「僕とあたしの未来 6 〜ひみつの天使くん!〜」



あたしはひとり、カウントダウンライブのホールを抜け出した。
ロビーにいたスタッフの人が、「いったいどうしたんだろう?」といった顔つきで、
こっちを見てたけど、あたしはかまわず外へ走り出た。

本当は彼とふたりで来るはずだったのに。一緒にカウントダウンするはずだったのに。
彼とは、クリスマス目前に別れてしまった。
隣は空席のままのあのホールで、カウントダウンの時間までひとりで観ているのが
つらくて、あたしは逃げ出してしまったのだ。

外に出ても、クールなイルミネーションは綺麗どころか、あたしにはただ
冷たい氷のようにしか見えなかった。
対して、あたしの周りを歩くのはカップルばかりで、みな肩を寄せ合いながら熱を
放っていた。

あぁ・・・もういやだ、このまま時間でも止まってしまえばいいのに・・・。

すると突然、あたりが一瞬まばゆく輝き、あたしは目をつぶった。
そっと目を開けてみると、なんだか周囲がおかしい。
え?みんな止まってる?時計を見たら、午後9時50分で時計の針も止まっていた。

気づいたら、さっきまではいなかったはずの男が、あたしの横に立っていた。

「僕が時間を止めたんです」

年末とか不審者も増えるだろうから気をつけないと・・・とあたしは気づかない
ふりをして、そっとそいつから離れようとした。

「おめでとうございます。あなたは、天使界における今年最後のラッキー賞に
 選ばれました」

やっぱ不審者?(-_-;)それとも新手のナンパ?(=_=)

「僕は、日本天使協会所属の天使です」
「天使?!」

いよいよ危ない・・・。天使だなんて。こんなフツーのカッコしてる男が??
何かの勧誘か、やっぱりナンパだ。(=_=)

「そんなに疑うのなら、僕の背中を見てください」

そう言って、マフラーをはずし、フードのついたジャケットを脱ぎ、重ね着したチェックの
シャツとTシャツを背中までまくりあげた。

「ほら、見てください」

確かに白い翼のようなものが生えている。

「どーせこんなのくっつけたんでしょ!」と思いっきりひっぱると、
「痛い!!」と真剣に痛がる男。

身なりを整えながら、「信じてもらえましたか?」と男は言った。

「じゃあ、天使のクセに、なんでそんなフツーのカッコしてんのよ?」
「これは、人間界に降りる時の変装です。天使があのままのカッコして
 歩いてたら、それこそおかしいと思われるでしょう?」
「そりゃそーだけど・・・」

あたしはじっくりと男の姿を見た。うーん、どこから見ても、フツーの男。
いや、どっちかっていうと、イケメンかもしれない。

「時間を止めたとかなんとか言ってたよね?」
「はい」
「なんで止めたの?」
「だって、あなたが『このまま時間でも止まってしまえばいいのに』と
 お願いしたでしょう?」
「心の中で願っただけなのに・・・」
「まぁ、一応僕は天使ですから」

男は「ラッキー賞の説明をしますね」と話を始めた。

「日本天使協会によるランダムな抽選により、選ばれたラッキー賞当選者は、
 3回まで願いを叶えてもらうことができます。先ほど「時間を止める」のに
 1回使いましたので、あと2回です」
「ちょっと待ってよ?あれはあなたがちゃんと説明しないうちの話なんだから、
 カウントするのはおかしいじゃない!!あと3回にしてよ?!」
「・・・・・・・・・僕、きちんと守らないと怒られるんですけど?」
「あなたのフライングでしょ?あと3回ね?決まり!!」
「・・・・・わかりました・・・特別ということで・・・それでは1回めは
 何にしますか?」
「まず・・・時間を動かして」
「はい」

