「僕とあたしの未来 7 〜ひみつの天使くん! 2〜」



バイト先に突然やってきた、天使くんそっくりの佐倉井くん。
その笑顔もしゃべり方も、あの天使くんとおんなじなのに、
ただひとつ違うのは・・・あたしのことを全然知らないってこと。

やっぱり他人の空似なのかな・・・。
天使くんがあたしの最後のお願いを叶えてくれたって思ったのは、
あたしのただの思い込みだったのかな。


今日も佐倉井くんは、さわやかな表情で「いらっしゃいませー!!」と言い、
笑顔で「おまたせいたしましたー!!」と運び、丁寧に「ありがとうございました」と
深く頭を下げている。
その姿が少しでも目に入ると、なんだか胸が苦しくなってしまうから、なるべく見ない
ようにして、それでもちらっと見るあたし。
いけない、あのテーブル片付けなきゃ・・・。

すると、さっと佐倉井くんがやってきて、片付けを始めた。

「ごめん、あたしが片付けるから」
「大丈夫ですよ。僕がちゃちゃっと持っていきますから」
「あの・・ね・・・」
「?」
「何度も聞いてごめん・・・やっぱりあたしのこと覚えてないよね・・・?」
「すいません・・・僕、こっち来てまだ日が浅いもんで・・・」
「そっか・・・ごめんね、いつも変なこと聞いて」
「いえ。さぁ、さっさと片付けちゃお〜♪」

やっぱりあたしの思い違いなのかもしれない・・・。


バイトが終わると、真っ暗な部屋にひとりで帰って、まっさきにバスタブに
お湯を入れて、あたたまって眠る日々。



そんなある日の夜、「ねぇ、起きてよ?僕だよ」と言う声に、あたしは目を覚ました。
目を開けると、目の前にあの天使くんがいた。

「天使くん?!」
「ごめん、勝手に来ちゃって」
「なんでここにいるの?!」
「天使はどこでも自由に動けるから・・・」
「ねぇ、天使くん、教えてよ?あの人誰なの?天使くんにそっくりな佐倉井くんって」
「・・・あれは・・・」
「天使くん、だよね?」
「・・・・・・・」
「お願い!!教えてよ?でないとあたし、なんかつらくてたまんないの、毎日」
「・・僕だってつらいんだよ・・・」
「え??」
「・・・ごめん・・・やっぱり言えない・・・」
「どうして言えないの?」
「・・・・・・」
「天使くん・・・」
「ごめんね、また来るから・・・」
「待って!天使くん!!」


手を伸ばしたところで、あたしは目が覚めた。夢?夢だったの?あんなにはっきりと、
あたしのそばにいたことだってわかるくらいなのに・・・。
だって、君がすわってたベッドのはしっこ、まだあったかいよ・・・?

あたしは声を上げて泣いた。



翌日、泣きはらした目であたしはバイトに行った。

その目を見た佐倉井くんが「・・・大丈夫ですか?」とたずねてきた。
「・・・大丈夫じゃない・・・」と、答えるのが精一杯だった。
「なんか顔色もよくないし・・・奥で休んでてください。僕が2倍働きますから」
「佐倉井くん・・」
「あ、店長には僕が言っときますからぁ」

片付けたお皿を、腕の上いっぱいに重ねて、佐倉井くんは言った。



その日の晩、あたしは眠れなかった。眠りたくても眠れなかった。ずっとずっと
天使くんを待ってた。
でも眠らないと天使くんはやって来ないことも、わかってた。

ひつじが1匹、ひつじが2匹、ひつじが3匹、しつじが4匹、執事が5匹・・・
あ、間違えた!(^^ゞ

ようやくあたしがうつらうつらした時、天使くんはやってきた。

「ごめんね・・寝不足にさせちゃって・・・」
「天使くん、待ってたよ!!お願い、今日は教えて?どうして佐倉井くんは、
 あなたにあんなにそっくりなのに・・・」

すると躊躇しながらも、天使くんは重い口を開いた。

「・・・あれは僕なんだ・・・」
「やっぱりそうなの?!」

天使くんはやっと、本当のことをあたしに話してくれた。

「君と別れてから、神様に頼みに行ったんだ。最後のお願いを叶えるために」
「あたしのお願いのために?」
「うん・・あ、いや、自分のために、かもしれない」

天使くんは目を閉じて、すうっと息を吸い込んだ後、口にした。

「人間界に行かせてください、って」

そしてあたしをじっと見た。

「僕も君に逢いたかったから」

自分の呼吸と鼓動が速くなってくのがよくわかる。苦しくて切なくてたまらない。

「そしたら・・・神様はこう言ったんだ。
 『行かせてやろう。ただし・・・人間界に行ったら、天使界にいた時の記憶は、
  おまえから消え去る。それでもかまわんのか?それでも行くのか?それでも
  かまわんのなら、おまえの好きにするがよい』って。僕は迷わず人間界に
  来ることを選んだんだ」

