「僕とあたしの未来 69」



松本先輩が手伝ってくれたおかげで、資料は無事、会議に間に合った。
今まで先輩の手をわずらわせたことはなかった(とあたしは記憶している)し、
考えたことは微塵もなかったんだけど、お礼の気持ちとしてごはんにお誘いする
ことにした。


先輩は一応、部内でいちばん注目を浴びるほどの容姿の持ち主。
どんなに深い意味はなかろうと、お誘いするには女子の詮索及び非難を浴びる
ことになる。
いらぬトラブルを避けるため、あえてオフィスから離れた所に待ち合わせ場所を
設定した。


「ごめん、待った?」
案の定スタイリッシュに先輩は声をかけてきた。
「待ったも何も、先輩あたしの約10メートル後を歩いてたじゃないですか」
半ばめんどくさくなりつつ、あたしは答えた。

「いや、そう言った方がデート感が増すだろ?」
「デートじゃないです。ただのごはんですから!」
「そんなにスカートはいてこないおまえが、せっかくかわいいスカートはいてる
 んだからさ」
「さすが、先輩よく見てますよね(-_-;)」
「どうした?ひざ上ひらひらスカートはサービス?」
「なんのサービスですか?!」

そう言いつつも否めない自分がいた。確かに、先輩とごはんってことで、いつもとは
違うカッコをしたのは、事実だ・・・。
先輩がオシャレだから、一緒にいる自分がダサかったら先輩に失礼だし、少しでも
釣り合う自分でいたかった。
このカッコしてるからって、釣り合ってるとは思わないけど。(=_=)


「悪い、ちょっと買い物したいんだけど、付き合ってくれる?」
「はい」

先輩の「付き合ってくれる?」の言葉に、ちょっとだけドキッとしてしまったあたし。


先輩はとあるショップのドアを押したまま、どうぞとジェスチャーをした。
これか!!こういう何気ない行動が先輩のモテる理由か!!

あたしもショップの中を一回りしてみた。あ、このニットかわいい☆
でもなぁ、お値段もけっこうするしなぁ・・・でもかわいい。

「それ?試着してみれば?」
先輩が背中越しに言った。
「え、でも・・・」

「ぜひご試着だけでもいかがですか?」とショップ店員がすり寄ってきた。

あーもー、断れない状況。苦手なんだよー、こういうの。
「じゃ・・・」と笑顔を引きつらせつつ、あたしは試着室に入った。

「いかがですか?」と店員さん。
カーテンを開けて外に出るあたし。

「いいじゃん、すごく似合ってるよ」と先輩。
「今日お召しのスカートにもとってもお似合いです〜」と店員さん。

もはや引き下がれないじゃないか!?

じゃ、これ・・・とあたしが言うのより早く、「これお願いします」と
先輩が言った。
「え???あの・・・・・?????」と鳩豆顔のあたしに、
「カレシさん、とっても素敵な方ですね☆」と店員さん。

確かにこういうシチュエーションなら、彼氏彼女という関係性が妥当だろう。
が、何事にも例外は存在するのだ。


レジでさっさとカードでお支払いする先輩に、「あの・・・」と小声で言うと、
「おまえがかわいい方が俺もうれしいからさ」と先輩は答えた。

(@_@;)・・・なぜにどこにカレシを演じる必要がある?!

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」と言う店員さんの
声を背にして、先輩とあたしはショップを出た。


「先輩、リップサービスもお上手ですね」
「リップサービス?」
「俺もうれしい、とかなんで言うんですか?」
「かわいいの見るのがうれしくないヤツっているの?」
「・・・・・それより先輩、買い物は?」
「買い物?あ、見たいものがあったけど、別にこれっていうのがなかったからさ」
「それにしても、あたしのものを買っていただくわけには・・・」
「俺がプレゼントしちゃ悪い?」
「あたし、彼女でもなんでもないですし」
「これから一緒にごはん食べるんだよ?しかもおまえのおごりで。そのお返しだと
 思えばいいじゃん」
「お返しを先にもらうなんて、そんなのあります?!」

あたしがおごるごはんよりずっと、ニットの方がお値段高いよ。(-_-;)