周囲が急に騒がしくなった。

「あと2回ですが、2回めはなんでしょう?」
「・・・あのね、悪いんだけど・・・年越しを一緒に過ごしてもらえない?」
「確かに、周りはらぶらぶなカップルばっかりですからね。僕にカレシの役を
 やれ、と?」
「うん、まぁ、そういうこと」
「わかりました」
「あなた、名前はなんて言うの?」
「天使に名前はありません。僕は日本天使協会会員ナンバー・3961です」
「じゃ、なんて呼べばいいの?」
「まぁ、天使くんとでも呼んでください」
「なんか呼びにくいけど・・・まいっか・・・」
「僕はカレシ役なので・・・とりあえずデートですね」

そう言って、あたしの手を握って歩き出した。

「どこ行く?」
「いきなりタメ口?(=_=)」
「だってカレシで敬語はおかしいだろ?何事もリアリティが大切だから」
「・・・そっか・・・」

さっきまで冷たい氷に見えていたイルミネーションが、突然きれいに輝いて見えた。

「ごはん食べた?」
「うぅん、なんも食べる気しなかったから」
「じゃ、とりあえずなんか食べない?」
「うん・・・」

近くに何があるのかわからないのに、天使くんはあたしをエスコートするように歩いて、
とあるレストランに入った。ここはイタリアン??

「いらっしゃいませ」
やたら顔立ちのはっきりしたイケメンのウェイターさんがやってきて、席を案内してくれた。
名札には「まつもと」とかなんとか?

「どこ見てんだよ?」
「え?」
「ちょっといい男だと思って、よそ見してんじゃねーよ。オレだけ見てろ!」
「・・・・・・・・」

天使くん、カンペキにカレシモードに入ってる。ここまで演技されると、
悪い気がしない。(^^ゞ
当然のようにお支払いはカレシ持ちになった。(^_^;)

軽く食事して、外に出たら・・・「寒いだろ?」と、天使くんが自分のマフラーを
あたしに巻いてくれた。

「あったかい・・・ありがとう」
「こうした方がもっとあったかい」
そう言って、今度はあたしの肩を引き寄せて歩き出した。
風は冷たいのに、あたしの頬とか指先はものすごく熱くなった。

あてもなく歩いていると、いつの間にか東京タワーが見える場所に来ていた。
もうすぐ時は新年に変わる。

周囲のみんなのカウントダウンの声が始まった。
10・9・8・7・6・5・4・3・2・1!!HAPPY NEW YEAR♪
あちこちから歓声が上がる。

ライトアップされた東京タワーには、2012の文字が浮かび上がっていた。

「うわぁー♪きれい〜☆彡」
「写真撮ってあげよっか?」
「どうせ撮るなら一緒に写ろうよ?」
「ごめん・・・それはダメなんだ」
「なんで?」
「オレは写真には写らないんだ・・・」
「・・・そんな・・・だったら写真なんかいらない!!一緒に写らなきゃ
 意味ないじゃん!!」
「ごめんな・・・」

あたしはあなたが天使だということも、すっかり忘れてた。
本当のカレシみたいに思ってた。でもやっぱり天使くんなんだ・・・。
涙が出そうになるのをこらえて、あたしは言った。

「じゃ、初日の出も一緒に見よう?」
「そうだね」
天使くんはにっこり笑った。

「初日の出までにはまだ時間があるから、どっか入んない?」
「うん」

近くにある24時間営業のファミレスに入った。
たわいもないおしゃべりをしているうちに、天使くんがウトウトし始めた。

「ごめん・・・超眠い・・・」
「いいよ、寝ても」
「悪い・・・」

すぅすぅと寝息をたてて眠る姿は、無防備で無邪気で、なんだかかわいらしかった。
閉じた瞳には長いまつ毛。男の子にしておくにはもったいないくらい。
ほんのちょっとだけ茶色がかって、ふんわりした髪。
あたしは思わず、天使くんの髪の毛をなでた。やっぱり天使なんだ、この人は。

