴こえない
くらい、あたし自身がびっくりしていた。
1位。人生初の1位・・・。たぶん後にも先にもこれが最初で最後だろう。

進路指導の先生にも、「これなら行けるだろう、きっと」と言われ、涙ぐみそうになった。

月曜日、今学期初めてチャラ男がやってきた。あたしは自信満々でテストの結果を見せた。

「上がったじゃん」
淡々と言う。え?そんだけ?それどころか「油断すんな」と釘をさされた。


街路樹が葉の色を変え、はらはらと舞い落ち、冷たい風が吹き始めても、チャラ男の
ペースはまったく変わらなかった。
いや、むしろパワーアップしたような気がする。
「そんなのもわかんねーのか?基本だよ、基本!!」と罵声を浴びせて、
あたしの闘魂にさらに火を点ける。

ちきしょー、負けらんない!こんなことあんたに言われんのもムカつくけど、いちばん
負けらんないのは、へこたれる弱いあたしだ!!
そんなあたしを、チャラ男はいつも腕組みしながら見ていた。


冬休みに入ってからは、ほぼ毎日チャラ男はやってきた。

「あー、おまえのおかげでクリパも強制的不参加だよ」
「どうせヒマなんでしょ?」
「これで別れることになったらどーしてくれんの?」
「え?あんたと付き合う女なんていんの?」
「・・・・・・いねーよ!!なんか文句ある?」
「だよねぇ?」
あたしは笑いながら、クリスマスケーキを食べつつ、どこかほっとしてる自分に
少し動揺してた。
 
「ほら、受験生にはMステも紅白もカウントダウンもねーんだよ!!早く食えや?!
 さっさとやんぞ!!」
やけに具体的・・・。


あー、やっとお正月だぁ・・・。懐かしい友達からの年賀状を見ながら、おもちを食べて
ごろごろまったり。
日本人に生まれてよかったぁと思う瞬間。

が、その穏やかな空気を乱すかのように、激しくぴんぽんが鳴った。なに?まさか?!
玄関に出た母に、「あけましておめでとうございます」と言うチャラ男!!
間髪を入れず「あけおめことよろ」とあたしに言って、「行くぞ!!」と手を引っ張った。
「なに?!こたつDE嵐見てんのにぃ〜?!?!」
「受験生には、しやがれもこたつもVSもねーっつったろ?!」
「それは・・・言ってないじゃん・・・?」

あわててコートをはおったとたん、あたしは強制連行された。

「行くってどこへ??」
「受験生っつったら決まってんだろがぁ?初詣&合格祈願だよ!」

ハァ・・・合格祈願なら、もうとっくに行ってるし、お守りも持ってんだけど?

神社に着くと、まだ三が日とあってかなりな人混み。迷子になりそうなあたしの手を取って、
というか、腕をからませて、ぐいぐいと前に行く。
腕を組んだまま最後尾に並んだ。一瞬自分の中に不思議な感覚が走った。
なんかこれって・・・??

やっと順番が回ってきて、持ってたお賽銭を投げ入れた。チャラ男はなんと・・・
お札を投げ入れてた。
いったい何を願うの?ものすごいお願いごとすんの?あたしもそんくらい入れないとダメ?

合格祈願の他に何を願ったのか、自分でも思い出せないまま、あたしはチャラ男に訊いた。
「金持ちー、太っ腹。そんなにお金かけて何お願いしちゃってんの?」
「おまえの合格祈願に決まってんだろ?あんくらい出さないと、おまえにはムリそう
 だからな」
「お金で神様が動くわけないじゃん」
「どーだか?今の世の中わかんねーぞ」

あーもー(>_<)ちょっとだけ心が動きそうになった自分を戒めた。

「あ、こっち」チャラ男がまたあたしの手を引っ張った。
「すいません、合格祈願のお守りと、絵馬ください」
「あたしもう持ってるってば」
「オレのありがたいご厚意が受け取れない、とでも?」
「いただきます・・・」
「ほらよ、お守り。ちゃっちゃと絵馬書け」

書こうとしたら、チャラ男が覗いてる。
「ちょっと見ないでよ?!」
「おまえ、合格祈願なのに、見られてまずいことでも書くわけ?」と笑った。
「んなわけないでしょ!」と、あたしは堂々と、『K大に合格しますように』と書いた。
うわー、絵馬が・・・たくさんぶら下がってて、空いてるとこがない。
するとチャラ男は、あたしの絵馬を取って、いちばん上の少ないとこにぶら下げてくれた。

「さ、帰ってラストスパートかけんぞ!」
「え?もうやるの?お正月だってのに?!」
「だから受験生には、正月も福嵐もドラマもねーっつったろ?!」
「言ってねーっつの!」

また人混みの中を、あたしの腕を引っ張りながら、チャラ男は突き進んだ。


無事に願書を提出した後も、スパルタ授業は続いた。眠くなりそうなあたしに、時には
数学以外の問題も出してきた。

「Please tell me the most favorite thing in the world.」
「Do I have to answer about it?」
「What?」
「I never tell you the answer!!All right??」
「You are not lovely・・・・・・I'll・・・kill・・・you-------!!!!!Go to hell!!!!!!!!!!」

