「僕とあたしの未来 44」



気が抜けてしまいそうなほどあっけなく、その日はやってきた。

あたしが喫煙ルームであなたにおごる日。

あれから幾度となく喫煙ルームで一緒になり、少し話しては戻っていく。

雨の季節が終わりを告げようと、夏の陽射しが見え隠れし始めても、
それは変わらなかった。



「お先に失礼します」とフロアを出たあたしの足は、エレベータの前を通り過ぎ、
まっさきに喫煙ルームへと向かった。

なんとなくあなたがあそこにいる気がして。

やっぱり・・・Yシャツのそでをまくって、腰に手を当てて立ってるあなたがいた。

後ろから来たあたしに気づいたあなたは、「今お帰りですか?」と訊いた。

「はい。今夜もまだお仕事ですか?」と、あたしも訊いた。

「明日の朝一の会議で使う資料がまだできてないんで・・・(-_-;)」
というあなたの言葉に、お手伝いしたくてたまらない衝動に駆られる。

「ホントは猫の手も借りたいくらいなんですけどね」

『私の手でよろしければいくらでも・・・』と喉まで出かかったのを、ようやく押し込んだ。

「同じ部署ならあなたの手もとっくに借りてます」
「そ、そうですか?!」と、自分でもわけがわからない返事をしてしまった。

「さて、そろそろ戻ってやるとしますか」
「頑張ってくださいね」
「はい。お疲れさまでした」
「お先に失礼します」
「じゃ、また」
「また・・・」

後ろ髪引かれるようなもどかしい気持ちで、あたしはくるっと向きを変えた。

あなたから一歩一歩遠ざかる。

あなたがこっちを見ている気がしたけど、それはあたしの単なる願望にすぎない。



節電の影響もあるのか、いつにも増して暑苦しいと感じたロッカールームで、
あたしは女子の話し声を聴いてしまった。

「ほら、営業の、ちょっとかっこいいあの人」
「あぁ、うんうん」
「なんかさ、ロンドン行っちゃうんだって」
「うっそ。昇進?」
「じゃない?ロンドン支社かぁ。エリートだもんねぇ」
「あたしも一緒に行きた〜い!!」
「ムリ!(笑)」

ロンドンってイギリスのロンドンよね?(他にどこがある?(-_-;))

今までのことが全部アルバムの写真のように、頭の中でフラッシュバックして、
あたしはいてもたってもいられなくなった。

喫煙ルームに行ってみたけれど、あなたの姿はない。

営業部のフロアまで行くなんてこと、今までしたこと一度もなかったのに、
挙動不審と思われようが、「仕事しろ」って言う上司の空耳が聴こえようが、
あなたを必死で探してた。

ドラマでよくある社長室かなんかで、今頃辞令をもらっているんじゃないだろうか?
とか、勝手な想像が頭をよぎる。

あぁ、もうすぐ会議が始まる。戻らなきゃ・・・。涙の雫を落とさない代わりに、
肩を落としてあたしは歩いた。



「今夜の飲み会どうする?」って友達に訊かれて、「うん・・・」と気のない答えを
返してしまったあたし。

「営業の人も来るって」
「営業?!」あたしは思わず友達の顔を見た。
「たぶんあの人来るんじゃない?」
「・・・・・」
「女子何人も来るけど、いいのかなぁ?」
「行く(=_=)」即答してた。

エレベータに向かう途中で、営業の一団に会った。その中にやっぱりあなたがいた。

「ごめん、ちょっと先行ってて」と同僚に言って、あなたはまっすぐ歩いてく。

友達に「先行ってるね」とひじでつつかれた後、「ありがと・・・」と答えて、
あたしはあなたの少し後を歩いた。

進む先には、いつもの喫煙ルーム。

「こんばんは」

あなたはまるで背中に目がついているかのように、振り返ってあたしに言った。

「こんばんは・・・」

ふつうに会話できることがどれだけ大切かなんて、こんなに感じたことはなかった。

「今夜の飲み会、行かれるんですか?」
「はい。あなたは?」
「僕も行きますけど、ここに寄ってから行こうかなと・・・あなたもですか?」
「はい・・・あの・・・」
「はい?」
「あちらに行かれても、お仕事頑張ってくださいね」
「あちら?あちらとは?」
「ロンドン・・・」
「ご存知なんですか?」
「はい」
「頑張ります。まぁ1週間ですけどね」
「え?」
「研修ですけど?」
「ロンドン支社に転勤・・・じゃないんですか?」
「・・・ロンドン支社に転勤するのは先輩ですが・・・」
「・・・・・・(>_<)」

しまった・・・。営業のちょっとかっこいいあの人って、別の人のこと言ってたんだ?!

「何か誤解されてました?」とあなたはちょっぴり笑った。

「はい・・・大きな誤解してました・・・」と答えたら、涙が溢れ出した。

あなたはハンカチを差し出す。ハンカチにあなたの優しさが包まれてる気がして、
なおさら涙がこぼれる。

「すみません・・・あたしの勝手な誤解で・・・・・」
「いや、その涙で、僕も大きな誤解をしてしまいそうなんですけど?」
「え・・・」
「僕の方がさらに勝手な誤解で、あなたにはご迷惑かもしれませんね」
「迷惑だなんて・・そんなこと絶対にないです!!」
「絶対に・・・?(^^ゞ」
「あ、いえ・・・・・」
「すみません、ちょっと・・・」

あなたはぶーぶーと鳴っている携帯に出た。

「もしもし?あ、はい、これから行く。え?なんで?・・・・・・・あ、そう・・・。
 わかった。じゃ。みんなによろしく。またね」
「飲み会からお呼びですか?だいぶお待たせしてしまいましたものね。ごめんなさい」
「いいんです」
「え?」
「今夜は、欠席ということで」
「はい?」
「『おまえが来ると俺らの需要が極端に減るから、来なくていい』そうです。それと
 『そちらのお嬢さんにもよろしく』とのことでした」
「え、あたし??」
「はい、なので今夜はふたり欠席です」
「・・・・・・・」
「お二人様る?何か食べる?
「お二人様でいいんですか?」
「いいんです!!って・・・川平さんのマネしたつもりなんだけど・・・似てねー!!」
「ぷふっ!!あはははは!!」
「ハハハハハ!!」

喫煙ルームには他にも人がいるのに、大きな声でふたりで笑った。

ここからの夜景は、いつもよりも一層輝きを増して見えた。


さぁ、どこでお二人様る?







勝手にBGM : aiko 「くちび


勝手にすぺしゃるさんくす : 櫻井様・・・☆彡