天使くんの寝顔を、飽かず眺めていたあたしに気づいたのか、天使くんが目を
覚ました。

「え?なーに?なに見てんだよぉ?」
「寝顔かわいかったよ」
「なーに言ってんの?君の寝顔の方が100倍かわいいよ」

一瞬ドキッとした。天使くんにあたしの寝顔を見られることは、たぶん一生、ない。
そう思ったら、なんだか急に涙があふれて止まらなくなった。

「どうしたー?」
「ごめん、なんでもない・・・」
「なんでもなくねーだろ?言えよ?」
「あなたはもうすぐ帰っちゃうんだよね・・・?」
「・・・あ・・・うん・・・」
「行かないで・・・」
「それは、3回めのお願い?」
「願ったら叶えてくれるの?」

天使くんは首を振った。

「そうだよね・・・それだけは無理だよね・・・」

天使くんは優しく笑って、あたしの髪をなでてくれた。


ドリンクバーだけで粘って6時間。ウェイターの男の子が、さすがにうんざりした顔で
こっちを見てる。

外がほんのり白んできた。

「そろそろ夜明けだよ。日の出見に行こう!!」

天使くんがあたしの手を取って、席を立った。
レジでおさいふを出そうとすると、「あ、会計一緒で」と言って、天使くんが
やっぱり当然のように払った。
あたしは胸がきゅうぅんと痛んだ。

さっきまでいた東京タワーに着くと、天使くんは「しっかりつかまっててね」と言い、
ふわんと浮かび上がった。
あたし、宙に浮いてる?!

「こんなとこ見られたら、まずいんじゃない?」
「平気。今みんなにはオレたちが見えてないからさ」

まるで頭にタケコプターでもついてるみたいに、天使くんはあたしを連れて、どんどん
高いところまで飛んで行った。

みるみるうちに地上が遠くなる。

「これでも高所恐怖症なんだけどね」
「天使でしょ?!飛ぶのが仕事じゃないの?!」
「まぁ天使にもいろいろあって・・・」と、恥ずかしそうに頭をかいてる。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、オレひとりじゃないから。君と一緒だから大丈夫」

天使くんとあたしは東京タワーのてっぺんにいた。

朝日がのぼってくる。2012年最初の朝日が。

こんな高いところにいるのに、怖くない、寒くない。きれいでまぶしすぎて。
でも隣にいる天使くんは、あたしにはおひさまより輝いて見えた。

あたしの手を取り、そっと地上に降りた天使くんは言った。

「さて。最後のお願いはなんですか?」
天使くんの口調が、急にタメ口から丁寧な言葉に変わった。

「最後のお願い・・・なんて言いたくない」
「言ってくれないと困ります。僕が怒られます」
「・・・・・・」
「3回めはなんですか?」
「・・・・・・・またいつか逢いたい!!あなたに・・・」

天使くんは少し間をおいてから口を開いた。

「いつとはお約束できませんが、いつかきっと・・・またどこかでお会いしましょう」

あぁ、だんだん天使くんの姿が消えてゆく。またね、天使くん。ありがと、ものすごく
楽しかったよ。でも今、つらくてたまんない・・・苦しい。
涙をこらえて、あたしは一生懸命手を振った。

「またどこかで会えますから・・・」と言う天使くんの声だけが、あたしの心に
届いた。



お正月もあっという間に終わり、あたしはいつものファミレスのバイトに行った。
大学はまだ休みだけど。

制服に着替えて店内に行こうとすると、「あ!君、ちょっと・・・」と
店長に呼び止められた。

「今日からバイトで入った子がいるんだが、紹介しておこう」
「今日からお世話になります、佐倉井です。よろしくお願いします!m(_ _)m」
「あ!」

その顔は声は、まぎれもなく天使くんだった。

「まさか・・・天使くん?」
「てんし・・くん???」

不思議そうな顔をして、佐倉井くんは首をかしげた。

天使くん、3回めのお願い、叶えてくれてありがとう!!
あたしは心の中で、何度も何度も叫んだ。







なんとなくBGM : ポルノグラフィティ 「オレ、天使」(なつかしーーっ(>▽<)



勝手にすぺしゃるさんくす : 高所恐怖症の櫻井さん(^_^;)
                  顔立ちのはっきりした松本さん(^^ゞ