「僕とあたしの未来 74」



夏の始まりはあんなにも輝かしいのに、夏の終わりはどうしてこう物悲しいんだろう。

8月も終わりに近づいた日曜日、少しずつ涼しい風が吹き始め、蝉の鳴き声も弱々しく
響く中、あたしは中学の同窓会に向かった。

同窓会なんていつ以来だろう?男子なんてみんないいおっさんになってるんじゃないかな?
てことは、あたしもいい年こいたおばちゃんってことだ・・・。

女も30を過ぎると、だんだんいろんなことが見えてくる。見えなくていいことも
知らなくていいことも知ってしまう。
日々の雑務に追われながら、どうにかこうにかここまでやってきた。
夢を追っていた頃の自分が今のあたしに会ったら、いったいなんて言葉をかけるんだろう?

ふだんのあたしなら、同窓会のハガキなんて気にもとめなかった、はず。
でもなぜか今回は行くことにした。幹事の名前に君の名前があったから。
そこから何かが始まるとか、そんなドラマみたいなこと現実には起こらないんだってことも、
今のあたしは知っている。
それでも、あたしは精一杯のオシャレをして出かけた。


手入れの行き届いた庭のアプローチを抜け、花のアーチをくぐると、洒落たレストランの
入り口があった。
ドアの前で手招きする懐かしい顔。
年食ったのはあたしだけじゃない、と少しだけ安心する。

フロアでは、何人かの男子(じゃないな、おっさんだ(^_^;))が、打ち合わせ中。
その中に君がいた。

ソツなく気配りをしてるかと思えば、豪快に笑ってたりして・・・その顔変わってないよ。

あたしはあの頃と変わったかな?あの頃よりずぶとさも覚えたし、
嫌なことも笑ってかわす術も身につけた。
なのに・・・みんなの中にいると、自分が昔のあたしに戻っていくのがわかった。
上手く話せず、一歩も二歩も引いてしまう。大勢の中にいればいるほど孤独を感じる。
今もその悪い癖が、あたしをがんじがらめに縛り付けていく。

あたしは下を向いたまま、目立たないようにいちばんはしっこのテーブルの席に座った。
「久しぶり〜、変わらないねー」と、クラスメイトの女子が声をかけてくる。
中身はね。外見はじゅうぶん変わったよ。(=_=)カロリミ○トのCMか??
あたしは「みんなも変わってないよね」と、できる限りの笑みで答えた。

みんなの声が、余興の歌声が、音楽が、あたしの耳元をかすめていく。

「ちょっとトイレ行ってくるね」
その場を抜け出す口実がこれしか見当たらなかった。
メイクを直しながら、鏡の前でため息をつく。日頃の不摂生の賜物か、目が充血してる。
目薬持ってくればよかった・・・。

あたしはトイレからフロアには戻らず、そのまま庭に出た。
シャビーシックな色合いのベンチにそっと座り、見事なガーデニングの数々を眺めていた。
背中越しに「何してんの?」と声をかけられ、振り向いたらなんと君が!

「あ、ちょっと・・・庭が素敵だなって思って。それよりサクくん、司会進行じゃない。
 席はずしてていいの?」
「俺もちょっと休憩」
そう言いながら、あたしの横に・・・座った!

「去年、たいへんだったね」
「え?」
「ご両親・・・他界されたって・・・」
「なんで知ってるの?」
「おまえぐらいだよ、年賀状毎年律儀に送ってくれるヤツ」
「・・・あ。喪中ハガキ・・・」
「俺はまだ経験ないからよくわからないけど・・・昨日までいた人が突然目の前から
 いなくなるってさ・・・・・」
「うん・・・あんなこと言うんじゃなかった、ああしておけばよかった、とか、後悔して
 泣いたりしたけど、泣いても帰ってこないし」
「おまえ、強いな、昔も今も」
「どこが?全然強くないよ?ドライだとは言われたことあるけど」
「ドライじゃねーだろ?山ほど泣くだろ?それに、弱さを知ってる人間の方が強いの!
 って誰か言ってたな(^^ゞ」
「サクくん・・・」

