「絆」 〜秋風のたより〜
オマエの腹かなり目立ってきたなぁ。もう7ヶ月か。
春頃はツワリで辛そうやったけど、最近はだんだんからだが重うなってきたみたいやわ。

狭いベランダで洗濯物を干しとるオマエが、「あ・・・」と言うた。
「どないしたん?」
ワシは窓から顔を出して聞く。
とたん、オマエがぷぷぷっと笑い出した。

「おなかが急に大きくなったもんだから、感覚がつかめなくてね、ベランダの柵におなかが
 あたっちゃったの。距離感がつかめないっていうの?ふふふっ」
「・・・オマエ、車の免許ぜったい取れへんな」
「いいじゃない、ウチには車ないんだし?」
「車いつか買うたるわ!子供乗せるのに便利なワンボックス」
「それより・・・ペーパードライバーなあなたがモンダイじゃないのー!?」
「なに言うてんねん!ワシかてなー、運転くらい・・・」

必死で言い訳しとるワシを横目に、はいはい、そうね、とニヤニヤしながら洗濯物を
パンパンと叩いとるオマエ。

いつの間にやら高くなった空を、白い絵の具をまだらに散らしたような雲が流れてゆく。
日差しはまだまだキツイけど、空気はひんやりと心地よく肌に染みてくる。
のんびりとした水曜日の午後・・・。あ、不動産屋やから平日休みなんよ。

昼寝でもするかぁ、と思っていたところに、ピンポーンとチャイムが鳴る。
「どちらさんですか?」と聞きながらドアを開けると
「現金書留です」
現金送ってくる奴なん、誰かおったかな?差出人を見るけど思い当たらない。

「なー?これ誰?」
ベランダにいるオマエに聞いてみる。
「え、なに?」
「これ、誰やようわからんのやけど?」

ん?と言いながらその名を見たオマエの顔が急に変わった。
ワシは、驚きの表情のオマエからもいちど封筒を取り上げる。差出人の女の名は「小路貴代子」。
あ・・・?もしかして・・・。

「母よ。私の本当の母・・・」
オマエは遠い目をして空を仰いだ。

オマエと一緒になる前に、ワシはオマエからその話を聞かされとった。
本当の母、というのは産みの母って意味や。いろいろゆえあって、オマエは今のお母さんに育てられた。
ワシもオマエも、愛情に飢えながら幼少期を送ったんやったな。
ここであんまり言うのはよそう・・・。

「手紙が入っとるで?」
ワシがオマエを促すと
「読んでいいよ・・・」
オマエは空を見つめたままやった。

ガサガサと便箋の折り目を広げ、ボールペンで書かれた達筆な文字をたどっていく。



  拝啓

   今更こんな手紙を出すことをお許しください。
  
  結婚したこと、お母さまから聞いておりました。
  
   この私が言えた義理ではないのですが、あらためて言わせてください。
  ご結婚おめでとうございます。
  
   そして、今度はおめでたとのこと。
  母親らしいことは何一つしてやれなかった、母と名乗るのさえ罪だと思いますが、
  母として心ばかりのお祝いをさせてください。
  
   あなたには会って謝らなければいけないというのに、私はあなたに顔向けすらできない
  情けない愚かな女です。本当にごめんなさい。


   これからもどこかで、あなたのこと陰ながら見守っています。

   元気な赤ちゃんを産んでください。                 
                                  かしこ


                                 小路貴代子




出産祝いの熨斗袋と、たった2枚の便箋に、母親がやっとのことで書いた想い。
胸が痛み、思わず熱いものがこみ上げてきた。
手紙をそっとオマエに手渡す。
オマエはさっと目を落として・・・そのまま顔を上げんかった。

母親ってすげーわ。オマエももうすぐなるんやな?
うっううっ・・・オマエの喉から嗚咽がこぼれとった。
ワシは何も言わず、オマエの肩をポンポン叩きながら、背中から抱きしめた。

「お母さんにいつか会いたい・・・」
「せやな、いつか会いに行こう、子供つれて」
真っ赤な目をして言うオマエに答えるワシ。

そうや、きっといつか会えるわ。ワシは信じとるで?

「早く干しちゃわなきゃ・・・」
涙を拭いながら、オマエは白いTシャツを空にかざす。

秋風に乗って来た便り、それは母親の想い。
そして・・・澄みきった空、それはオマエの心みたいやった。