「僕とあたしの未来 21」



選択の世界史、なんでぶっつづけで2時間もあるんだろう?
どちらかといえば得意だから選択したわけだけど、タイクツだなー。
あたしは、いちばん前のしかも先生のナナメ45°前の席で、疲れた目を
押さえた。
教壇の真ん前の席だったら死角にもなりやすくて、好きなイラストとか描いて
られるんだけど。

休み時間、あたしは席を立つこともなく、本を読んだり、これまた優等生的に
教科書や辞書を開いたりすることが多い。
だから教室に残ったままの先生とは、自然に会話が増える。

「君さぁ」と、世界史非常勤講師の櫻井先生が、あたしに話しかけてきた。
「成績いいんだな。廊下に貼り出されてた順位表見たよ」
「あぁ・・・まぁ・・・」
「どうやったらあんな成績取れるわけ?」
「たまたま暗記力がいいだけで。全部一夜漬けですよ」
「一夜漬け?それでもスゲーよ!尊敬しちゃうよ!!」
「でも、上には上がいるんで・・・」
「あぁ、上位のあの子?」
「ライバルなんです」
「たぶんあの子は、暗記力だけじゃなくて、テストに出るとこのヤマ当てる
 カンとかもいいんだろーな。たぶんそんくらいの違いだけだと思うよ?」
「そうかなぁ・・・・・」

あたしはちょっと照れて下を向いた。
先生から「尊敬する」なんて言われたの、初めてだ。

休み時間がやたら長く感じる。
先生は後ろを向いて、黒板をきれいに消してる。
あたしは教科書を開いてるけど、内容なんて全然読めてない。

女子高だから、基本若い男の先生は恰好の餌食で、からかわれたりおちょくられたり、
散々な目に遭うイジラれキャラになりやすい。
でも必ずと言っていいほどモテる。
他の非常勤の二宮先生もそうだけど、櫻井先生はダントツだ。
いつも女子に囲まれて、ちょっと困った顔をしてる。
なのに今日はなぜか、周りに女子がいない。なんで教室に二人だけなんだ?!

あたしは他の女子とはカンペキに好みが違って、英会話のイギリス人の先生が好き
だから、全然眼中になくてノーマークだったのに。
なぜ気になり出す?!あたし!!

「あのさ・・・」
先生がまたあたしに話しかけてきた。
「なんですか?」と、あたしが答えたとこで、チャイムが鳴った。
「あ、じゃまた・・・」と先生は言って、後ろを向いた。

何?何を言おうとしてたんだろ?

結局その続きは語られないまま、あたしは卒業して、付属の短大に進んだ。
と言っても、キャンパスは同じとこだから、何の代わり映えもしないけど。


いつものように図書館に行くと、偶然櫻井先生に出くわした。

「あ・・・久しぶり」
先生が声をかけてきた。
「何さがしてんの?」
「和西辞典です」

あたしは高校の頃からスペイン語にハマっていた。

「和西って・・・スペイン語?」
「はい。第二外国語、スペイン語にしたかったんですけど、ドイツ語しかなくて・・・
 だから自分で調べてるんです」
「相変わらずすごいな(笑)」
「いえ・・・そんな・・・」

またあたしは下を向いた。

「なんか雰囲気変わったね。大人っぽくなった」
「制服じゃないからだけですよ」
「そんなことないって・・・・・あのさ・・・・・」
先生が何か言いかけた時、またチャイムが鳴った。

「じゃ、また・・・」
今度はあたしの方から言って、図書館を出ようとした。

「待って・・・」
先生があたしを止めた。
「?」
「よかったらまた話さない?」
「え?」
「これ・・・」と、渡されたメモには、ケータイの番号が書かれていた。

「夜でも大丈夫だから。じゃあね!」

小走りに先生は図書館を出て行った。

甘酸っぱい感覚だけがあたしの中に残って、急に胸が苦しくなった。


あれからまだ一度も、あたしはこの番号を押せてない。
きっとケータイとか変更して、番号も変わっちゃってるよね?
だけど、元々大胆不敵キャラのあたしは、怖いもの見たさの感覚で、おそるおそる
1つ1つ、数字を押して電話をかけてみた。

「もしもし?」と出た声は、確かに聞き覚えのある心地よい声だった。

「・・・あ・・・君?!?」
「はい、あたしです・・・電話しちゃいました・・・」
「いやー、待っちゃったよ。あまりにかかってこないから、ダメだと思ってた」

なんで?なんでそんなにストレートに言葉を発することができるんだ?
息が苦しい。胸が痛い。返す言葉なんて見つかるはずがない。
涙があふれ出して止まらない。

「もしもし?どした?」

あたしが言葉を失ってるから、先生は電話の向こうでちょっとあわててる(と思う)。

「・・・すみません・・・・・」
やっとのことで答えたあたし。
「うん?」
「涙止まんないです・・・(T_T)」
「いいよ、涙止まんなくても、鼻かんでてもかまわないから。待ってる」

言葉がさらに染みて、あたしは泣きじゃくる。
『そうやって一生泣いてろ!』って言われたことはあるけど、『待ってる』と言われた
ことは一度もない。

耳元であたしの泣きじゃくる声を、先生は5分も聴き続けてくれた。
それからたわいもない話をして、2時間半が過ぎた時、突然会話が途切れた。

息づかいまで聴こえてしまいそうなほどの静寂。
あたしはその間を埋めるように、自分から話し出した。

「あの・・・長電話しちゃってごめんなさい・・・」
「いや、こっちこそごめん。電話代スゲーかかってんじゃない?ごめんね」
「いえ」
「時間遅くなっちゃったね」
「いえ、大丈夫です。いつも起きてるし」

あぁ、会話を終わらせることができない。
なんとなく空気を察したのか、先生が言い出した。

「じゃ、また明日・・・オレ図書館にいるから」
「はい、また明日・・・・・」

ごく自然に会う約束ができてしまった。
今度は電話が切れない。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
「先切って?」
「先生が先切ってください」
「じゃ、同時にね?はい!!」

プツッと音がして切れたのを確認してから、あたしも切った。

「また明日」。なんて幸せな言葉なんだろう。明日もきっとすてきな世界が待ってる。
あたしも一緒に突っ走るよ、先生と一緒に・・・。
たとえ息が切れても、泣いても、つらくても、投げ出したりしたらもったいない。
最後はきっと笑ってられるはずだから。

心の中でもう一度『おやすみ』とつぶやいて、あたしは灯りを消した。







勝手にBGPV : 「サクラ咲ケ」


勝手にすぺしゃるさんくす : 「サクラ咲ケ」の櫻井先生(*^_^*)