「ちょっとー!そこの二人!何いい感じになっちゃってんのー?」
「あー、酔っぱらいマツモトが絡んできた(^_^;)。はいはい、行きますよー」

そう言って、サクくんはあたしの手を取った。姫、どうぞ的に。

「やーっぱいい感じになっちゃってんじゃん!いつの間にー?!?」
「マツモト、声デカい!飲みすぎ!」
「全然飲んでねーし!」
「あー、誰かー、コノヒトに水やってー。あーもう、OH,NO!じゃなくてオオノー!!
 何泣いてんの??泣き上戸なんだからもー」

サクくんはあちこちに気を配る人。変わってない。
そういうとこ、あたしはずーっと好きだった。けど言えなかった。
たぶんこれからもずっと言えないだろう。


「まだまだお名残惜しいですが、そろそろお開きにしたいと思います。
 今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました!!m(_ _)m
 えー、二次会行く方、Put your hands up!」
「Yeah,Yeah(笑)」
「あ、会計済ませてあるから、二次会の会計は、ニノミー、どうかよろしく!」
「え?俺がぁ?!」
「サクライ、二次会行かないの?幹事だろ?」
「悪い、明日朝イチで会議で・・・みなさん、申し訳ありませんが、サクライ帰ります」
「ショウちゃん、お疲れさまぁ〜。あ、あの子も帰るみたいだから、一緒に帰ったら?」
「やっぱいい感じになってんじゃん!!」
「マツモトくん、水飲もう、水!!」
「うるせぇ!いつからアイバはそんな世話焼きになったんだよー?」

マツモトくんの声が響く中、サクくんとあたしは、成り行き上一緒に帰ることになった。

料理おいしかったね、とか他愛のない会話をした後、すぐに会話がとぎれた。
どうしよう?何かしゃべんなきゃと思えば思うほど出てこない。空気が重くなる。

「あ、少し時間大丈夫?」
「え?うん・・・」
「お茶でも飲んでかない?」
「う・・うん・・・」
「えっと、23:30くらいには家に着いておきたいから、お茶時間は30分目安ね?」
「うん・・・」

さすがだ、きっちりしてる。(^_^;)

「あたしもね、最近、スケジュール組んでこなすのけっこうやってるんだ」
珍しくあたしから話し出した。

「そうなの?なんか似てるね」
「サクくんを見習って・・・」
「えー?見習わなくていいよ、疲れるよ(^_^;)」
「うん、疲れる」

アハハッと二人同時に笑った。


ちょっとレトロなカフェに入った。モーニングに厚切りトーストとか出てきちゃいそうなとこ。

テーブルをはさんで君とあたし。ありえない光景。ありえないシチュエーション。
ここから何かが始まるとか、そんなドラマみたいなこと現実には起こらないはずなのに。
でも何もしなければ何も変わらない。
買わなければ当たらない、あ、いや(^^ゞ、
踏み出さなければ近づかないし、叶うかもしれない夢も叶わない。
父も母も、やり残したことたくさんあっただろう。したくてももうできない人がたくさんいる。
あたしはまだここにいるんだ。

「あのね・・・」
勇気を振り絞って、あたしは踏み出した。

「うん?」
「中学生の頃、どんなこと思ってた?」
「どんなこと・・・?習い事に勉強に、けっこう忙しくて・・・めんどくせーなくらいに
 思ってたかなぁ?」
「あたしはね」
「うん?」
「・・・・・ずっと思ってた・・・」
「ん?」
「サク・・サク・・・・・」
「さくさく?」
「サクくんのことが好きでした・・・」
「・・・・・え・・・・・・・過去形??」
「・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「いえ・・・現在完了形です・・・!!」
「おまえっておもしろいな」
「冗談だと思ってる?」
「見てて飽きない」
「見せ物じゃないんだけど?」
「俺は・・・未来を含めての現在進行形、だから」
「未来・・・・・」

サクくんの未来にあたしは含まれてるの?含まれてていいの?
ウソだと言うのなら今のうちだよ。あたしの中で取り消しきかなくなっちゃうからね。

サクくんは昔と変わらない顔で笑った。あたしは涙が止まらなくなった。

未来の景色が少しずつ変わっていくような気がした。







勝手にBGM : 「愛を叫べ」