「僕とあたしの未来 43」



オフィスビルの薄暗い地下フロア、ランチタイムの終わり際、あの日あたしは
帰り道を急いでいた。

同じようなスーツの人が行き交う中、なぜかただひとりだけ、そのシルエットが
浮かび上がって見えた。

ガラス張りの天井から光が射し込み、一瞬その人の顔が見えたとたん、暗いトンネルの
中から外に出たように、眩しくてあたしは思わず目を閉じそうになった。

白いシャツが似合う人だなって思ったことだけ、強烈に覚えてる。


でもまさか同じフロアですれ違うとは、同じ会社にいる人だとは・・・。

何年もこのフロアにいるのに、なぜ今まで気づかなかったんだろう?


今日はロッカルームの入り口ですれ違い、軽く会釈できたって喜んだのもつかの間、
同期の子があなたと立ち話をしてるのを目撃してしまった。

彼女はあたしと背が同じくらいだから、あたしがもしあなたと向かいあわせになったら、
ちょうどあんな位置関係なんだ。

知り合いなの?何を話してるの?って気になったことよりも、向かいあわせた時のことを
想像した自分に、頬が熱くなった。



梅雨に入って、雨ばかりが続き、喫煙ルームからの眺望もかすんでいて、遠くまでは
よく見えない。

タバコを吸うわけじゃないけれど、一休みしたいときはいつもここに来てしまう。

目の前に広がる景色はほぼモノトーンで、喫煙以外は長居する人も少ないのに、
あたしはひとり、外を眺めていた。

すると、カーペット敷きのフロアからは聴こえないはずの足音が聴こえた。

テレパシーがあるわけでも、視界がカメレオン級であるわけでもないのに、
あなたの姿が目に入ってしまった。

今、同じ空間に、いる。

固まったまま動けなくなるあたしの足。押さえていないと震えそうになる手。

あなたは自販機のコーヒーのボタンを押す。ほんのりと漂うコーヒーの香り。

「あ!ホット押しちゃった!」

緊張をほぐすかのように、あなたの一声が響き、あたしは思わず振り向いてしまった。

あ・・・と合う目と目。

すぐに会釈を返したけれど、たぶん不審極まりないあたしの焦った顔は、あなたに
どう映ったんだろう?

「あのー・・・・・」

背後から聴こえる、明らかにあたしに向かってくるあなたの声。

「よかったらこれ・・・飲みません?」

今度はあたしの隣から聴こえるあなたの声。あたしはおそるおそる顔を見る。

「アイス飲みたかったんですけど、ホット買っちゃって・・・(^^ゞ」
「・・・え・・・いいんですか・・・・・?」
「はい、どうぞ。じゃ・・・」

もう行ってしまうの・・・?!コーヒーのカップを持ったまま、立ち尽くすあたし。

せめてコーヒー代を・・・!!なんてあたふたしてたら、あっという間にあなたが戻ってきた、
右手にアイスコーヒーのカップを持って。

あたしの横に立って、ちょこっと笑って会釈した。

あたしは今いったいどんな顔してるんだろう?自分じゃ見えないから怖い。
きっと困惑の表情を浮かべてるに違いない。

「雨ですね・・・」あなたの一言に「はい・・・」と答える。

「景色よく見えませんね・・・」
「はい・・・」
「毎日よく降りますね」
「はい・・・」
「ちょっと気が滅入りますよね」
「はい・・・」
「でもお仕事頑張りましょうねー」
「はい・・・え?」

あたしはあなたの顔を見ながら、ぶふっと笑ってしまった。

あなたもあたしを見て笑った。

「じゃ」と今度こそ行ってしまう・・・!!

「あの!コーヒー代を・・・っ!!」

ありったけの勇気を振り絞って、あわててあなたに声をかける。

すると、「今度おごってください」と笑顔を残し、あなたは喫煙ルームを出て行った。

今度・・・。明日かもしれないし、ずっとずっと先かもしれない。

でもいつか来るかもしれないその日があるってこと、この上なく幸せなことなんだ、
少なくともあたしにとっては。

できたらあなたも同じように思っててくれたなら・・・なおのことうれしいけれど。

今は、まだまだ残ってるファイルの山を片付けることだけ考えて、あたしはデスクへと
戻る。

耳の奥に残るあなたの「お仕事頑張りましょうねー」の声を、そっと思い出しながら・・・。







勝手にBGM : aiko 「向かいあわせ」


勝手にすぺしゃるさんくす : さ、櫻井様・・・・・。(≧_≦)