流暢な発音に、あたしも猛反撃する。

誕生日ケーキを食べながら、バレンタインチョコをつまみながら、最後の最後まで
チャラ男はあたしに熱心に教え続けた。

「よし!あとはもうなんも考えるな。ゆっくり過ごしてよく寝て、リラックスして行け。
 あ、前日のVSは見てよし、許す。ただしひみあらは見ないで寝ろ!」
「あんたに言われなくてもわかってるって」

めずらしくチャラ男は、あたしにガッツポーズをしてみせた。あたしもおんなじように
ガッツポーズを返した。


あたしはお守りをふたつ持って、試験に臨んだ。ひとつは家族で行った神社のもの、
もうひとつは、チャラ男があたしのために買ってくれたもの。
震えそうになる手を押さえて、あたしはえんぴつを握った。「頑張れ」って言う
あんたの声が聴こえた気がした。


受験が終わった次の週、あたしはなぜか抜け殻状態になった。
チャラ男がいない一週間。そんなことこの半年間で一度もなかった。
母に訊いてみたら「スキーの予定が入ってるから、今週はお休みしますって言ってたわよ」。
スキー・・・あたしがこんななのに、自分はスキー?!
すきーってケータイで変換してみたら、「好き」って出た・・・。
電話を変換してみようとしたら、「出んわ」って出た・・・。電話に出んわ。笑えない。
ピアスチャラ男。なんなんだよー?!


合格発表の日が来た。「すぐ電話するのよ?」と母に見送られ、あたしは大学に向かった。
チャラ男はもうスキーから帰ってきたんだろうか?いっつもアポなしでやって来るのに、
こんな日に限って来ない。
不安な気持ちの塊を、マリオカートのように上手くよけながら、あたしはひとり電車に
乗る。
あの駅で降りる子は、きっとみんな同じ方向に向かうんだろう。

あの日、手に汗をかきながらド緊張状態で通った、校門が見えてきた。
校門の左横に、よくも悪くも目立つヤツが立ってる。周囲の子がちらちらとそいつを見てる。
腕組みしたり、腰に手を当てたりして、落ち着かない様子で立ってるそいつは・・・
まぎれもなくチャラ男だった・・・。

「よぉ!」チャラ男が手をあげた。周囲の子が、今度はあたしを見た。
「なんで・・・?」
「生徒が心配になんの、先生としては当然だろ?」

なんでもない顔をして、あたしの横を歩く。さっきまであんなに落ち着かない顔してた
くせに。
あたしだってあんなに不安だったのに、妙な安心感が胸の半分を占めてる。
でも、「現在のこの鼓動の速さとベクトルについて、50字以内で説明せよ」と
問われても、今のあたしには答えられない。

「何番?」チャラ男が訊いた。
「ごめん・・・あたし見れない・・・」
「今さら何言ってんだよ。自分のことだろ?自分の目で見ろ」
「・・・うん・・・・・」
「ほら、一緒にいてやっから!」チャラ男があたしの手を握った。

あたしの番号、あたしの番号・・・ひたすら数字をたどる。
「・・・あった・・・あったよ・・・!!」とあたしが言ったとたん、
チャラ男が、今まで見せたことのないテンションで「よっしゃぁぁぁっ!!」と、
両手でガッツポーツをした。
チャラ男とあたしは何度もハイタッチして、抱き合って喜んだ。

「よく頑張ったな・・・」
「・・・あんた・・・さくらい先生のおかげです・・・」
「なんでこんな時言うかなぁ?」
「・・・泣いてる?」
「おまえだって泣いてんだろ?」

二人で泣き笑いをした。

「これからは、ひとりでちゃんと勉強すんだぞ?」
「え?」
「ばぁか!カテキョーに教わってる大学生がどこにいるよ?!」
「いるかもしれないよ?」
「いねぇって。それにオレもそろそろ就活だし」

あたしはやっと悟った。ピアスチャラ男との半年間がもうすぐ終わろうとしてる。

「やだ!やだよ!」
あたしは初めて素直な気持ちをぶちまけた。
「やだっつってもなぁ・・・困んだけど?」
「やだやだやだ!」
あたしはチャラ男の胸をたたいた。

「よぉっし♪じゃ、今日はオレが合格祝いになんかおごってやる。なんでも言え!」
「いらない」
「なんで?このオレがおごってやるっつってんだぞ?ありがたく思いやがれ!」
「なんにもいらない。・・・でも・・・・・ひとつだけある」
「なんだ?」
「・・・・・・・・・あんた・・・」目をつぶって勇気出して言ったのに。
「・・・10年早ぇよ!」と、あんたは答えた。
「10年後だったらいい?」
「ま、考えてやってもいいかも?」

ピアスチャラ男は恥ずかしそうに笑った。
その顔、一生忘れねーぞ!!10年後、覚えとけ!絶対とっつかまえてやる!!


5年後、すっかりチャラくなくなったあんたと、一緒に営業の外回りしてるあたしを、
この時のあたしはまだ知らない・・・。










勝手にすぺしゃるさんくす : 学生時代の櫻井さん(^^ゞ


参考サイト様 : http://www.keio.ac.jp/