食べログとか調べて調べて、それでもグルメな先輩の口に合うか心配で、
予約席に座っても気が気じゃなかった。

「おまえ、こういうとこよく来るの?」
先輩の一言が怖い。

「いえ、来ないです・・・」
下を向いたまま答えたあたし。

「ムリしなくてよかったのに。俺だって来ねぇよ、こんな高そうなイタリアン」
「え」
「でも一生懸命調べて選んでくれたんでしょ?ありがとう」
頭をぽんっとされた。

出た!ようこそ松本マジック☆の世界へ。


先輩の声が遠くに聴こえて、食べても飲んでも味がわからないくらい、
頭はずーっとぼーっとしてた。


今回は、先輩が払わないようにすばやく会計を済ませ、外に出た。
お店の中でヘンな汗をかいたせいか、外気が体温を奪っていく。

「この後さ、もうちょい飲まない?」
「はい・・・・・・え?」
「居酒屋でいいよね?」
「あ、え、あの」

ふと思い出した、部内の誰かが言っていたことを。
先輩は飲むと極端な淋しがり屋になり、相手を引き止め続けるということを。

既にワインが入った先輩は幾分陽気になり、あたしの腕を引っ張ったまま、
居酒屋に連れて行った。


「おまえさ、なんでそんなに俺のことビビってんの?」
「ビビってなんかないですよ」
「いや、絶対予防線張ってる!なんでだよ?俺のことそんなに嫌か?」
「違いますって!」
「じゃ、好きか?」
「それも違います」
「なんでだよぉー!そこは好きって言えよー?」
「こっちこそなんでだよ?ですよ!なんで好きだって言わなきゃいけないんですか?!
 女は誰でも先輩のこと好きだって思ってるんですか?!自信過剰です!!」
「ぜーってー好きって言わせてやる!」
「絶対言いませんから!」

なんなの?この危うい会話。



数時間後、ふと目が覚めた。どうやら酔いつぶれてしまったらしい。
起き上がると頭がひどく痛む。どこをどうやって帰ってきたんだろう?
酔って記憶がなくなるのは危険だって、この前テレビで言ってた。
気をつけなくちゃ・・・とお水を飲みに立ち上がったら、すぐそばのソファに
ゴロ寝している人を発見した。
ここに存在してはならない、存在するべきではない人が。

松本先輩?!うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!声にならない叫びが
あたしの頭の中でこだました。

あたしの部屋になんで先輩が?!わからない、思い出せない、これはいったい?!
何かの合意のもと、あたしは先輩を招き入れたんだろうか?
いや断じてそれはない、ないはずだ。ないはずなのになんでここにいるの??

「うーん」と言いながら先輩が腕をだらんとさせ、ソファからずり落ちそうに
なっている。
先輩をソファに押し戻そうとして、あたしが腕に触れた時、先輩が目を覚ました!

「・・・・・・・ん?おまえなんでここにいるの?」
「なんでって、あたしの家だからです」
「・・・え?俺、なんでここにいるの?」
「それはこっちの方が訊きたいです」
「・・・・・・・・・ないよな?ないない」
「ないないって、それはそれで失礼じゃないですか?!ゆうべは好きって言えよって
 言ったくせに!」
「そこ、覚えてんのな」

え。先輩もそこは覚えてるの?なのにその後の記憶が欠落してる。

「なんかあった方がよかった、かな?」
何言ってんだ?この男。

「いえ、なくてよかったです!」
あたしはきっぱりと答えた。

どういう成り行きでここに先輩がいるのか、二人とも酔いつぶれて記憶がないんじゃ
確かめようがない。

「このことは一応内密に」
「はい、その方がお互い身のためですね」

ここに、先輩とあたしに交わされた協定が誕生した。とりあえず秘密。
実情は大したことないけど、知られると面倒なのでとりあえず秘密。
他の誰も知らない、先輩とあたしだけの秘密。

あれ?あたしやけにこだわるな。

「今度、あのニット着て来いよ?」
「あ、はい」
「似合ってんだからさ」
「ありがとうございます・・・いろいろと」

あれ?あたしやっぱり松本マジック☆にかかっちゃってるのかな。

「水くれ・・・」と先輩が言った。
ピコ太郎の歌詞か?

「水・・くれ!」
「はいはい、わかりました」

あたしは冷蔵庫のミネラルウォーターのペットボトルを出しながら、
思わずくすっと笑った。




つづく・・・かどうかは未定。(^_^;)






なんとなく勝手にBGM : 「Are You Happy?」より
                        「Baby blue」