だから佐倉井くんは・・・あたしのことを知らないんだね・・・。

「僕の君への記憶がなくなってもいい、君のそばにいたかったんだ・・・」

天使くんの気持ちがうれしくて、切なくて、涙があふれそう。

「記憶が戻るのは、僕が眠ってこうして君の夢の中にいる時だけ。
 それ以外はいっさい、僕は君のことを覚えてない・・・」

少しトーンの低い声で言う天使くん。
そんな悲しそうな目をしないで。

「いいよ、夢の中だけでも・・・あたしはそれでかまわない!一緒にいられるなら」

あふれ出した涙が、ぼろぼろこぼれ落ちた。

天使くんは、あたしの涙をぬぐいながら、
「でも、僕は必ず君のことを思い出すからね!!」そう残して、あたしの部屋から
今夜も消えていった。

まっすぐにあなたに手を伸ばしても、あんなに近くにいても、届かない・・・。
つかの間の幸せな時間は、あっという間に過ぎる。



そしてそれは、翌日のバイトで起こった。

今日はなんだかやけに佐倉井くんの調子が悪そうで、あたしはものすごく
気になっていた。
きっと佐倉井くんはバイトで夜まで働いて、疲れ果てて眠って天使に戻って、
あたしの夢の中に来てくれてるんだろう。
うれしいけど、たぶん無理してるんじゃないか、そう思ってた。

すると、突然バタッという音がして、振り返ると、佐倉井くんがフロアに倒れていた。
オーダーを手に持ったまま、キッチンまでたどりつかないうちに。

「佐倉井くん?佐倉井くん!?!」と呼ぶあたしの声に、反応はない。
「救急車呼んでください!!」とあたしは叫んだ。

あたしは救急車で付き添って、病院に向かった。その間、あたしの声にかすかに
反応してくれた佐倉井くんは、救急病院の急患として運ばれて行った。

病院の廊下でうつむきながら待っていたあたしのところに、宿直担当のニノミヤ先生が
やってきた。

「大丈夫ですよ。ただ極度の貧血で過労気味ですから、しばらくは安静にしていた方が
 いいですね。そのうち目が覚めると思いますが、今夜のところは、こちらでゆっくり
 休ませてあげてください」
「ありがとうございました!!」

点滴を受けながら眠る佐倉井くんのベッドの横で、一晩中泣きそうになってたあたし。
ファミレスの制服のままで来ちゃったから、ちょっと寒いな・・・。
おっと、いけない、ウトウトしちゃった・・・。

「ありがと・・・」と言う声がする。
え?また夢の中の天使くん?あたしまだ夢の中なの?
あたしはしっかり目を開けた。

「ずっとそばにいてくれたんだ?」と言う声は、ベッドの上の佐倉井くんの声だった。
「うん・・・」

あたしは答えながら戸惑っていた。あたし今、夢の中じゃないよね?

佐倉井くんは眠って休んだせいか、すっきりした表情で話し始めた。

「僕、今朝二度寝しちゃって、眠ってたら僕のとこに神様がやってきて・・・
 『夢の中であの子に事の次第を話したようだが・・・おまえはやはり
  天使には向いていなかったようだな。』って言われて・・・。
 『ごめんなさい、神様』って謝ったけど、『なんでもかんでも話すようでは
  天使失格だ』って、天使界から完全追放されちゃったんだよ」

思わぬ佐倉井くんの言葉に、あたしは驚いた。

「今のあなた、天使くんなの?!?!」
「うん・・・ていうか、元天使、だけど」

はにかんだ顔で天使くんは笑った。

「追い出されちゃった・・・って・・・もしかしてあたしのせい?」
「違うよ、僕の天使としての自覚がしっかりしてなかったせいなんだ。
 神様が『天使だった頃の記憶はおまえに戻してやる。その代わり二度と天使界には
 戻ってくるな。これからは、人間界で佐倉井として生きてゆくがよい』って・・・」
「天使くん・・・」
「佐倉井だよ?」

そう言って、いつものように微笑んだ。

「佐倉井くん・・・はじめまして。うぅん、おかえり!!」

あたしは佐倉井くんの手を、自分の両手のひらでつつんだ。
そして、寝ている佐倉井くんの胸に、そぉっと顔をうずめて泣いた。

すると「失礼しまーす」と、早朝のお掃除のおにーさんが入ってきた。名札には
「おおの」とかなんとか書いてあった。

あたしが佐倉井くんの胸に頬を寄せてる姿をチラ見したおにーさんは、
「失礼しましたー」と言って、掃除もせずに出て行った。

二人でくすっと顔を見合わせて、静かに瞳を閉じて、唇を重ねた。

あぁ、神様。今度こそ本当に、最後のお願いを叶えてくださってありがとう!!








なんとなくBGM : 「明日の記憶」&「Lotus」



勝手にすぺしゃるさんくす : 天使のような櫻井さん(*^_^*)