「僕とあたしの未来 77」



松本先輩と一緒に取引先で打ち合わせを終え、外に出た頃には辺りは薄暗くなっていた。
今にも雨が降り出しそうな空。

「銀座にオフィスがあるなんてすごいですね・・・」
「あのビル、相当な賃貸料だろうね」

銀座という土地柄なので、いつもの外回りよりずっと緊張する。
周りは私には不似合いな高級ブランドショップばかり。

ふとあるお店が目にとまった。
名店なのに小さな通り沿いにあり、思いのほか小ぢんまりとしたジュエリーショップ。

「こんなところにあったんですね?あの有名な・・・」
そこまで言ってあたしは急に口ごもった。

なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、視線をそらした。
視線の先に気づいた先輩が、突然ジャケットを脱ぎ、あたしを覆うようにかぶせた。

「やっぱ雨降ってきたなー」

雨なんてたいしたことなかった。先輩は、ジュエリーショップで贈り物かなにか選んで
いたのだろうあの人を、あたしから見えないようにかばってくれたのだ。

「なんか食べて帰ろうか?腹減ったよ」
「そうですね・・・」
「まだおなか減ってない?」
「いえ・・・」
「じゃ、一軒寄っていい?」
「はい」


銀座から丸ノ内線に乗って新宿で降り、ほんの少し歩く。

「ここ」と、先輩が指差したのは、趣のあるドアを構えたバーと思われるお店だった。

「バー、ですよね?」
「大丈夫。ここ、頼めばなんか出てくるから」
「??」

ドアを開けると、時が止まったかのようなクラシックな店内。
ちょっと渋めのお兄さんがカウンターでグラスを磨きながら、「いらっしゃいませ」と
言った。

「よぉ、松本、久しぶりじゃねーか!」

え?渋めの印象とは違った口調・・・。

「あららら、今日はお連れさんが・・・おまえのコレか?」
「松兄、そういう言い方やめてください(=_=)」

松兄、松本・・・紛らわしい。(-_-;)

先輩に「どうぞ」とカウンター席を促され、あたしは先輩と並んで座った。

「今日、何できます?」
いきなり先輩が松兄とやらにたずねた。

「そうねぇー・・・コロッケ定食くらいなら」
「じゃ、それお願いします!」
「おぅ!」

ここ、バーだよね?定食??

「あれ?今日もうひとりのバーテンダーさんは?」
「あぁ、佐々倉?今日ちょっと休み。なんか貴族とかいう奴のディナーパーティーの
 カクテル要員に借り出されちまってさ。」
「誰ですか?それ」
「さぁなー?よくわかんねーけど、貴族なんて居酒屋の名前じゃあるまいし、ふざけた
 野郎だよな、ハハハッ!!」

手を叩いて笑う松兄。会話の内容が更に難解を極めてる。(@_@;)


しばらくすると、「へい、おまち!」と、コロッケとサラダ、雑穀米の乗った
ワンプレートが二人前、目の前に出された。

やだ、おしゃれ。

「そちらのお嬢さん、飲まれる方?」
「あ、あたしですか?」
「他にお嬢さん見当たらねーし」
「え、えぇ、少々・・・」
「少々ってことは、かなりって意味ね?」
松兄がニヤリと笑った。

「こいつ、すげぇ酒癖悪いんですよ。だから飲ませないでください」
「ちょっと!先輩に言われたくないです!!」
「じゃ、後でほんの少し軽いの作りますかね。では、ごゆっくり」

そう言って松兄は奥に引っ込んだ。
お店開店中なのに?引っ込んでしまった!

「ここってさ、店の名の通り、オアシスなんだよね」
「もう長いお付き合いなんですか?」
「うん、ずっとお世話になってる」
「いいですね、そういうお店があるのって(^_^)」
「おまえも来たらいいじゃん、これから」
「え・・あ、はい・・・」

先輩、あたしを気遣ってここに連れてきてくれたんだ。

コロッケがおいしいのはもちろんだけど、隣でまだ中が熱いのをはふはふ
言いながら食べてる姿が、とてもおいしかった。
ん?間違った。おいしかったじゃなくて、かわいかった・・・。

何を食べるかだけじゃなくて誰と食べるかなんだね、フフッ。

「何笑ってんの?」
「別に・・・」
「思い出し笑い、ひとりの時はやめろよな」
「言われなくてもしてませんから!」
「ま、俺も独り言ブツブツ言ってたりするから、あんまり人のこと言えないけど」
「ぷっ!!あははは」
「だいぶ元気になったみたいだね」
「はい」

おいしい、そしていつの間にかいとおしい・・・。






勝手にBGM : 「Are You Happy?」 より「Baby blue」