「僕とあたしの未来 36」



残業に疲れ果てて、階段を下りて、乗り換えのホームに近づいてく。
次の電車までにはまだ少し時間があるな。
ブレスレットみたいな腕時計で時間を確認して、さっきコンビニで買った
ペットのお茶を一口飲む。

ホームに立って、前方方向をぼーっと眺めていた。
すると、なんとなく、うぅん、確かに見覚えのある背中とふんわりした髪の
人が立ってる。あれは・・・。

あたしが声をかけようと近づこうとしたら、なぜか同じクラスだった女の子が
その姿を見つけ、先に声をかけてしまった。
あたしは声をかけるどころか、躊躇してその歩みさえ止めてしまった。

みむらセンパイ・・・。

センパイは進学校に進みながらも、陸上の大会でもたくさん活躍したって、
同じ高校に行った子が言ってた。
大学じゃたぶんいつも、トップにいたんだろう。一度、お正月の駅伝で走ってるとこを
偶然見かけて、びっくりしたのと同時に、胸が切なくなった。
大学も主席で卒業したって聞いた。就職先もきっと、一流なんだろうな。

同じ電車に乗って、女の子と話してるセンパイを遠くから見てた。
もちろん地元駅も同じだから、同じ駅で降りて、階段をのぼって、改札を出て・・・
女の子は「こっちだから」と指さして、駅前でセンパイと別れていった。

あたしは・・・センパイと方向が同じだから、少し後からセンパイの後を追った。
でもやっぱりセンパイはさすが陸上部のエースだ、足が速い。
必死で歩いてるのに、あたしは全然追いつけない。

あの頃離れてたのは50メートルだったのに、どんどん距離は遠くなって、
もう近づくことさえできないんだろうか?

いつの間にかセンパイの姿は見えなくなり、やっぱり追いつけなかったあたしには
淋しい気持ちだけが残った。

センパイに追いつこうとちょっと遠回りしちゃったから、その角のコンビニを
曲がって近道しよう。
と、曲がり角にさしかかった時、コンビニからセンパイが出てきた!!

「おまえ、歩くのも遅いな」
「みむらセンパイ・・・気づいてたんですか?」
「後ろからどんくせーやつにつけられてるな、って思って、ちらっと見たら・・・
 おまえ、中学の時とほとんど顔も背も変わってねーじゃん!!」
「これでも背伸びました!それに、つけてるって・・・人聞きの悪い・・・
 あたしも帰る方向同じなんです!センパイこそ、もう一つ先で降りて、
 乗り換えた方が、家近いんじゃないですか?」
「オレんち知ってたっけ?」
「あ・・・いえ・・・えと・・・・・」
「ハハハハハ」

あの頃と変わらない笑顔だった。

「センパイ、スーツ姿もキマってますね」
「そうか?おまえだってなんかの雑誌に載ってそうなスタイルじゃん」
「一応、あたしの方が先に社会に出てますから」
「そっか、おまえ四大じゃなくて女子大かぁ。これはこれは先輩、失礼いたしました。
 寒いから、そこらのファミレスにでも入ります?先輩!」
「その呼び方やめてくださいよー(-_-;)」

結局肌寒さに勝てず、近くのファミレスに入ることにした。

「あー、なんか食いたいとこだけど、この時間に食ったら太るしなぁ・・・」
「体重管理、相変わらずやってるんですね」
「おまえもそこそこやってるみたいだな?ししゃも足」
「それもやめてくださいったら!」
「よし!決めた!これからは、土日自主トレしよう!」
「センパイ、またきっちりスケジュールでやるんですか?頑張ってくださいね」
「なに言ってんだよ?おまえも一緒にやるんだよ!」
「えー?あたしもですか?!あたしにも一応都合ってものが・・・」
「はいはい、昼間の都合ね。だから夜走るんだよ、夜」
「夜ですかー?」
「最後はおまえんちまで送ってやるから」
「あ、ありがとうございます・・・」

なんなの、切ない気持ちでセンパイの背中を見送るつもりでいたのに、なんでこういう
展開になるの?
しかも「走る」という話をしてる時のセンパイは、ものすごく幸せそうだ。

「センパイ、やっぱり走るの大好きなんですね?」
「おまえもな」

え?その「おまえもな」は、どの言葉を修飾してるの?
「おまえも走るの大好きだろ?」って意味?それとも・・・まさか・・・?
んなことあるわけないよね!?(^_^;)

いっつもはぐらかされてる感じがする。はぐらかしてるセンパイがいじわるなのか、
はっきり訊けないあたしが勇気なさすぎなのか。

頼んでおいたわらびもちセットと、チョコレートサンデーが運ばれてきた。

「センパイ、太るんじゃないですか?」
「おまえの方こそ、カロリー高いだろ?」
「いいんです、明日から走りますから☆」
「右に同じ」

「うま〜♪」とセンパイはわらびもちをパクついた。もぐもぐ食べる姿は小動物系。
「こっちもちょっとちょうだい?」と、あたしが食べる前に、センパイはスプーンで
チョコサンデーをすくって食べた。
あたし・・・このスプーン使って食べるんですけど?・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・ひゃぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・。

「よし、今日はこの後、おまえんちまで全力疾走な。で、明日の夜はそうだな、
 午後9時に、おまえんち前に集合!!」
「えー?!この後も走るんですかぁ?!それに明日の9時は・・・」
「なんか予定ある?」
「相葉ちゃんのドラマが・・・」
「録画しとけ!!(=_=)v」
「嵐にしやがれもあるんですけど?」
「続けて録画だ!!(=_=)v」
「はい・・・」

センパイとあたしが、一緒に走る。それだけでじゅうぶん幸せなできごと。

「センパイ、ホントに走るの好きですね」

あたしはもう一度言った。

「おまえもな」

センパイもまた同じ言葉を返した。やっぱり訊いてみたい。せっかく訊けるチャンスが
あるなら逃したくない。

「おまえも・・・なんなんですか?」
「おまえも・・・好きだ・・・よな、走るの」
「・・・ですよね」

あたしはクスッと笑いながら、夜の町を走った。低めだけどヒールの音がうるさい。
ご近所さま、ごめんなさい。明日はちゃんとシューズはきますから。

あっという間にあたしの家の前に着き、「じゃ、また明日!」とセンパイが言ったから、
「はい、また明日」とあたしも答えた。

「あ、オレさ、走るの好きだけど、中学の時のおまえも好きだったし、たぶん今も
 好きだからな。じゃ」

それだけ言い残して、先輩は走って行った。先輩の背中に手を振っていたら、
思わず涙がこぼれた。

それじゃ、また明日・・・。明日もあさってもそのまた次の日も、ずっとずっと好きだ。






勝手にBGM : 「aiko LIVE at NHK」 by aiko